表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第七話:尊厳か生存か


ユタは地中海で生まれた。

祖母、母、16人の姉に加え、叔母に従姉妹、遠縁の乙女たち。

のどかな環境、たくさんの家族に囲まれて、比較的・・・幸せな幼年期だった。


やむにやまれぬ事情(・・・・・・・・・)さえなければ、今なお生まれ故郷で、家族と共に過ごしていたかもしれない。

少なくとも、フラフス近くのバルト海になど、一生に一度も寄り付くことはなかったに違いない。




「───ワタシには、母と祖母、16人の姉がいたわ。

叔母とか従姉妹とか、親戚みんなも含めるなら、もっといっぱい。」


「直系だけでも結構な数だな。」


「そのうち、今現在まで生き残っているのは、何()だと思う?」


「………。」


「親戚みんなは、3年前に一網打尽。

祖母は昨年に寿命が尽きて、母は半年前に───。

人魚狩りに遭う寸前で、自死したわ。」


「……人魚狩り、ね。

なるほど腑に落ちた。」


「聞いたことはある感じ?」


「そりゃあな。

人魚も吸血鬼も、人外は漏れなく、排斥の対象だ。今世は特にな。

とはいえ人魚は、狩る人魚と狩らない人魚で区別されているとも聞いたが……」


「残念ながら、ワタシたちは狩られる側。

メロウですって偽れば、一回くらいは見逃してもらえるかしらね。」




人魚には様々な言い伝えがある。

人魚の涙を飲めば恋が叶う、人魚の肉を食えば永遠の若さが手に入る、エトセトラエトセトラ。


真偽のほどは定かでない。

未だかつて、それを実行した者はいない。


だからこそ人間は、定かでない人魚の神秘性に魅入られ、疎み憎んできた。

我欲のために人魚を捕獲しようとする者がいれば、世のため人のために人魚を排除しようとする者もいた。


そしてその対象は、メロウはもちろん、シルルーとて例外ではなかった。




「その上で、陸に上がったのは何故だ?」


「え?」


「文脈を読めば、嫌でも分かる。

お前は人間を憎んでいる。しかし生存のためには、人間と番になる方法が最も確実であるとも思っている。

だからこうして、海を離れ、陸に上がった。尊厳のためには悩みもするが、海にはもう帰れないと最初に言った。

違うか?」


「……続けて。」


「疑問なのは、"尊厳のために悩んでいること"だ。

魚にせよ人間にせよ、他種族と交われば、お前は人魚に戻れなくなるんだろう?

