第一章 転動の刻 前編
プロローグ
真っ暗で広大な宇宙の地平線から、永い刻を経て、フワフワとそしてそれはやってきた。
周りに何もないただ隕石と同じような大きさの亀である。その亀は神話に出てくるような神々しいオーラを纏っていた。
この亀は、ひたすらにある場所を目指してやって来たのだ。
暗黒で覆われている宇宙のポツンとある惑星の名は地球。
宇宙から見ると生命が存在するような青く広い海、そして。白いわたあめのような煙、
さらに乾燥を思わせる茶色の大地、地球が誕生してから、幾つもの小惑星が衝突し、クレーターばかりの痕跡が、存在する頃のお話から始まる。
神々しいオーラを持つ亀は、その地球とやらの惑星にフワフワと何もなかったかのように入っていく。空は白く中はまだ、ガスのようなものが存在していたようだ。
神々しいオーラの亀は、周りのガスが入ってこないように反射するようにオーラを纏ったが、少し顔をムッと背け、ガスの匂いが届かないような空を自由自在に移動し、ガスから避難した。
その時、火山が爆発し、地上の至る所から至る所からガスが噴出するのが見えた。
亀はそれから暫く地球全体を見まわし、安全地帯を探してみた。
亀は広い広い湖より大きな地平線まで広がる水たまりを見つけて、そこに着地した。
そこの中ならガスが届かないからだ。
そこは何も生命が存在しない世界。
青々しい水たまりの中に入ると光も届かない真っ暗な水たまり。
亀はそこで、止まり、キラキラ輝き始めた。
何か始まるのか?と思われた時、
亀から神々しいオーラが球体のような形に変え、水たまりに徐々に広がっていく。
そして真っ暗な水たまりに吸い込まれていった。
亀は疲れたかのように真っ暗な水たまりの底に沈んでいった。
時が流れた。
水たまりの奥深く、誰も見たことのない暗闇の中に、わずかに、わずかに光るものがあった。
それは、まるで命の種のような微細な粒子──光る繭のようなものが、漂っていた。
やがてその粒子が、幾重にも重なり、結びつき、揺らぎ、震え……。
一つの生命が誕生した。
名前はまだ無い。しかし、現代の科学でそれは**「シアノバクテリア」**と呼ばれる、最古の生命体だった。
彼らは何かに導かれるように、光のある方へと微かに移動し始めた。
まるで、生きるということそのものが最初から刻み込まれていたかのように──。
原始の海は暗く、冷たく、過酷だった。
だが、光合成を行う力を持ったシアノバクテリアたちは、静かに地球を変え始めていた。
酸素。
この星にそれまで存在しなかった“気体”が、彼らの営みによって、わずかに水中へと放たれた。
泡のように、儚く、しかし確かに。
千年、万年という途方もない時が過ぎても、シアノバクテリアたちは働き続けた。
彼らは知らない、自分たちが変えていくこの星の未来も、空の青さも、生物の誕生も。
ただ、そこに在り、動き、呼吸し、酸素を放ち続ける。
そしてある日──
空が、ほんの少しだけ、青くなった。
真っ暗な深海の中で、静かにゆっくりと動き出すものがいた。何も見えないはずなのに、なにかが、揺れて波動のように見える。
大きな塊のようなでも無数の泡のような存在。
徐々に上に動くと静寂を破り、海を泳ぐ音が聞こえる。
大きな塊が海面近くに見えると太陽の日差しを、浴びてハッキリ見えるようになった。
それは、神々しいオーラの亀が日光を浴びて背中の曼荼羅模様と星座のような輝きが空に反射して、その後を無数の泡の塊のようなものが動いているのがハッキリ見えた。
それは亀の後をついて回る金魚のふんみたいに見えた。
亀は久しぶりに海上に姿を現し、チャプチャプと波の音を聞きながら、地平線を見渡した。
あまりガスの匂いがしないような気がする。
そして、海の王者のごとく軍団を引き連れ、海洋を泳ぎ回った。誰にも邪魔されることなく広く静寂な自由自在に泳げる場所。
彼には、一つの“役目”があった。
それは、命を運ぶということ。
