窓の向こうの庭
智は、もう何年も外に出ていない。
玄関のドアを開けるのは宅配便が来たときだけで、そのときも目線は玄関マットの上。
けれど、部屋は静かに満ちていた。
本棚にはお気に入りの小説がぎっしり詰まり、机の上には読みかけの紅茶の本と、育て始めたばかりのハーブの鉢。
窓際には、去年から世話をしているミニバラが淡く咲いている。
朝はゆっくり紅茶をいれ、本を1章だけ読む。
昼は少し音楽を流しながら、机に向かって手帳に「今日よかったこと」を3つ書く。
「ハーブが新しい芽を出した」「お気に入りの作家の新刊が届いた」「夕方の光がきれいだった」
そんな、外の人からすれば小さな出来事が、智にとっては日々を彩る宝物だ。
ある日、郵便受けに見慣れない封筒が届いた。差出人は、かつて同じ作家の本を語り合った、オンライン読書会の友人からだった。
中には、小さな押し花と一言だけ——
「この花が咲いていた季節を、あなたと分け合いたくて。」
智は、窓を開けた。外の風が、部屋にそっと流れ込む。
ミニバラの花びらが揺れて、ハーブの香りがふわりと漂う。
——外に出なくても、世界はここに届く。
その日から、智は日記の最後に、必ずこう書くようになった。
「今日も、心は広い庭の中に。」