第六話:メロウとシルルー
シルルーは作中オリジナルの人魚です。
メロウに関しては説明不足な点がありますが、メロウが主題の話ではないので割愛させていただきます。
「───"シルルー"?」
「メロウに限りなく近くて、でもメロウとは別の種族。
魚には、たくさんの種類があるでしょう?それと同じで、実は人魚にも、たくさんの種類があるのよ。
人間にしてみれば、ひとくくりに人魚、でしかないのでしょうけど。」
メロウ。
マーメイドに近い姿をした、アイルランド周辺で言い伝えられる人魚。
"コホリン・ドゥリュー"と呼ばれる魔法の帽子を持ち、嵐の前触れとして人間たちに恐れられたという、幻の存在。
ユタの一族は、このメロウから派生した人魚。
言ってしまえば、メロウの亜種のようなものだった。
「言われてみれば、よく似ているし、少し違うな。」
「メロウに会ったことがあるの?」
「片手で数えるほどだがな。
いずれのメロウも美しく、心優しい乙女だった。
男のほうのメロウは、見かけたことがあるような、ないような……」
「いいのよ、男のほうは。
あいつら、びっくりするほどブスだから。」
「ブ───。
仮にも同胞に対して、そんな言い方をしていいのか?」
「いいのよ。本当のことだから。
まあ、気はいい連中だし、見た目の美醜に頓着しないなら、仲良くなれるかもだけど。
"人魚は美しいもの"って先入観があるうちは、探すのはやめておいた方がいいわね。」
「お前は……。
メロウに引け目を感じているように見えるのは、私の思い違いか?」
「ワタシが?まさか……。
───でも、ないのかしら。」
「腹に一物あるようだな。」
「そうね……。
少なからず、対抗心くらいは、なくはないわ。
どいつもこいつも、"優しい人魚といえば"、"美しい人魚といえば"で、みーんなメロウの名前を出すのだもの。」
「単純に知名度の差だろう。
私には、メロウもお前も、金銀財宝もかくやだ。」
「あら嬉しい。」
メロウとシルルーの共通点は、容姿に関しては3つある。
艷やかな緑色の髪と、胸元までをすっかり覆った同系色の鱗。
そして何より、種族を超えて惑わせてしまうほどの、人間に寄りつつも人間離れした美貌。
逆に、相違点も3つある。
メロウと比べると大きい個体が多かったり、メロウと違って指に水かきを備えていなかったり。
メロウが牝牛の姿に化けられるのに対して、できなかったり。
間近で見れば差があるが、遠目に見れば殆ど同じ。
そもそも人魚に詳しくない人間や、海中で出くわした場合には、本物のメロウとシルルーは見分けがつかないとされている。
「───メロウといえば、お前は持っていないのか?」
「なにを?」
「"コホリン・ドゥリュー"だ。
潜水を可能にするという、魔法の帽子。」
「よく知ってるわね。
そのものは、持っていないわ。」
「というと?」
「コホリン・ドゥリューと真逆の効能を持つ帽子なら、シルルーに代々受け継がれているわ。」
「潜水と真逆……?」
「"スマグナー"。
陸に上がるための帽子。人間の姿に化けられるのよ。」
「ほう。
それがないと化けられない?」
「裏を返さないでちょうだい。
あいにくとワタシ達は、メロウほどの魔力は有していないの。」
「メロウより人間に近いくせに、メロウのように人間に変身はできない……。
難儀なやつだな。」
「まったくよ。」
「ちなみに、今は?