彼が連れていた泡のような小さな存在──それは、まだ名もない生命の原型。
水の中でかすかに光るそれらは、やがてシアノバクテリアと呼ばれるものへと進化していく種だった。
亀の背中の曼荼羅模様が、まるで宇宙の星図のように輝きを放つたび、その光に照らされた“泡”は目に見えないほどわずかに形を変え、成長していく。
亀はただ進む。
そして泡たちは、その後ろを離れずついていく。
深海から海面へ、また潜り、また浮かび、世界の海を何億年もかけて巡る。
まるで何かに導かれるように。
やがて、泡の群れのいくつかが、岩に、海藻に、地中にと触れ、そこに根を張り始めた。
それが、始まりだった。
──命の爆発の、ほんの前兆。
その日、地球の空に最初の微細な酸素の粒が浮かび始めた。
誰も知らないし、誰も気づかない。
ただ、確かに、世界が一歩ずつ変わり始めていた。
そして神の亀は、また静かに深海へと身を沈め、次の“刻”を待つ。
彼の旅は終わっていない。
ただ、今は眠るときだ。
第一章 第二話「命、目覚めの刻」
深海に沈んだ神の亀が静かに眠る中、
彼の後に残された“泡”たちは、いくつかが水中の岩に張り付き、
その表面を緑に染め始めた。
それは、光合成の始まりだった。
泡のような存在──シアノバクテリアと呼ばれるものたちは、
陽の光が届く浅瀬で、太陽の光を栄養に変え、
酸素という“副産物”を、何気なく空へと放ち始める。
ただそれだけ。
だが、地球にとっては、あまりにも重大な変化だった。
酸素は空に積もるように蓄積され、
長い時間の果てに、ガスで満たされた大気は、
ゆっくりと、しかし確実に変質を始めた。
空の色が微かに青みを帯びる。
水は澄み、大地は静かに冷えていく。
ある日、海底火山が再び吠え、熱と鉱物を水中へと解き放った。
それは、偶然にも、化学の奇跡を呼び起こす。
新たな生命の材料が、深海の熱水噴出孔で混ざり合い、
泡たちは再び進化の段階へと踏み出す。
分裂し、組み合わさり、役割を持ち始めた個体たち──
まだ単細胞だが、確かに“社会”のようなつながりを見せる存在が現れ始める。
それはもう、ただの泡ではなかった。
“意志”と“記憶”を断片的に持ち始めた存在。
その中心に、一際強く輝く個体がいた。
それは、あの亀が発した光を最後まで受け続けていた、
最も古く、そして特別な“泡”だった。
──そいつの名を、まだ誰も知らない。
だが、後に“命の継承者”と呼ばれることになるだろう。
世界は、まだ静かだった。
だが確かに、次の“波”が生まれようとしていた。
⸻第三話
真っ暗な湿った森の奥深く。
大地に広がる苔や落ち葉の間から、黒い球体がゆっくりと姿を現した。
その球体は、無数の複眼に覆われていて、まるで宇宙の星屑のように輝いている。
後ろには透明な羽根のような膜が複眼を包み込み、守っていた。
そして、その上空には、薄くキラキラと光る無数のクリスタル球体が浮遊し、カヴィエラを取り巻いている。
まるで知識の結晶が彼女の周りで踊っているかのようだった。
この黒き謎の生命体、しかしこの世界のあらゆる知識と叡智の始まりであり、昆虫の祖先であった。
彼女はじっと深い森の闇の中で、静かにこの新しい世界の秘密を見つめていた。
謎の球体が地表に静かに落ちると、そこから広がる波動が空間をねじ曲げ、光がもつれ、音が歪む。
次の瞬間、異次元の裂け目のような亀裂が走り、その奥から――「それら」は溢れ出した。
一つ目の生命体は、細長い胴体に対してアンバランスに大きすぎる、まだ未成熟な透明の羽を持っていた。
羽はバタバタと不安定に震え、今にも壊れそうだ。身体には原始的なキチン質がまだ斑にしか現れておらず、部分的に柔らかい皮膚がむき出しになっていた。
それでも、大きな複眼だけは異様に発達しており、ひたすら空を見上げている。
ハチやアブの祖先――進化の途中にある、飛行の夢を見る存在だった。
