表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

第八話:牙もつ君たち


アドアストラとユタが邂逅して、半月が経った頃。

本日分の営業を急きょ取りやめたアドアストラは、いつものようにユタに朝食を振る舞ったあと、自分だけでユルカの森を探索しにいった。


目的は件の"スマグナー"。

ユタが失くしてしまったという、魔法の帽子を見つけることである。




「───さすがに無いか……。」




まずはユタと邂逅した場所、ニアの池に程近い小川へ。


周辺をぐるっと見て回ったアドアストラだが、それらしい物はどこにも落ちていなかった。

ユタいわく"鳥か何かに盗られた"そうなので、現場から離れた場所に移動させられてしまったのかもしれない。




「(鳥に持ち去られたのが事実として、精霊の魔力を含むような代物を、鳥ごときが扱えるとは思えない。

途中でどこかに捨て置いたか、耐性のある種族に譲り渡したか……)」




アドアストラは考えた。


ユルカの森は深く広い。

自分の目と足を持ってすれば虱潰しも不可能じゃないが、効率は悪くなるだろう。




「(いや待てよ。

そもそも、この私が探知できないんだ。よほど巧妙に編まれた魔力ならば、所有者の耐性は関係ない。

となると、最初に持ち去った鳥が、そのまま森を出てしまった可能性も……?)」




それに、スマグナーはユタにとって大切なもの。

自らの命にも、亡き家族の忘れ形見にも等しい宝物だ。


探索に時間をかけ過ぎたせいで、よごされたり壊されたり、二度と取り戻せない異国などに渡ってしまったら大変だ。




「やれやれ。

思ったより長丁場になるぞ、これは。」




そこでアドアストラは、体面よりも効率を優先した。

ユルカの森に棲まう獣たちに、協力を仰ぐことにしたのだった。




「───忙しいところを済まないね。

折り入って相談したいことがあるんだが、聴いてくれるかい?」


「───実は、探し物をしているんだ。

外身は人間、中身は精霊由来という、世に二つとない代物でね。」


「───君自身に心当たりがなければ、風の便りでも構わないよ。

とにかく今は、情報が欲しいんだ。何かあれば、ぜひ教えてくれ。」




熊、鹿、鳥。

熊といえば、アドアストラと共にユルカの森を守っている統治者。

鹿といえば、持ち前の賢さと穏やかさで森の賢者と呼ばれる知恵者。

鳥といえば、スマグナーを持ち去った元凶に最も近いとされる当事者。


なにか情報を持っていそうな順に、アドアストラは話を聞いて回った。

しかし、いずれも風聞を耳にした程度で、実際に触れたり関わったりした者はいなかった。




「(もうじき日が落ちる。

今日のところは出直すべきか?いやしかし……)」




もしかして、既に異国に渡ってしまったか。

発見はもはや絶望的かと思われた時、アドアストラの前に一匹の狐が現れた。


"きみ"こと、狐族のボスである。




「欠け尾の兄さんじゃないか。

しばらく見ないと思ったら───」


「ウルルル、クルル。」


「ああ、そうだよ。

あいにくと、釣果はゼロだけれどね。」


「グゥ、グゥグゥ。」


「本当かい?」


「フスフス、クゥーン。」


「……別に、場所さえ教えてくれれば、自分で取りにいくよ?」


「ウウーン。」


「そういうことなら……。よろしく頼むよ。」




"貴女の探し物に心当たりがある"。

そう言って欠け尾の狐は、心当たりまでの道案内をアドアストラに申し出た。


アドアストラはやや引っ掛かりながらも、欠け尾の狐が委細を話そうとしないので、彼からの申し出をひとまず受けることにした。




「なるほど。」




ニアの池を超え、ローガン邸をも超えた北東に、心当たりの場所はあった。


辿り着いたその場所で、欠け尾の狐が委細を話さなかった理由を、アドアストラは察した。




「黙ってついて来いってのは、こういうことだったんだな。」


「……キューン。」


「いいよ。背に腹は代えられない。

お前が間に入ってくれるだけ、マシというものさ。」


「クルクル。」


「大丈夫。喧嘩はしない。

……少なくとも、ここではね。」




ユルカの森の最北東に位置する、大きな洞窟。


ここは狼族の根城であり、アドアストラでさえ滅多に近寄らないエリアだった。

というのも、アドアストラの一族と狼族は、長らく停戦および冷戦中の関係にあるからだ。


狼族はローガン邸の敷地内に、アドアストラは狼族の縄張りに、それぞれ立ち入ってはならない。

協定を結んだわけでなくとも、暗黙の了解による不可侵の関係を、両者は10年近く続けている。


ブレイクが落命したあの日から、ずっと。




「キャンキャン、キャンキャン。」




