襲撃のゴブリン
# 第一話 襲撃のゴブリン
街の空は赤く染まっていた。
雪明かりを覆い隠す炎の反射が、不吉に街を照らす。
防壁は破られ、瓦礫と血が雪に散っていた。
女と子どもが泣き叫び、広場へと押し寄せる。
「押し返せ! 盾列を崩すな!」
怒声が響き、分厚い盾の列が必死に槍を突き出していた。
それはエルディナ第二騎士団――鉄壁の名を持つ軍勢。
だが、迫るゴブリンの群れは倍以上。獣じみた咆哮と太鼓の響きが街を震わせ、盾列はじりじりと押し下げられていた。
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その時、街道から一人の男が歩み出る。
レイクス。
外套を払い、剣を抜いた瞬間、雪明かりに雷光が閃く。
稲妻を纏った刃が一閃し、突進してきた数体のゴブリンがまとめて斬り伏せられた。
黒い閃光が群れを弾き飛ばし、焼け焦げた影が雪に崩れ落ちる。
「……何者だ」
盾列の後方から低く響く声。
鋼鉄の鎧に長槍を構えた男――第二騎士団長、ゼノス・ハルバート。
彼の眼差しは怒気ではなく、戦場を統べる者の威圧に満ちていた。
「この街は我らが守る。だが――今は力が足りぬ」
その言葉に兵士たちがざわめく。
「団長が……助力を……?」
「ならば、あの剣士は……」
ゼノスは槍を掲げ、続けた。
「剣士よ、並び立て。指揮は私が執る」
レイクスは振り返らず、わずかに頷いた。
「……わかった」
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ゴブリンの群れが雪崩のように押し寄せた。
盾列が軋み、兵士が必死に支える。
その頭上に雷鳴が轟き、黒い閃光が雪を薙ぎ払う。
焼け焦げた臭いが広がり、敵の咆哮が恐怖に変わった。
「す、すげぇ……!」
「人がやっているのか……」
兵士たちの声が漏れる。
「今だ! 前へ!」
ゼノスの号令に、第二騎士団が一斉に槍を突き出した。
雷と槍が交わり、防衛線は再び息を吹き返した。
レイクスは黙々と剣を振るい、雷を放つ。
その姿は人の列の中にあっても孤高で、誰の視線も寄せつけなかった。
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やがて戦場に静寂が訪れる。
ゴブリンの群れは壊滅し、残党は雪原へ逃げ去った。
街には炎が残っていたが、人々の命は守られた。
震える市民が駆け寄り、声を上げる。
「……ありがとう……本当にありがとう……」
兵士の一人も、息を荒げながらレイクスに言葉を投げた。
「剣士殿! あんた、一体何者なんだ!」
ゼノスは槍を杖にしながら、彼を見据えた。
「名を聞かせろ。その剣は……ただの傭兵のものではない」
レイクスは答えなかった。
剣を収め、背を向ける。
人々の感謝の声を背に受けながら、静かに街を後にした。
ゼノスはその背を見送り、低く呟く。
「……あれは、人を救うためだけに剣を振るう者の目だ」
雪が再び降り始め、炎に覆われた街を白く覆い隠していった。
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