次に現れたのは、甲虫に繋がるであろう小さな塊。
その体は硬質化の途中で、甲羅のようなものが背中に形成されつつあったが、まだ滑らかではなくデコボコしていた。
歩くたびに足が不規則に動き、よろめきながら地面に張りつく。
まるで「重さ」を知ろうとしているかのように、大地に爪を立てて感触を確かめていた。
最後に、蜻蛉の原型のような存在がゆっくりと空中に浮かび上がる。
二対の翅はまだ小さく、空に飛べるような翅の大きさではなく、顎が発達し、噛み砕く生き物のようであった。
飛行はままならず、何度も空中でバランスを失っては落下する。
それでも目だけは、まっすぐに遠くを見つめていた。
それは「空を支配する未来」を知っているかのような眼差しだった。
その暗黒を思わせる異次元からこの三種類の昆虫の祖先と思わせるような複数の生命体が夕闇から夜に紛れるように広がっていった。
これは、ただの始まりに過ぎない。
「原始」は混沌であり、不安定であるがゆえに――未来へと変化する可能性を孕んでいた。
⸻第四話
「創造と静寂のはざま」
それは、世界が初めて”賑やか”になった瞬間だった。
カヴィエラが異次元から送り出した原初の昆虫たちは、混沌の中で数千万年の進化を経て、少しずつ姿を変えていく。
その変化の波に呼応するように、他の生命たち――柔らかい体を持つ奇妙な生物たちが現れ始めた。
触手のような足で地面を這う者、透明な体で海を滑る者、石のような殻を背負った者――。
それらは互いに競い合い、食らい、増え、やがて淘汰されていった。
これが、後に「カンブリア爆発」と呼ばれる、生命の大拡張である。
イズナレクタス――神の意思を背負う亀は、深海から静かにその光景を見つめていた。
まるで、種の誕生と進化のドミノが倒れる様を、全て記録しているかのように。
彼の複雑な背甲の曼荼羅模様は、進化する生物たちの姿を映し出す鏡のようになっていた。
その星座のような模様は次々と形を変え、地球上の“意志なき生命”の無数の未来を、ただ静かに記録していく。
やがて、変化の流れは頂点を迎え、世界はあまりに多くの命に満ちていく。
音のない深海で、それを見届けたイズナレクタスは、ゆっくりと身体を沈め始めた。
その姿はまるで使命を終えた神のように、何の迷いもなく、ただ深淵へと沈んでいく。
背中の星々がゆっくりと光を失い、曼荼羅の文様も霞んでいく。
泡一つ立てることなく、音もなく、彼は五億年の眠りについた。
地球の生命が賑わい、やがて混乱に呑まれていくその遥か以前に。
世界はまだ、彼の存在を知らない。
⸻第五話
グランドクロス:一億年の周期で訪れる天の意思》
それは偶然ではない。宇宙が刻む“呼吸”のように、周期的に訪れる超現象――グランドクロス。
この天体配置は、ただの星の並びではない。銀河規模で見た時、それは“目覚め”と“浄化”のタイミングであり、生命の歴史に節目を与える「宇宙の律動」だった。
⸻
現象の概要】
•太陽系を中心とした空間において、「天の川銀河」「アンドロメダ銀河」「さんかく座銀河」という三つの巨大銀河が重力線の交差によって一直線に並ぶ現象。
•さらに、太陽系内の惑星群(木星・土星・地球・火星など)が、この銀河線上に沿って整列することで**超重力共振場(Super Gravitational Resonance Field)**が形成される。
•この現象は地球規模での重力・磁場・時間軸の揺らぎを引き起こし、地殻変動・気候変動・地軸変化・生物種の突然変異や大量絶滅を誘発する。
⸻
【なぜ一億年に一度なのか】
•銀河同士の相対運動と、太陽系の銀河軌道を天文学的スケールで観測すると、約1億年周期で“特定の配列”が再現される。
•この周期は、**地球の地質年代の“節目”**と密接にリンクしており、
•カンブリア爆発(5億年前)
•恐竜の繁栄と絶滅(2億〜6500万年前)
•哺乳類の台頭(6500万年以降)
