第八話:牙もつ君たち
アドアストラとユタが邂逅して、半月が経った頃。
本日分の営業を急きょ取りやめたアドアストラは、いつものようにユタに朝食を振る舞ったあと、自分だけでユルカの森を探索しにいった。
目的は件の"スマグナー"。
ユタが失くしてしまったという、魔法の帽子を見つけることである。
「───さすがに無いか……。」
まずはユタと邂逅した場所、ニアの池に程近い小川へ。
周辺をぐるっと見て回ったアドアストラだが、それらしい物はどこにも落ちていなかった。
ユタいわく"鳥か何かに盗られた"そうなので、現場から離れた場所に移動させられてしまったのかもしれない。
「(鳥に持ち去られたのが事実として、精霊の魔力を含むような代物を、鳥ごときが扱えるとは思えない。
途中でどこかに捨て置いたか、耐性のある種族に譲り渡したか……)」
アドアストラは考えた。
ユルカの森は深く広い。
自分の目と足を持ってすれば虱潰しも不可能じゃないが、効率は悪くなるだろう。
「(いや待てよ。
そもそも、この私が探知できないんだ。よほど巧妙に編まれた魔力ならば、所有者の耐性は関係ない。
となると、最初に持ち去った鳥が、そのまま森を出てしまった可能性も……?)」
それに、スマグナーはユタにとって大切なもの。
自らの命にも、亡き家族の忘れ形見にも等しい宝物だ。
探索に時間をかけ過ぎたせいで、汚されたり壊されたり、二度と取り戻せない異国などに渡ってしまったら大変だ。
「やれやれ。
思ったより長丁場になるぞ、これは。」
そこでアドアストラは、体面よりも効率を優先した。
ユルカの森に棲まう獣たちに、協力を仰ぐことにしたのだった。
「───忙しいところを済まないね。
折り入って相談したいことがあるんだが、聴いてくれるかい?」
「───実は、探し物をしているんだ。
外身は人間、中身は精霊由来という、世に二つとない代物でね。」
「───君自身に心当たりがなければ、風の便りでも構わないよ。
とにかく今は、情報が欲しいんだ。何かあれば、ぜひ教えてくれ。」
熊、鹿、鳥。
熊といえば、アドアストラと共にユルカの森を守っている統治者。
鹿といえば、持ち前の賢さと穏やかさで森の賢者と呼ばれる知恵者。
鳥といえば、スマグナーを持ち去った元凶に最も近いとされる当事者。
なにか情報を持っていそうな順に、アドアストラは話を聞いて回った。
しかし、いずれも風聞を耳にした程度で、実際に触れたり関わったりした者はいなかった。
「(もうじき日が落ちる。
今日のところは出直すべきか?いやしかし……)」
もしかして、既に異国に渡ってしまったか。
発見はもはや絶望的かと思われた時、アドアストラの前に一匹の狐が現れた。
"欠け尾の君"こと、狐族のボスである。
「欠け尾の兄さんじゃないか。
しばらく見ないと思ったら───」
「ウルルル、クルル。」
「ああ、そうだよ。
あいにくと、釣果はゼロだけれどね。」
「グゥ、グゥグゥ。」
「本当かい?」
「フスフス、クゥーン。」
「……別に、場所さえ教えてくれれば、自分で取りにいくよ?」
「ウウーン。」
「そういうことなら……。よろしく頼むよ。」
"貴女の探し物に心当たりがある"。
そう言って欠け尾の狐は、心当たりまでの道案内をアドアストラに申し出た。
アドアストラはやや引っ掛かりながらも、欠け尾の狐が委細を話そうとしないので、彼からの申し出をひとまず受けることにした。
「なるほど。」
ニアの池を超え、ローガン邸をも超えた北東に、心当たりの場所はあった。
辿り着いたその場所で、欠け尾の狐が委細を話さなかった理由を、アドアストラは察した。
「黙ってついて来いってのは、こういうことだったんだな。」
「……キューン。」
「いいよ。背に腹は代えられない。
お前が間に入ってくれるだけ、マシというものさ。」
「クルクル。」
「大丈夫。喧嘩はしない。
……少なくとも、ここではね。」
ユルカの森の最北東に位置する、大きな洞窟。
ここは狼族の根城であり、アドアストラでさえ滅多に近寄らないエリアだった。
というのも、アドアストラの一族と狼族は、長らく停戦および冷戦中の関係にあるからだ。
狼族はローガン邸の敷地内に、アドアストラは狼族の縄張りに、それぞれ立ち入ってはならない。
協定を結んだわけでなくとも、暗黙の了解による不可侵の関係を、両者は10年近く続けている。
ブレイクが落命したあの日から、ずっと。
