聖都へ
第二話 聖都へ
雪原を渡る足音は、ただ一人分。
振り返れば白に埋もれる道を、レイクスは黙々と歩んでいた。
外套の内に抱く遺骨の包みは、歩みのたびに重さを主張し、鎖骨の上で香草袋が微かに揺れた。
――「もうすぐ……一緒にお母さんのお墓にいけるね」
セラの声が胸の奥で響いた。
レイクスは短く頷くだけで答え、雪道を進む。
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峠を越えると、白亜の尖塔が雪雲を突き抜けるように現れた。
聖都エルディナ。女神信仰の中心にして、人々の憧れの地。
街道には巡礼者が列をなし、祈りの声を合わせていた。
「女神よ、我らを守りたまえ……」
老女の震える声、子どもの澄んだ歌声が重なり、
聖泉から漂う水霧が光を受けて揺れ、街全体を神秘の色に包んでいた。
レイクスは遺骨を抱き直す。
――ここに彼女を帰す。
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大聖堂の前、整然と並ぶ第一騎士団。
白銀の鎧と蒼布を纏い、雪を背に立つその姿は威光そのものだった。
そして中央に立つ一人――
アルミナ・セラフィム。
第一騎士団長。聖女の盾と呼ばれる存在。
その瞳がレイクスを射抜いた瞬間、周囲の巡礼者は息を呑み、沈黙した。
「……お前が国境の街を救った剣士か」
アルミナの声は冷ややかに澄み、祈りの歌を断ち切る。
レイクスは外套を整え、膝をつき、深く頭を垂れた。
「この地に眠る者の墓へ、ひとりを帰したい。……許されるだろうか」
アルミナは一歩近づき、見下ろす。
「ならば、あれほどの力を振るったのは何のためだ。
人々は口々に感謝しているぞ。お前は誇るべきだ」
レイクスは顔を上げずに答えた。
「……私は何もしていない。ただ彼女との約束を守っただけだ」
沈黙が落ちた。
巡礼者たちはその言葉にざわめいたが、アルミナはただ深く息を吐いた。
「……名を問うても答えぬのだろうな」
「……名乗る理由はない」
短いやり取りの後、アルミナは聖泉の方を指し示した。
「聖泉はすべての者を拒まぬ。墓参を望むなら、行くがよい」
レイクスは深く頭を下げ、低く告げる。
「恩に着る」
再び立ち上がり、白亜の街路を進む彼の背を、アルミナは長く見送っていた。
「……約束のためにだけ剣を振るう者か。人のためでも己のためでもなく――ただ約束を」
雪に混じる祈りの声を背に、レイクスは聖泉の方へと歩を進めた。
香草袋が揺れ、その響きは、セラが隣を歩いているかのようだった。
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