など、すべてこのグランドクロスの“波”と一致する。
•このことから、地球生命は宇宙のリズムに従って“進化と淘汰”を繰り返しているという仮説が、異端の科学者や古代文明研究家の間で語られてきた。
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続:グランドクロスがもたらす“地球の目覚め”》
一億年に一度、天は再び十字を刻む。
この神の視線のような整列は、惑星規模の揺らぎを超えて、“地球の記憶”そのものを呼び起こす。
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第一段階:全球凍結】
•グランドクロスの重力共振により、地球の自転軸がわずかに傾く。その影響で季節バランスが崩れ、極地の寒気が全体に広がる。
•成層圏を流れる高エネルギー粒子が大気を変質させ、太陽光が届きづらくなる。
•数百年の間に、赤道までも氷に覆われる――いわゆる「スノーボールアース(全球凍結)」が始まる。
•海洋表層の光合成生物は死滅し、地球は静けさと沈黙に包まれる白い棺と化す。
その時、深海の奥底――地殻とマントルの境界では、静かに“次なる変化”が胎動していた。
⸻
【第二段階:地殻変動とマントルの反乱】
•氷に閉ざされた表層に反し、地球の内核は圧力を蓄え続ける。
•大陸プレートの重量とバランスが崩れ、超スローモーションの地殻収縮と沈み込みが始まる。
•内部の圧が限界を超えたとき、大陸全体に亀裂が走り、複数のカルデラが目覚める。
•そして、マントル深部から生まれる“灼熱の息吹”――それが「スーパープルーム」である。
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【第三段階:スーパープルームの覚醒】
•スーパープルームとは、マントルの深部から立ち上がる超高温の柱状のマグマ流。
通常の火山活動とは桁違いのスケールで、地表の何百kmにもわたる噴火を引き起こす。
•全球凍結の氷床を**下から溶かし、蒸気爆発を伴う“地球規模の火山の目覚め”**が始まる。
•灰とガスが大気を覆い、空は暗く、赤黒く染まる。
空は昼なお暗く、雷は地の底から鳴り響く。
⸻
【第四段階:命の芽吹き、そして“リセット”】
•氷が解け、大地が現れ、海が生命を受け入れる準備を始める。
•マグマの熱で形成された**“ホットスポット”と呼ばれる新生大地**が、
シアノバクテリアや古代微生物にとって、新たな生のステージとなる。
•カンブリア爆発を誘発する地球環境の変化へと繋がり、生命は新たな形態で“爆発的多様化”を始める。
物語における意味と役割】
•「刻の意思」と呼ばれる目に見えぬ力は、このグランドクロスのタイミングに干渉してくる。
•一部の異界存在(イズナ、謎の生命体など)はこの周期を「記憶」しており、予言的な動きを見せる。
•現代におけるグランドクロスは、前回(約1億年前)の記憶をなぞるように、
•気候異常
•火山群の覚醒
•地軸の変動
•昆虫や動植物の異常行動
を伴いながら、いよいよ**現代人類を試す新たな周期の“目覚め”**を迎える。
第六話
⸻
ナレーション(小説風語り)
遥か一億年の刻を越え、
空に浮かぶ星々は再び運命の座標へと並び始めていた。
天の意思とも呼べるその配置。
——グランドクロス。
それは単なる天文現象ではなく、地球の「記憶」に刻まれし周期。
地軸の傾き、大陸の沈降、超火山の目覚め、
すべてが静かに、そして必然のように再演される。
。
海底の水温が揺らぎ、プレートが軋む音が大地の奥から響く。
同じ瞬間、地球の反対側——南米大陸。
ボリビア高原。
古の大地が、ごく僅かに震えた。
はじめは誰も気づかぬほどの揺れだった。
だが、それは「目覚めの合図」。
観測所のモニターが震え、アラートが鳴る。
「深部震源、マグニチュード6.2」
