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最初の変数

異形の影は、見る間にその姿をより鮮明にし、目の前に迫ってきた。それは、到底生物とは形容しずらい、おぞましい粘液を滴らせる不定形な塊であった。不定形ながらも鋭利な触手が幾本も蠢き、見るからに敵意を剥き出しにしていた。

『対象:敵性生物/種族名:スライム、状態:魔素飽和状態』

『危険度:低〜中』

『行動予測:触手による攻撃』

『推奨行動:風属性魔法による攻撃』

真人の脳内に、冷静な声が瞬時に分析結果を叩きつけられた。その声に従うように、彼は掌に現れた光の杖を構えた。無意識の行動だったが、彼の身体は流れるように動いた。

「……風属性魔法、か。」

杖の先端に光の粒子が集束した。それは、かつてパソコンのディスプレイ上で見ていた光とは全く異なる、温かく、しかし力強い輝きだった。彼は、その輝きを風へと変換し、その風の刃を迷いなく魔物へと放った。

放たれた風の刃は、触手を振り回すスライムの核を正確に捉えた。次の瞬間、高周波のような不快な音と共に、スライムの体が激しく弾け飛んだ。粘液が周囲に飛び散るが、彼の身体には一滴もかからなかった。

戦闘は、あっけなく終わった。しかし、真人の鑑定システムは止まらない。

『戦闘ログ:成功、効率:A』

『状態:安定、体内魔素残率:98%』

まるで完璧に調整された機器のように動くこの特別な力。そして魔法が、自身のシステムエンジニアとしての知識と融合し、この世界をデータとして認識することを可能にしていた。

「この世界の『異常』を修復するための『変数』……か。」

彼は改めて、自身の存在意義を脳内で反芻した。森の中に残された魔素の残滓を【鑑定】した。魔素は、かつて自身がいた世界では存在しなかった、この世界特有のエネルギー源だ。全ての生命体の体内を循環しており、魔法を使うために消費する。魔素が完全に枯渇すれば、その生命体は生命活動を維持できなくなる。しかし、この森の魔素は真人の体内の魔素と比べ、どこか不自然に混濁していた。それがこの世界の異常の影響なのだろうか。

「まずは、情報収集と状況把握。そして、食料の確保が最優先事項だ。」

彼は論理的な手順に従い、森を抜けて人の気配を探し始めた。しばらく歩くと街道に出た。街道沿いを歩き続ける事数時間。遠くに建物らしき影が見えてきた。そこは小さな町であった。土色の壁と木造の屋根が連なる町は、素朴ながらも活気に満ちているように見えた。近づくにつれて、人々の話し声や、香ばしいパンの匂いが風に乗って運ばれてきた。

「……。」

彼が初めて足を踏み入れた人間の町は、まるで絵本から飛び出してきたような光景だった。石畳の道を行き交う人々は、所謂人間の姿をした者が一番多いが、獣の耳を持つ者や、体が半透明な者、屈強な者など様々だ。彼の尖った耳は、好奇の視線を集めているが、敵意は感じなかった。

真人は、まず宿屋を見つけ、簡単な食事を済ませた。町で見かけたものや宿の主人との会話で、彼の【鑑定】は、この世界の基本的な常識を次々とデータ化していった。銅貨、銅板貨などの貨幣の種類、ここの町が含まれる王国の成り立ち、そして聖堂教会の絶大な影響力。

「……聖堂教会、七柱の神々。アビスは悪魔、か。」

会話で得た断片的な情報が、ここで具体的な「システム設定」として上書きされていった。しかし、彼の論理回路には、いくつか大きな疑問が残った。

「失礼、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

真人は、食事を運んできた宿の若い獣人種の娘に、静かに問いかけた。

「ええ、何でしょう、エルフのお兄さん?」

「この世界には、いわゆる『普通の動物』、魔素の影響を受けていない動物はいないのでしょうか?。」

娘は、きょとんとした表情を浮かべた。

「?。動物?という言葉の意味がわかりませんが、魔物以外の知恵のない生物という意味でしたら、いませんよ。家畜はいますが、それも品種改良された特殊な魔物ですし……。すごい大昔はいたと聞きますが、どうしてそんなことを?」

真人の思考は急速に回転した。この世界の「動物」は、魔物か、品種改良された魔物かの二択。それは、魔素による世界の「歪み」が、生命の根源にまで及んでいることを示唆していた。

『原因:魔素汚染の深刻化』

『影響:生態系バランスの崩壊』

彼は娘の言葉に礼を言い、視線を窓の外に向けた。空には、見慣れない鳥が鳴いていた。その声は、やはりどこか物悲しい。

「……なるほど。であれば、この世界の『異常』は、私が想像していた以上に深刻なようだ。」

その時、彼の脳内に新たな疑問が浮かび上がった。

獣人種。彼らは、動物の特徴を持つ生物だ。もし、普通の動物がいないのであれば、彼らどこから生まれた存在なのだろうか。彼らの存在そのものが、この世界の異常を紐解くための重要な手掛かりになるのではないだろか?

彼の【鑑定】が、次の「変数」を見つけ出すかのように、新たな目標を提示した。

『推奨行動:魔物と獣人種の関係の調査』


【本日の残業報告】

・スライム1体撃破

・初任地・森から脱出

・人里に初ログイン

・魔物≠動物に軽く絶望


#本日の残業報告 #修復系主人公 #元SEの異世界適応記録 #仕様書?送られてませんけど #要件定義って知ってます?#なんで最初森からなんですか #魔物食っちゃいました


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