洞窟の出入り口に向かって、欠け尾の狐がひと吠えする。

すると洞窟の中から、一匹の狼が出てきた。


灰褐色の被毛に金色の瞳を持ち、左目に深い引っかき傷の跡を残した、同族の中でもとりわけ(・・・・)大きなオスの個体。


通称、"きみ"。

欠け尾の狐と同様に、こちらも一族のボス的な存在である。




「それは─────」




伏し目の狼の口には、一枚の黒い布が咥えられていた。


欠け尾の狐が、話をつけておいてくれたらしい。

アドアストラが事情を説明するまでもなく、伏し目の狼みずから心当たり(・・・・)の品を持ってきたのだ。

挨拶も雑談も、口喧嘩をもすっ飛ばして。




「グルルル。」


「くれるのか、私に?」


「グゥー、ルルルル。」


「……拝見する。」




洞窟の中と外、様々な位置の様々な角度から、他の狼たちの熱視線がアドアストラに注がれる。


アドアストラは己の一挙一動に気をつけながら、伏し目の狼に差しだされた黒い布を受けとった。


黒い布の正体は、中央に髑髏とつるぎえがかれた、明らかな海賊旗だった。

恐らくは、ユタが陸路を来る道中、服代わりに身に付けていたというものだろう。

適度な大きさと厚みがあるので、狼たちの巣穴に材料として用いられていたようだ。




「時期的にそうかもしれないとは思ったが……。

珍しいな。君たちが、人間の道具を巣作りに使うなんて。」


「フガッ、フスフス。」


「確かに、これはこれで探していたものだ。

だが、私の本命、と思われるものは、もっとずっと小さくて、独特の気配がするはずで───」


「ブルルッ。」


「あ。」




協力には感謝するが、己が真に求めていたものとは違う。

アドアストラの言い分を最後まで聞かずに、伏し目の狼は洞窟の中へと引き返していった。


間もなく戻ってきた伏し目の狼は、海賊旗よりも遥かに小さな、布状ではある何か(・・)を新たに咥えていた。




「これは─────」




伏し目の狼に差しだされ、アドアストラが再び受けとる。


布状の何か(・・)の正体は、頭巾だった。

海賊旗と同じく巣穴の材料にされていたようで、一見には煤けているものの、ただの頭巾でないことは一目瞭然だった。




「意匠は人間界の流行りだが……。

驚くほど、人間の匂いはしないな。」




白地にフリルのあしらわれた、ボンネット状の頭巾。


生地の手触りは、水面みなもを掌で撫ぜたかのように滑らか。

フリルの曲線は、浜辺に寄りそう漣かのように細やか。

市場に出せば、高値で取り引きされる逸品に違いない。


しかしながら、"ただの頭巾でない"ことの所以は、優れた素材にも意匠にも非ず。




「なるほど。ネーレーイスとナーイアス。

どうりで、海の人魚が湖に馴染めるわけだ。」




強い魔力。

白い頭巾には、海水の精霊と淡水の精霊、二柱の魔力が編み込まれていた。

狼が巣穴に持ち帰り、すっかり煤けてしまった今なお、本来の輝きを損なわないほどに。




海賊旗こっちは返すよ。

君の仲間が拾ってきたんなら、そいつの獲物だ。」


「キュルル、グルル。」


「やっぱり、渡り鳥の仕業だったか。

いよいよ当てられる(・・・・・)前に、自分から手放したのは英断かな。」


「ウ。」


「いや、なんでもない。」




伏し目の狼いわく、海賊旗は仲間の狼が拾ってきたもの、白い頭巾は渡り鳥が預けてきたものだという。


すなわち、その渡り鳥こそが、ユタからスマグナーを奪った元凶。

興味本位で持ち去ったはいいが、強い魔力に当てられて扱いに困り、耐性のある狼族に引き取ってもらったわけだ。




「何はともあれ、目的は果たした。

みなのおかげで、無駄に駆けずり回らずに済んだよ。恩に着る。」




帽子とも言い換えられる形状、精霊によって編み込まれた魔力、"小川にいた人間から奪った"との供述証拠。


十中八九、この白い頭巾こそがスマグナーだ。

探し物がやっと見つかったとアドアストラは喜び、伏し目の狼と欠け尾の狐に改めて礼を述べた。




「ただその、なんだ。

君たちは私を嫌っていて、得もないのに。

……どうして、手を貸してくれたんだ?」




とはいえ。

アドアストラの一族を嫌っているはずの狼族がなぜ、今回ばかりは協力してくれたのか。


不作法を承知で、アドアストラは最後に尋ねた。

伏し目の狼は気まずそうに体を震わせたあと、"とある存在"の名前を引き合いに出した。




「はは。

腐れ縁ってのは、どこまでいっても腐れ縁だな。」




懐かしい響き。

先日にも思い起こした悪友の顔を、先日よりもハッキリと、アドアストラは思い浮かべた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