技術者の顔が強張る。だがこれは、ただの始まりにすぎなかった。街が揺れ、大地が揺れ、ビルが倒壊し、
轟々と音を立てて崩れ去る。人々は悲鳴をあげて逃げ惑い、動物たちは我先に安全な場所に一目散に逃げていった。安全な場所などあるかも分からずに。
動物が逃げた先に、
その街には、風変わりな兄妹が住んでいた。
どこか異世界めいた白い肌と銀色の瞳を持つ、アルビノの双子。
少年の名は ルカス。少女は ミリア。
彼らは、祖母から「星を視る者の血」を引いていると伝えられていた。
この日も、兄妹は街の高台に登り、空を見上げていた。
その瞳に映るのは、地震でもなく、ニュースでもない。
——空に広がる、不穏に歪む星の配置。
「また、あの形だね……」
ミリアがぽつりとつぶやいた。
ルカスは頷きながら、ポケットから一枚のスケッチを取り出す。
そこに描かれていたのは、まさに「グランドクロス」の構図だった。
一億年の沈黙を破り、物語は再び回り始める。
そしてこの双子こそが、時を超えた因果の鍵となる存在であった——。
⸻第七話
街に住むルカスとミリアは、両親の仕立て屋の元で、
せっせと仕事に励んでいた。
ルカスはデザイナーと星座が見るのが楽しみであった。
ミリアは裁縫職人の傍らアクセサリー作りも得意で、
ウユニ塩湖をモチーフにした塩の結晶のようなペンダントも作れる器用さの持ち主だった。
それから仕事して、引きこもりの生活を送る兄妹でしたが、あるヒスパニックの風来坊が酒場にやってきました。
元傭兵の風来坊は、ボリビア軍に所属していたのはですが、上司や政府のやり方に合わずに、用心棒として各地を放浪していました。そしてトルネの街の酒場に来て、酒を頼むと、マスターになんか面白い話はないのかと尋ねます。
マスターが悩んでいると、
隣のおっさんが、よぉ、あんたここらでは見かけないな。と聞いてきます。
あー、各地を旅してるからな。
なんか面白い話はないのかとおっさんに聞くと、ここらでは、肌の白い有名な兄妹が住んどるくらいしかないかなー。
それかわしの武勇伝でも聴かせようか?と笑いながら話そうとしました。
わかったわかったといい、風来坊は、
そのアルビノ兄妹について詳しく教えてくれといい、これで酒でも飲めよとコインを投げた。
おっさんは、
ニヤリと笑い、コインを片手でキャッチして、グラスを持ち直しながら語り出します。
「──あいつらはな、ちょっと変わってるんだよ。まるで絵の具の白だけで塗られたみてぇな肌でな。目も赤くて、どこ見てんのかわからねぇ。昼間は決して外を歩かねぇし、街のはずれの古い仕立て屋で、こっそり暮らしてるんだと」
風来坊は黙って耳を傾けながら、酒を一口。
「……ふむ。なんでそんなに隠れるように?」
「それがよ、昔、奴らの親が……いや、これは噂だがな。軍に妙なことで目ぇつけられて消されたって話もあったんだよ。なんでも“神の血を継ぐ者”だとか、“異形の預言者”だとか、村じゃ妙な伝説扱いされててな。あんまり近づくと呪われるなんてビビってるやつもいるくらいだ」
「ふぅん……ますます興味が出てきたな」
「けどな、悪いやつらじゃねぇ。ただ、どこか寂しそうでな。人の目を気にしてんのがありありとわかる。坊主の方は天才的なデザイナーって噂もある。妹の作るアクセサリーは、まるで宝石みてぇに繊細らしいぜ。ま、俺は見たことねぇがな」
風来坊は酒を飲み干し、目を細めてつぶやいた。
「……神の血ねぇ。どこかで聞いたような……」
グラスの音が静かに響き、酒場のざわめきにかき消される。
その夜、風来坊は宿に戻らず、仕立て屋の前まで歩いていた──。
⸻
⸻
夕暮れのトルネの街は、赤銅色の光に包まれていた。小さな町工房の看板に斜めから光が差し、影を長く伸ばしている。ミゲル・ロハスは街の通りをゆっくりと歩いていた。昼間の酒場で聞いた話が、頭の中で静かに鳴っていた。
「白い肌の兄妹だと?太陽の下じゃ生きられねぇってやつか…」
