1-3 思案
「失礼しまーす!」
姫月を保健室に連れてきた僕は、ノックも程々に保健室のドアを開けた。
途端、充満する消毒液の匂いが僕の鼻をくすぐる…。
何となくだけど、学校の中でも保健室は異質の空間なんだなと思う。
来ることが滅多に無い僕にとっては、慣れない雰囲気だ。
部屋の中は真っ暗で誰もいない。
「ああ、養護の先生も体育室か。」
まあ始業式だし、それはそうか。
…って、それなら姫月が申し出た時点で、付き添うべきなんじゃ?
「私の他に、貧血で倒れた方がいたので…。」
聞いてみるとそんな言葉が返って来た。
なるほど、動けそうもない方を優先したというわけか。
うーん…まあ、とりあえず姫月をベッドに寝かせる…っと。
しかし、依然顔色は悪いし目は心なしか揺らいでるし…。
「その様子だと早退になりそうだなぁ。」
「うぅ…これでもさっきよりは良くなったんですが…。」
ポツリとそう呟く姿は、何処と無く心細そうに見える。
いや、実際そうなんだろうな。
体調が悪い時なんて、意味も無く不安になったりするものだ。
―――それならせめて他の先生とかクラスメイトに付き添ってもらえば…。
と言いかけて、辛うじて口に出すのを止めた。
姫月はとにかく話題になりやすい子だ。
良い意味で話題に出ることも、あることはある…が、
どちらかというと悪い意味で話題になることが多い。
そのせいか、学校で過ごす殆どを一人で過ごしている。
それは、同級生や他の生徒の中に、彼女が頼れるような相手がいないことを示している…。
悲しいのはこの話は生徒に限らないということ。
色々問題が多いと言っても、それはあくまで噂のレベル。
そういった光景を誰かが見たという話は、実はまだ一度も無い。
その上、普段は素行が悪いというわけではないし、成績はいつも上位。
問題が有りそうで無い、問題が無さそうで有る。
そんな姫月は、先生から見れば目の上のタンコブなんだろう。
中には気にしないでいる先生もいるようだけど、それは極一部。
大半の先生は積極的に接触してこないのが現状だ。
僕はしかめた顔を見られないように俯き、フッと息を吐いた。
沈んだ気持ちを切り替えると、スッと顔を上げる。
「とりあえず…。」
徐に、彼女の額へと手を伸ばしてみる。
「え、わっ…!?」
手の下で何か言ってるけどそれは置いといて。
んー…どうやら発熱してるわけではなさそうだ。
ちょうどその時、後ろから「ガラッ」とドアを開く音が聞こえた。
振り向いたその先にいたのは、先ほど話に出ていた養護の先生。
貧血の生徒に処置をしてたって話だけど、その生徒は見当たらない。
一人保健室に来た姫月の様子を見に来たというところだろうか。
「あら…貴方も体調不良…というわけではなさそうね。」
話しながらこちらの体勢に気づいたんだろうなぁ。
最初は心配の色が見えた表情だったけど、途端に訝しげに変わる。
ああ、これは旗色が悪いと直感する。
今は始業式の真っ最中なわけで、
それなのに体調不良の女の子と密室で二人きり。
加えて、あちらが見たのは僕が彼女に触れている時。
あっれぇ、これってとても誤解されている状態でしょうかー?
「あぁっと…いや、何もへんなことはしてないですよ?先生?」
「あらあら、そういうことを言う人ほど、怪しいっていう相場じゃないかしら?」
うわーい、怖い笑顔を浮かべて近寄ってくる。
その瞳には「朝からご盛んなことね…?」なんて意味が込められてる…気がする。
嫌な汗がつーっと背中に走った。
まるで天敵に狩られる獲物になったような気分だ。
「せ、先生?彼は…蒼咲君は、私に付き添ってくれただけで…。」
見かねて横になっていた姫月が、身体を起こして話し出した。
まあ、先生も半ば感づいてたんだろう、浮かべていた笑顔の質が普通になる。
「ふふ、勿論分かってるわよ。とりあえず蒼咲君…だったかしら?ありがとうね。」
「あ、いえ…当然のことをしただけですし…。」
…からかわれてたってことでいいんだろうか。
…いや、その割には殺気というか、向けられた視線は強く冷たかったがする。
「いやはや、若いっていいわねー。」
…そんな言葉は聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
それはさておき、というように。
「さて、姫月さん、体調はどう?」
「先ほどよりは…良くなったと思います…。」
先生はそれを聞くと、ふぅっと諦めたように息を吐いた。
「だから貴方のそれは当てにならないって、いつも言ってるでしょう。」
いつも…と言ったか。
ということは、姫月は保健室の常連さんだったっていうことになる。
ふむ、それは全く気づかなかった。
これからはもう少しを気をつけてみようかね…。
えっ?なんでお前が気にする必要があるんだって?
それはほら…僕が紳士だからだよ!
…あ、ごめん。そんな、やめて、石とか投げないで!
「そこでボーっと突っ立ってる蒼咲君?」
「は、はい!?」
しまった、つい物思いに耽ってたせいか、不自然に声がでかくなってしまった。
しかし先生はそれを気にする様は見せず。
「君は姫月さんのクラスを知ってる?」
「えーっと、知ってるも何も、同じクラスですけど。」
それは手間が省ける、と養護の先生。
「今日は始業式で終わりだし、一足先に姫月さんを帰そうと思うのよ。だから教室から姫月さんの荷物を持ってきて欲しいのね。」
…なるほど。確かに、色々と手間が省けるというのは納得できるな。
「あぁ、はい。わかりました。」
了解の返事をして、僕はドアの方に向かう。
あ、っと気づいたことがあるので一度姫月のほうへ振り向いて聞いてみる。
「姫月、鞄から移動させた物って何かある?」
「えっと…筆記用具等を机の中に…。」
「ああ、了解。じゃあそれも鞄に戻して持ってくるよ。」
返事を聞くと僕は、今度こそドアを開けて教室へと向かった。
僕等の教室は2階の階段を上がってすぐなので、サッと保健室に戻れるだろう。
しっかし…始業式のことすっかり放り出しちゃってるけど、これって不味くないかなぁ…。
遅れ遅れで更新…すみません;;
でも執筆ペースにあまり期待は…無しで…;;