そのスマグナーとやらは、今どこにあるんだ?」
「………ナイショ。」
容姿に関してだけではない。
メロウの亜種である所以は、特性のほうにもある。
まず、コホリン・ドゥリューに匹敵する、魔法の帽子を持つこと。
厳密には帽子ではなく頭巾の形をしているのだが、名前を"スマグナー"という。
メロウの持つコホリン・ドゥリューが、被っている間だけ水に潜れるのに対し、
シルルーの持つスマグナーは、被っている間だけ陸に上がれる。
すなわち、人間に変身できる効能があるのだ。
単に変身するだけなら、メロウにもアドアストラにもできる。
ただし、自らの意思で変身できるメリットに対し、時期や体調に左右されやすいデメリットが、彼女たちにはある。
その点、シルルーの持つスマグナーは、被るだけでいい。
スマグナーを被っている間は完全な人間で、脱がない限りは半永久的に効果が続く。
自らの魔力で賄っているが故に、成功も失敗も半々の確率で起こりうるメロウやアドアストラ。
帽子の魔法に頼っているが故に、予期せぬタイミングで大失敗する可能性が隣り合わせなシルルー。
メリットとデメリット。
それぞれに利害があり、どちらが優れているかを断ずることは、なかなか難しい。
今回ばかりは、既に大失敗を経験しているユタより、今のところは恙無いアドアストラのほうが、機運と技術面では優れているかもしれない。
「───今度は何を知りたいの?」
「そんな顔をしていたか?」
「してたわ。
ワタシの美しさに見惚れてた、ってことにしてあげてもいいけど、どうする?」
「ふむ。
今までひと通り、シルルーとメロウの共通点について聴いてきたが……。
逆に、相違点は?別の種族と言い切るからには、決定的なのが何か、あるんだろ?」
「……あるわ。
決定的なの、ひとつ。」
「………。
言いたくないなら───」
「この際よ。教えてあげる。
"男の個体が産まれないこと"よ。」
「ということは……。
お前たちの繁殖方法は───」
「人間の男の、子種を貰うこと。
善意で分け与えてくれる人間はまずいないから、問答無用で海に引きずり込むのが主流になってしまったけれどね。」
「他に方法はないのか?」
「なくはないわ。
他の人魚、他の海洋生物の子種を貰うことでも、繁殖自体はできなくない。
ただ、その場合……。ワタシたちは、半人の姿を保てなくなる。」
「人間に近い人魚なのに?」
「あくまで見た目の話よ。生態としては、むしろ魚寄りなの。
コホリン・ドゥリューがないと、メロウは潜水をできないでしょう?その対極だと言えば分かりやすいかしら?」
「だから人間たちは、メロウとシルルーを───」
「"分けて考えている"?」
「………。」
最後に、人間との関係について。
人魚とは元来、人間に忌み嫌われる存在だった。
何故なら、人間を食料として食べてしまったり、人間を悪戯に溺れさせたりなど、悪意をもって接した逸話が少なくないからだ。
しかしメロウは、時として上記の側面を有しながらも、人間を愛し人間に愛されてきた。
何故なら、人間の船に良い風を吹かせたり、人間にとって危険な天候や海域を教えたりなど、善意をもって接した逸話もまた少なくないからだ。
「悪戯で溺れさせる、なんてことはしない。食べてしまうなんて以ての外。
ワタシたちの一族が、意図して人間を害することは有り得ないわ。」
「繁殖期を除いて、か。」
「本心では、共存したいと思っているのよ?
でも、先代がそういう、乱暴な手段ばかりを取ってしまったから……。
ワタシたちは、人間からの信用を失った。ワタシたちの言葉に耳を貸してくれる人間は、もういないの。」
「メロウの逸話には、同じ人間として、人間の男と番になった例がある。
人間になれる帽子があるなら、お前たちも同じようにはできないのか?」
「……できるわ。
実際に試そうとした同胞もいる。」
「それでは駄目な理由があるんだな?」
「人魚に戻れなくなるの。」
「……完全な人間になってしまう、ということか?帽子を脱いでも?」
「帽子を脱いでも、子供を産んでも産まなくても。
他にも色々と条件はあるけど、人間と交わった時点で、ワタシたちは身も心も、彼らと同じ生き物になる。」
「"子種だけ仕込んで海に帰る"───は、端から無理な相談だったわけか。」
「生存を選ぶなら尊厳を、尊厳を選ぶなら生存を。
どちらかを選ぶということは、どちらかを捨てるということでもある。
人間として生き永らえる道を選ぶなら、ワタシたちは、人魚としては死ななければならない運命なのよ。」
「……どうしてお前が海を離れたのか、読めてきたよ。」
「………。」
シルルーはある意味で、一般的な人魚とメロウ、両方の側面を有していると言える。
平素はメロウ同様に人間を遇しているが、繁殖のためには人間に牙を剝かざるを得ないからだ。
というのも、シルルーには男性の個体がいない。
シルルーがシルルーの子を産むためには、人間の男を海に引きずり込み、一方的に子種を搾取する。
あるいは、陸に上がって人間の女となり、人間の男と交わるしかない。
いつしか人間の男は、相互理解の可否を基準に、シルルーとメロウを区別するようになった。
シルルーもシルルーで、本心では人間と仲良くなりたいと願いつつも、付かず離れずの距離感を意識するようになった。
「もしかしたら、これが、シルルー最後の言葉になるかもしれない。
乗りかかった船と思って、ワタシの話、聴いてくれるかしら?」
メロウによく似た、ユタの一族。
シルルー。天衣無縫も孤立主義、陰陽あわせ持つ人魚。
一宿一飯の恩義があるからか、アドアストラに心を開いたのか。
日に日に、ユタは自らを語るようになっていった。
最初はただの人魚として、シルルーの一族として。
最後には、ユタという一個体、自分自身の生い立ちについてを。