彼のブーツが石畳を静かに踏む音だけが響いている。夕暮れになると町は静まり、日差しが和らぐこの時間に、人々は買い物や挨拶を手早く済ませて家へと戻る。
仕立て屋の前に立つと、風に揺れるカーテンの隙間から、微かなミシンの音が聞こえた。
トントン、チッチッ…
ロハスは扉の横に寄りかかりながら、表の看板を見上げた。色褪せた木板には、英語とスペイン語が混ざった古い書体で「Taller de Costura — Familia Vega(ベガ家の仕立て屋)」と刻まれている。
やがて、扉がギィ、と音を立てて開いた。
中から出てきたのは、白いスカーフを頭に巻いた少女だった。彼女は一瞬、ロハスと目が合い、動きを止めた。
透き通るような肌。やはり日差しを避けるような格好。目は少し赤く、でもどこか澄んでいた。
「あんたが…あの“白い兄妹”の…」
ミゲルが言葉を紡ぐよりも早く、少女は控えめに会釈し、玄関のドアに向かって呼びかけた。
「お兄ちゃん、そろそろ出るよー。星、見に行くって言ったでしょ。」
ロハスは不思議そうに目を細めた。
「星?…なるほど。太陽が苦手ってことは、夜に生きるってことか」
そのとき、奥から兄が現れた。長身で痩せていて、白いシャツと黒のベストに身を包んでいる。目元にはサングラス、肩には自作のショルダーバッグを掛けていた。
ロハスは、煙草を取り出して火をつけた。
夕暮れの光に二人の白い肌が鈍く輝いて見えた。
「……やっぱり、面白ぇな。こりゃ、ただの仕立て屋兄妹じゃねぇ
⸻
星が瞬き始めたトルネの夜。
町のざわめきが静まり返る頃、街外れのなだらかな丘の上に、ふたつの人影が浮かび上がっていた。
ロハスは、遠く離れた木陰からその姿をじっと見つめていた。
少女は草の上に座り、空を指差して何かを語っている。
隣には兄が立っていて、手に古びたノートのようなものを持っていた。夜風に髪が揺れ、彼らの白い肌は月明かりを反射して、どこか幻想的に見える。
「……確かに、人間離れしとるな」
ロハスは煙草を口にくわえながら、呟く。
ただの仕立て屋にしては、あの目の澄み方も、空を見つめる仕草も…どこか「この世に根を下ろしていない」ような印象すらあった。
彼は煙草を地面にこすりつけると、足をゆっくりと仕立て屋の家に向けて動かした。
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玄関に明かりが灯っていた。扉をノックすると、しばらくして老いた女性の声が返ってくる。
「はい…どちらさま?」
「夜分すまない。ちょっと聞きたいことがあってな。あんたのところの子供たちのことを。」
扉が少しだけ開き、顔をのぞかせたのは年配の女性。白髪をきちんと束ね、深い皺の刻まれた額に、慎重な眼差しを宿していた。
「……旅人かい?」
「ああ、そんなとこだ。昼に酒場であんたらの子供の噂を聞いた。…俺はただ、興味があるだけさ。あんな夜に星を見に行くような兄妹、そうそういねぇ」
女はしばらくロハスをじっと見つめていたが、やがて、静かに言った。
「…あの子たちはね、生まれつき太陽に嫌われた子なのさ。だから昼間は外に出られない。けど、夜になると…空が呼ぶのよ。あの子たち、星の名前をぜんぶ知ってるの。不思議ね。」
「……」
「何か知りたいのなら、どうぞ勝手に。でも、あの子たちを傷つけないで。あの子たちは、他の人とは…ちょっと、違うのよ。」
ロハスはうなずき、軽く帽子に手を添えると、背を向けた。
「わかった。ありがとよ、母さん。」
夜の冷たい風が、ロハスのコートを軽く揺らした。
丘の上では、まだ兄妹が空を見上げていた。
ロハスはそのまま少し離れた石垣に腰掛け、黙って彼らの背中を見ていた。
「星が呼ぶか…あの目は確かに、何かを“視て”やがった。」
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