「キャンキャン、キャンキャン。」
洞窟の出入り口に向かって、欠け尾の狐がひと吠えする。
すると洞窟の中から、一匹の狼が出てきた。
灰褐色の被毛に金色の瞳を持ち、左目に深い引っかき傷の跡を残した、同族の中でもとりわけ大きなオスの個体。
通称、"伏し目の君"。
欠け尾の狐と同様に、こちらも一族のボス的な存在である。
「それは─────」
伏し目の狼の口には、一枚の黒い布が咥えられていた。
欠け尾の狐が、話をつけておいてくれたらしい。
アドアストラが事情を説明するまでもなく、伏し目の狼みずから心当たりの品を持ってきたのだ。
挨拶も雑談も、口喧嘩をもすっ飛ばして。
「グルルル。」
「くれるのか、私に?」
「グゥー、ルルルル。」
「……拝見する。」
洞窟の中と外、様々な位置の様々な角度から、他の狼たちの熱視線がアドアストラに注がれる。
アドアストラは己の一挙一動に気をつけながら、伏し目の狼に差しだされた黒い布を受けとった。
黒い布の正体は、中央に髑髏と剣が描かれた、明らかな海賊旗だった。
恐らくは、ユタが陸路を来る道中、服代わりに身に付けていたというものだろう。
適度な大きさと厚みがあるので、狼たちの巣穴に材料として用いられていたようだ。
「時期的にそうかもしれないとは思ったが……。
珍しいな。君たちが、人間の道具を巣作りに使うなんて。」
「フガッ、フスフス。」
「確かに、これはこれで探していたものだ。
だが、私の本命、と思われるものは、もっとずっと小さくて、独特の気配がするはずで───」
「ブルルッ。」
「あ。」
協力には感謝するが、己が真に求めていたものとは違う。
アドアストラの言い分を最後まで聞かずに、伏し目の狼は洞窟の中へと引き返していった。
間もなく戻ってきた伏し目の狼は、海賊旗よりも遥かに小さな、布状ではある何かを新たに咥えていた。
「これは─────」
伏し目の狼に差しだされ、アドアストラが再び受けとる。
布状の何かの正体は、頭巾だった。
海賊旗と同じく巣穴の材料にされていたようで、一見には煤けているものの、ただの頭巾でないことは一目瞭然だった。
「意匠は人間界の流行りだが……。
驚くほど、人間の匂いはしないな。」
白地にフリルのあしらわれた、ボンネット状の頭巾。
生地の手触りは、水面を掌で撫ぜたかのように滑らか。
フリルの曲線は、浜辺に寄りそう漣かのように細やか。
市場に出せば、高値で取り引きされる逸品に違いない。
しかしながら、"ただの頭巾でない"ことの所以は、優れた素材にも意匠にも非ず。
「なるほど。ネーレーイスとナーイアス。
どうりで、海の人魚が湖に馴染めるわけだ。」
強い魔力。
白い頭巾には、海水の精霊と淡水の精霊、二柱の魔力が編み込まれていた。
狼が巣穴に持ち帰り、すっかり煤けてしまった今なお、本来の輝きを損なわないほどに。
「海賊旗は返すよ。
君の仲間が拾ってきたんなら、そいつの獲物だ。」
「キュルル、グルル。」
「やっぱり、渡り鳥の仕業だったか。
いよいよ当てられる前に、自分から手放したのは英断かな。」
「ウ。」
「いや、なんでもない。」
伏し目の狼いわく、海賊旗は仲間の狼が拾ってきたもの、白い頭巾は渡り鳥が預けてきたものだという。
すなわち、その渡り鳥こそが、ユタからスマグナーを奪った元凶。
興味本位で持ち去ったはいいが、強い魔力に当てられて扱いに困り、耐性のある狼族に引き取ってもらったわけだ。
「何はともあれ、目的は果たした。
皆のおかげで、無駄に駆けずり回らずに済んだよ。恩に着る。」
帽子とも言い換えられる形状、精霊によって編み込まれた魔力、"小川にいた人間から奪った"との供述証拠。
十中八九、この白い頭巾こそがスマグナーだ。
探し物がやっと見つかったとアドアストラは喜び、伏し目の狼と欠け尾の狐に改めて礼を述べた。
「ただその、なんだ。
君たちは私を嫌っていて、得もないのに。
……どうして、手を貸してくれたんだ?」
とはいえ。
アドアストラの一族を嫌っているはずの狼族がなぜ、今回ばかりは協力してくれたのか。
不作法を承知で、アドアストラは最後に尋ねた。
伏し目の狼は気まずそうに体を震わせたあと、"とある存在"の名前を引き合いに出した。
「はは。
腐れ縁ってのは、どこまでいっても腐れ縁だな。」
懐かしい響き。
先日にも思い起こした悪友の顔を、先日よりもハッキリと、アドアストラは思い浮かべた。