どっちみちなら、魚になる道を選んでも一緒じゃないのか?なぜ憎しみに蓋をしてまで、同胞殺しの人間になろうとする?」


「……説明が足りなかったわね。

確かに、繁殖を目的には、いずれも人魚の子孫を残せない。

ワタシが言っているのは、ワタシ自身の生存のほうよ。」


「魚になる道を選ぶことは、お前自身の生存には繋がらないと?」


「魚の子は産める。ただ、ワタシ自身は人魚のまま。同じ魚に生まれ変わることはできない。

海で生きると決めた以上、ワタシたちは結局、人魚狩りから逃げ続けるしかないのよ。」


「子種を貰うのと、対等に交わるのは別、ということか。」


「ワタシは、みんなや姉さま達と違って、生き汚い(いぎたない)の。

子供が無事ならそれで、なんて、厳かには振る舞えない。どんな手を使ってでも、自分だけでも生き残りたい。

───野蛮なヤツだって、笑いたきゃ笑っていいわ。」


「……面白くないことで、笑えるわけないだろ。」




人魚狩り。

望まぬ流転をユタに強いた、やむにやまれぬ事情。

アドアストラの経験した吸血鬼狩りと同様、あるいはそれ以上の勢いで、シルルーも人間から迫害されていた。


たとえばユタが、シルルーではなくメロウであったなら。

メロウは人間に友好的な人魚だからと、容赦されることもあったかもしれない。


逆にシルルーとして、人魚狩りに遭ってしまったなら。

シルルーは人間に仇なす人魚だからと、捕獲や殺戮の大義名分を掲げられてしまう。


ましてやシルルーは、メロウほどの魔力を持たない人魚だ。

水中では絶対的な力を振るえても、陸に上げられてしまえば、ただの魚同然だ。


メロウよりも無力化しやすく、メロウよりも存在価値が低く、メロウよりも共存の道が薄い。

人魚族全体が人魚狩りの対象でありつつも、シルルーが際立って乱獲されている理由は、そういうわけだった。




「親戚は一網打尽で、祖母と母は相次いで死んで……。

16人の、姉さまたち?は、どうなったんだ?海に留まって、魚の子を産んだのか?」


「そのはずだったけど……。

みんなで一緒にいた時に、人魚狩りに出くわして、散り散りになって……。

あとは、わからない。」


「今もどこかで生きている可能性は?」


「たぶん、ないわ。

海は広しと言えども、同胞の気配は、波に乗って伝わってくるから。

あのまま狩りに捕まったか、殺されたか……。あるいは母に倣って、でしょうね。」


「そうか……。」


「でも、一人だけ。

生きている気配もないけど、死んだ気配もなかった姉が一人だけ、いるわ。」


「そいつは?」


「レニ。ワタシに一番優しくしてくれた、ワタシの2番目の姉。

彼女だけは、人間の男と番になるために、自ら陸へ向かったわ。

狩りに出くわしたのは、彼女を見送る道中よ。」


「レニの消息は?」


「そっちは完全にわからない。

失敗して死んだのかもしれないし、今頃は人間の男と手を繋いで、浜辺を歩いているかもしれない。」


「………。」


「ワタシに、人間の美しさを説いてくれたのも、レニだった。

レニがいたからワタシは、悪い人間がいれば良い人間もいると、知ることができた。」


「……会いたいか?

かつてのようには、お前を呼んでくれなくても。」


「………会いたかったわ。

母にも祖母にも、みんなにも。

会いたかった、ずっと。これからもずっと、きっと死ぬまで、ね。」




このままでは、シルルーは遠からず絶滅する。


悩んだシルルーたちは、家族ごとに生存戦略を講じた。

海での暮らしを続けるために、魚に転じてしまうか。

二度と生命を脅かされないように、人に転じてしまうか。


いずれも、人魚としての尊厳を失う選択。

ユタの家族を含め、多くのシルルーが前者を選び、魚の子を産み落とした末に、自らは命を散らしていった。




「じゃあ、会いに行けばいい。」


「どうやって?」


「お前も人間になって、人間同士で再会すればいい。」


「……人間になったら、海での記憶を失うのよ?

再会できても、お互いのことをもう、覚えていないのよ?」


「覚えていないなら、またイチから仲良くすればいい。

死んでいるなら、墓を建ててやればいい。」


「アナタって……。

ロマンチスト?リアリスト?」


「生き汚いと言ったのはお前だ。

尊厳のため命を散らすのは美徳だが、逆を低俗だとは、私は思わない。

これからの人間社会を鑑みれば、そちらの生き方のほうが、理に適っているかもしれない。」


「人間になっても魚になっても、ワタシたちは、シルルーとしてのルーツを失うわ。

生存を選ぶなら尊厳を捨てろと、どうしても、どちらかを選ぶしかないのかしら?」


「私が語り継いでやる。

たとえ姿形を失くしても、シルルーの一族は、確かにこの世に存在した。

お前が生存を選ぶというなら、お前が抱えきれなかった尊厳は、私が未来へ繋いでやる。」


「……アナタと、こうして、語り明かした夜のことも、忘れてしまうのかしら?」


「言ったろ。失くしたなら、また作ればいいんだ。

墓も、えにしも、思い出も。何度壊されたとしても、何度でも作り直せばいい。

せっかく人間になるんだ。忌まわしい科学力とやらで、ついでに人間どもの鼻も明かしてやれ。」


「アナタから、そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。」


「私も、こんなことを言う日が来るとは思わなかった。」


「ふふ。

耳が赤いわ、ロマンチストさん。」


「お前は目が赤いぞ。マゾ女め。」




中には、後者を選ぶシルルーもいた。

ユタにとって2番目の姉に当たる、ユタに最も優しかったという、レニである。


レニはユタを含む姉妹たちに別れを告げると、スマグナーを片手に地中海を出た。

南国の人間は人魚に寛容な者が多いので、自分を妻に迎えてくれる人間が見つかるかもしれないと、涙ながらに言い残して。


ユタと姉妹たちは、途中まではレニの旅路に同行したものの、人魚狩りに遭遇して散り散りに。

今や誰の消息も分からずじまいとなったが、恐らく全滅したのだろうとユタは語る。


たった一匹。

ユタたちとは反対の方角へ泳いでいった、レニを除いて。




「───方針は決まった。町に出るぞ。支度しろ。」


「何しにいくの?」


「野暮なことを聞くな。人間の男あさり(・・・)だ。

ボンクラぞろいだが、いくぶん話の通じる男には当てがある。」


「ちょっと待って。

その男とやらとワタシを引き合わせるつもり?」


「嫌なら自分で見繕え。

行き帰りの護衛くらいはしてやるが、色恋そっちの目利きは私も不得手だぞ。」


「そこも気掛かりだけど……。

それ以上にまず、前提として、その……。」


「なんだよ?」


「……とられたの。」


「なにを?」


「スマグナー。」


「……人間に化けられる帽子?」


「うん。」


「いつ?」


「あなたと出会う前。

鳥か何かに持っていかれて、それっきり……。」




多くのシルルーたちに倣い、魚の子を産むべきか。

人間の善性を信じて、人間に生まれ変わるべきか。


もはや猶予はなく、ユタも陸に上がる決意をした。

なんの用意も希望もないままに、人魚狩りの手を逃れ、服代わりの海賊旗を身に纏って、たったひとつのスマグナーを携えながら。






「そういうことは早く言え。」




かくしてユタは、アドアストラに出会った。


シルルー最後の純血種となったユタは、吸血鬼最後の純血種であるアドアストラに、出会ってしまったのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