第16話 屋根の影──監視者、名乗らず
翌朝。自由都市ヴァレクの空は、昨日と同じく澄み切っていた。
だが、翼の胸の内は少しだけざわついていた。
夜の三人会議でいったん答えを出したはずなのに、アークが残した一言が、まだ頭のどこかに棘のように刺さっていた。
――君は、唯一無二だ。
褒め言葉のはずなのに、重たかった。
唯一無二という言葉は、便利な期待でもあり、簡単な呪いでもある。
翼はそれをよく知っていた。
「……はぁ」
ため息をひとつ落とし、階下に降りると、すでにセリアが朝食を取っていた。
「おはよう。顔が死んでるわよ」
「寝たんだけど寝てない感じだ……」
「夜中にぐるぐる考えた顔ね、それ」
図星だった。
翼はパンをかじりつつ椅子に座ると、リリアも小さくあくびしながらやってきた。
「おっはよー……二人ともまぶしい……。日差しで溶けそう……」
「おはよう。魔力で自分に日陰作るな。まぶしいわ」
「えへへ、無意識に」
そんなゆるい会話をしながらも、三人とも──特にセリアは、翼の心の揺れをちゃんと見抜いていた。
「ねえ翼。昨日の答え、今日になって変わってない?」
「……変わってないつもりだけど」
「“つもり”ってつけるところが怪しいわね」
確かに怪しい。自分でもそう思う。
だが言葉にできない重さがあった。
そこでリリアがぽん、と翼の肩を叩いた。
「じゃあさ、今日は仕事する前に気晴らししよ?」
「気晴らし?」
「そう。街の奥にある“風読みの塔”っていう展望台。
冒険者がよく悩みを飛ばしに行くんだって。
気分が軽くなるらしいよ」
「そんなファンシーな場所だっけここ?」
「自由都市は何でもあるのよ」
セリアは皿を片付けながらうなずく。
「いいんじゃない? 気分転換してから仕事探した方がいいわ。
昨日みたいにスカウト軍団が押し寄せてきても、精神力が死んでたら返事すらできないし」
「それは……同意」
三人は準備をして宿を出た。
自由都市を抜ける道は、朝の風が冷たく、屋台の人々が朗らかに声を張っていた。
翼たちは坂道を通り、白い石畳の階段を上る。
“風読みの塔”は丘の上にあり、古い観測所をそのまま展望台にしたものだ。
そこに着いた時、翼は驚いた。
「……すげえ」
眼下には自由都市が広がり、遠くの平原には朝霧が薄く漂っていた。
塔の上は風がさわさわと吹き抜け、世界が広く感じられる。
「気持ちいいねぇ」
リリアが外へ手を伸ばしながら笑い、セリアは欄干にもたれつつ風を胸いっぱいに吸った。
翼の胸のざわつきも、少しずつほどけていく。
リリアが尋ねる。
「ねえ翼。本当は、もっと強くなりたいの?」
「……強くなりたくないわけじゃない」
「じゃあ怖い?」
「怖い?」
「うん。強くなるほど、期待されるでしょ?
その期待が重いとか、自由がなくなりそうとか……そういう怖さ」
翼はぎくりとした。
図星すぎた。
「……そうだよ。怖い。
昨日みたいに、スカウトが押し寄せてきて……
もし俺が一人で動いてたら、たぶん断る理由なんてなくなるだろ?」
「そうね」
セリアが低く呟く。
「一人だったら、あんたは“便利な治癒戦士”としてどこかに囲い込まれてたと思う」
その言葉は鋭かったが、やさしかった。
翼は少し笑う。
「だから……俺は二人がいないと、ちゃんと自分を選べない気がする」
「お、素直」
リリアが嬉しそうに笑う。
翼は続けた。
「蒼鷹が嫌なわけじゃない。ただ……“強さのために全部捨てる”って選択肢を取れるほど、器用じゃないんだよ。
俺は、俺の旅をしたい。
二人と一緒に」
セリアは黙っていたが、風に髪を揺らしながら言った。
「じゃあさ」
「ん?」
「強くなる方法、こっちで作ればいいじゃない」
翼は目を瞬いた。
「……え?」
「蒼鷹に入らなくても、強くなれる環境を作ればいいでしょ。
私たちと一緒に。それなら全部捨てなくて済む」
リリアも頷く。
「いいねそれ。
翼くんが欲しかったのって、強さと自由の両方でしょ?
だったら、どっちも持てる形にすればいいんだよ」
「そんな簡単に言うけど……」
「実際簡単じゃないわね」
セリアが苦笑する。
「でも、やってみる価値はある」
リリアが指を立てて言う。
「自由都市は、鍛練施設も魔法学院も武器工房もそろってるよ?
魔獣の巣も近いし……自分で修行ルート作れるじゃん」
翼はしばらく黙り、そして吹き出すように笑った。
「……なんだよ。
二人とも、俺よりよっぽど前向きじゃん」
「当然よ。あんたの悩みなんて、世界が終わるほどじゃないでしょ」
「悩むなら飯の値段とかで悩みなよねー」
二人の軽口に、翼は胸の重りがすっと消えるのを感じた。
「……そうだな。
俺はまだ、この旅を終わりにしたくない。
蒼鷹の誘いは、今は保留でいい。
もっと強くなりたいけど……この三人で進みたい」
リリアがぱっと笑い、セリアは小さく頷いた。
「じゃあ決まり。
今日から“勝手に成長作戦”開始ね」
「名前のセンスは置いといて……やるか」
三人は風に向かって背伸びをした。
朝の陽光が塔を照らし、自由都市の景色がきらきらと輝いていた。
「……よし。気が晴れた。
仕事探しに戻るか!」
「うんっ!」




