1-4 伏線
教室のドアを開け、サッと中を見回す。
さすがにまだ始業式の最中なので、僕以外の生徒はいない。
いくら大義名分があるとはいえ、女の子の机や鞄を漁るところは見られたくない。
誰もいないことに軽く安堵しつつ、姫月の席へと向かった。
さて…と。
確か机の中にいくつか入れたとか言ってたな。
とりあえず手を入れ、入っているものを片っ端から机の上に。
出てきたのは…筆記用具に、一冊のノート。
今日は授業は無いから、大方明日の予定やらのメモ用なんだろう。
…いや、見ないよ?中は。
プライバシーとか以前に、人として最低ですよ、そんなことしたら。
しかし、ただ荷物を持ってくるだけのはずなんだけど、
なんでこう…ばつが悪い感じというか、背徳的な気分になるというか…。
やっぱり女の子のだから、なんだろうな。
これが男の友達とかだったらそんな感じはしないだろうし、
こんな風に一つ一つの動作を丁寧に丁寧にと心掛けたりはしない。
悲しいかな、これが男の性という奴か…!
と、そんなことを考えながらやっていたのが悪かったんだろう。
鞄に入れようと筆箱を手に持った瞬間、筆記用具が床に散らばった。
どうやら筆箱の口が完全に閉じてなかったようだ。
「うわ…やっちゃった…。」
丁寧に丁寧にとか考えた結果がこれかと頭を抱える。
とりあえず筆箱机の上に置き、散らばった筆記用具を拾おうと身を屈めた。
「ん…?」
その時、一つだけ筆記用具以外の物が混じっていることに気づいた。
青い石のようなもの…といってもそこら辺に落ちてるような石じゃなくて…。
言うならば、宝石の原石みたいなものだろうか。
ただ正確に六面体を模しているので、全くの無加工というわけではないだろう。
とはいえ、落とした衝撃で欠けたりしてなければいいんだが…?
確かめる為、はたまた筆箱に戻すために、その青い石を拾った瞬間―――!
「なん…だ…?!」
まるで僕を覆うかのように、青白い光が拡散した。
光が強すぎて何も見えない。否、目を開けていられない。
ただ光を発するのみで、石から熱さや冷たさを感じるわけではない。
咄嗟に投げ捨てようかと思ったが、これは姫月の所有物のはず。
その事実が僕の中で"捨てる"という行動を妨げる。
ならば…眩しさとなんとも形容し難い不安を抱えながら、
この状況に耐えるしかない―――!
「…っ!?」
…どれくらい時間が経ったのか…ふと、我に返った。
足元には拾いきっていない筆記用具が落ちており、
まるで何事も無かったかのように、右手には青い石がある。
教室の時計を見ると、教室に入ってから5分も経過していない。
一体今のは何だ…?
ただの気のせい、幻、妄想…俗に言う、白昼夢という奴だろうか。
まあ、秋に入ったとはいえ、まだまだ暑い日が続いているし、
夏バテやらなにやらの疲れがあったんだろう…と思うことにした。
考えても仕方がないし、分からないものは分からない、うん。
とは思うものの、背中が汗でぐっしょりと濡れているのが、
今のは幻でも何でもないよと告げているような気がした。
「失礼しまーっす。戻りましたよーっと。」
荷物を詰めた鞄を持ち、保健室へ戻る。
僕が戻ってくることはあちらは勿論知ってるわけだから、
ノックもそこそこにガラッとドアを開けた。
「はいはい、ご苦労様。」
気づいた養護の先生が、荷物を受け取ろうと手を出してくる。
とりあえず鞄を先生に渡し、ベッドの上の姫月に目を向ける。
「ごめん姫月、筆箱を落としちゃって…無くなったものはないか確認してもらっていい?」
すぐに渡せるように、筆箱は鞄に入れずに手に持ってきた。
それを受け取りながら僕の言葉を聞くと、何事かと、キョトンとしたまま確認し始めた。
「そういえば蒼咲君?姫月さんを付き添ったって聞いたけど、何処から?」
その時、唐突に養護の先生から話を振られた。
「え?ええっと、廊下でばったり偶然…。」
…あれ?今なんか言っちゃいけないことを言った気がする。
「…この時間に廊下歩いていたってことは…貴方遅刻ね?」
「あー…。」
別に隠そうとしてたわけではない…。
けど、ばれないといいなぁと思ってたのは確かです、はい。
「んー…まあ、いいわ。色々手伝ってもらったし、他の先生にも口添えしておいてあげるわ。」
「おお!本当ですか!」
これはまさに棚から牡丹餅という奴だな!ラッキーすぎる!
