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カラダを許したカレ

作者: さば缶
掲載日:2025/02/27

 居酒屋の帰り道。

「足元、大丈夫ですか。酔いすぎてるように見えますけど」

 私はふらつく体を支えながら、小さく笑った。

「平気……のはずなんですけど……」


 人気のない路地へと誘われた。

「家はどちらですか。送りますよ」

 言葉を拒む気力がなかった。

「……ありがとうございます」


 視界がゆがむほどの酔いだった。

「名前、教えてもらえますか」

「呼ばれることなんてあまりなくて……でも、良く怖がられるんだ」

 聞き慣れない返事に、一瞬胸が騒いだ。


翌朝。知らない天井が見える。

 薄暗い部屋、湿った空気、低い天井の圧迫感。

「ここ……どこ……」

 頭痛の隙間から、あの夜の記憶が揺れ戻る。


数日後。会社帰りの夜道。

 重い足音が、背中をなぞるようについてくる。

「ねえ、もうついてこないで。私……」

 背後の人影は、笑みとも嗤いともつかない声を落とした。

「だって、あの夜、君は俺を受け入れてくれたじゃないか」


「そんなつもりじゃなかったの。私は酔っていて……」

「それでも俺を拒まず、手を伸ばしてくれた。忘れるなんてできない」

 低く響く声が、肌にまとわりつく。

「やめて。もう放っておいて……」


翌晩。何度も窓の外を確かめる。

 闇が深まるほど、鼓動が早まって眠れない。

「……来ないで」

 かすれた声が宙で震える。

「俺にはわかるんだ。君の怖がる気配まで全部」

 窓ガラスがきしみ、背筋が凍りつく。


「俺は絶対に離れない。君と一緒にいたい」

 その言葉が落ちるたび、言い返そうとする声が噛み砕かれる。

「お願い……もうやめて」

 首を振るだけの私に、彼は静かな息を吐いたようだった。


「どうしてそんなに怯えるんだ。俺はただ……」

 視線を合わせるたび、空気に異様な重みがのしかかる。

「あなた……何なの。こんなに大きくて……」

 そこまで口を開いて、自分の声が耳鳴りにかき消された。


「俺は、だいだらぼっち。人間にはそう呼ばれる」

 初めて明かされたその名が、耳の奥で不気味に反響する。

「だいだら……ぼっち……?」

 信じられない言葉の意味が、ゆっくりと血の中に沈んでいく。


 次の瞬間、窓辺を覆う影がはっきりと形をとった。

 巨大な腕、異常なほど長い指先。

「ずっと探してたんだよ。人間の世界で、俺を拒まずに抱いてくれた人」

 床に這うような低い声が、私の鼓膜をじわりと侵食する。


「無理……こんなの……」

 声にならない悲鳴が口をこじ開ける。

 けれど、足はすくんで一歩も動けない。

「もう遅いんだ。あの夜から、君も俺も同じなんだから」


翌朝。半狂乱で仕事へ向かう。

 誰に言っても信じてもらえない。

「一体……どうすれば」

 何度も振り返る背後の空気は重苦しく、いつまでも視線を絡め取って離さない。


 あの夜の過ちを悔やんでも、やり直しはきかない。

 もし、はっきりと「いや」と言えたなら。

 心の中で何度叫んでも、あの巨大な影は消えてくれない。

 人知れぬ闇の中で、だいだらぼっちは今も私の名を呼んでいる。

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