「ということで、付き添いをそのまま続けちゃって頂戴。」
「…へ?」
「さすがにね、ふらふらしてる子を一人でそのまま帰すっていうのは危険なのよね。今日の遅刻とこの後の早退は色々手を回してあげるから、姫月さん送ってあげて?」
いや…「ね?☆ミ」ってウィンクされても…先生そんなことするお年じゃ―――
「何か言ったかしら?」
「いえ、何でもございません!その任、謹んでお受けさせて頂きます!」
「宜しい♪」
今マジで地雷を踏み抜くところだった。
絶対視線だけで人殺せるよこの人…。
いやまあ、別に送っていくのは構わないけど、
体調不良の女子を男子が家まで送るっていう構図は宜しくないんじゃないだろうか。
僕も健全な男の子なんですがね。送るなら他の女子生徒のほうが良いんじゃないかと。
とかなんとか言ってみたら、首根っこに腕を回されて僕だけに聞こえるように囁かれた。
「それが出来るなら貴方にお願いしないわ…この意味、わかるでしょう?」
「―――!」
ああ、なるほど。
この先生は、"姫月の噂を気にしていない側"の先生なのか。
姫月ともそれなりに親しいみたいだし、色々知っているのだろう。
僕も先生の意図を察したので、分かりましたと素直に応じることにする。
「OK、じゃあ蒼咲君も自分の荷物用意して来なさいな。」
「…はーい。」
ふぅ…また教室に戻るのか。何だか今日は行ったり来たりばっかだな。
「あの…先生?私は別に、一人でも帰れますから…これ以上蒼咲君にご迷惑お掛けするのも…。」
ふと、一人蚊帳の外にいた姫月が、さらに申し訳無さそうな顔をしていた。
「病人さんには拒否権は無いの。それに、蒼咲君も何だかんだで役得あるはずだから気にしない気にしない。」
「…役得…ですか?」
あるんですか?って首を傾げながらこっちを見ない!
そりゃ可愛い女の子と一緒に帰ることとか、
他の生徒よりも早めに帰宅できるとかあるけど、
決してそれ目当てで引き受けたんじゃないよ!
ああ、先生もそこでニヤニヤしない!
「さ、さて…荷物取ってくるか。」
僕は半ばその視線から逃げるように回れ右し、教室へ再度向かった。
「それじゃ、姫月さんをお願いねー。」
何故かしてやったりという顔で僕等を送り出す先生。
まあ、それに対し律儀に反応するほど僕は子供ではないから、華麗にスルー。
別に相手が教師という立場上、僕より上位の存在だから逆らえないとかじゃないよ。
決して権力に屈したわけではないよ!
「りょーかいですっと。行くぞ姫月。」
「あ、はい…。」
左手に自分の荷物を、右手に姫月の荷物を持ちつつ帰路へ着く。
それに遅れないようにと早歩きで付いて来る姫月。
おっと、病人を送って帰るっていう立場だから僕が合わせないと駄目か。
姫月が追いつくと共に、歩幅を緩めて…と。
チラッと後ろを見てみると、養護の先生はとっくにいなくなっていた。
まあ、他にも体調崩した人がいたっていうくらいだ、そっちに向かったんだろう。
「本当に…今日は蒼咲君にご迷惑ばかりかけて…。」
校門を出た辺りで、隣から申し訳無さそうな謝罪が聞こえてきた。
なんというか、今日は謝られてばかりな気がする。
苦笑しながら相手の顔を見てみる。
それは本当に申し訳ないと思いつつ、こんな自分が不甲斐ない…そんな表情。
「そう、しきりに謝られてもねぇ…」
なんてことを言ってみたら。
「っ…すみません…。」
さらに表情が歪んでしまった。
ああ、そうじゃないよ。
「そういう時はさ、"ありがとう"って言うのさ。」
「…え?」
「"自分のせいで迷惑かけました、ごめんなさい"って言うよりも、"貴方のおかげで助かりました、ありがとう"って言う方がさ、言う方も言われた方も気持ちが良いと思うんだよ。」
"ごめんなさい"と"ありがとう"って意味的には全く違うけど、使い方は凄く似てると思う。
例えば洗濯物を干す当番だったけど、時間かかってたら友達が手伝ってくれた。
このとき迷惑かけてしまったって思ったら"ごめんなさい"だし、
ああ、手伝ってくれて助かったって思ったら"ありがとう"になる。
僕はこれをネガティブ思考かポジティブ思考かによって違うと思っているけど、
どうせ気持ちを共有するならポジティブなのを共有した方がいいと思うんだ。
謝られたら、互いに楽しくない。
感謝された方が、どちらも嬉しい。
ただ、それだけの、単純な理由。
「ごめんなさいよりありがとう…か。確かに、そうですね…。」
…何だか噛み締めるように言っている姫月を見て、
あれ、なんか自分相当臭いこと言ったんじゃないかと今更ながら実感した。
「うん、蒼崎君…今日は色々助けて頂いて、ありがとうございます。」
そして、ニコッて擬音が何処からか聞こえてるくるような、
可愛い可愛い笑顔で言われてしまった。
なんとなく急に恥ずかしくなってしまった僕はチキンだなぁと思う。
若干目を逸らしながら、「どういたしまして」と返すので精一杯。
うわー情けねーと今度は自分自身を不甲斐ないと思う番だった…。
なかなか話が進まない…orz
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