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カラダを許したカレ

作者: さば缶

 居酒屋の帰り道。

「足元、大丈夫ですか。酔いすぎてるように見えますけど」

 私はふらつく体を支えながら、小さく笑った。

「平気……のはずなんですけど……」


 人気のない路地へと誘われた。

「家はどちらですか。送りますよ」

 言葉を拒む気力がなかった。

「……ありがとうございます」


 視界がゆがむほどの酔いだった。

「名前、教えてもらえますか」

「呼ばれることなんてあまりなくて……でも、良く怖がられるんだ」

 聞き慣れない返事に、一瞬胸が騒いだ。


翌朝。知らない天井が見える。

 薄暗い部屋、湿った空気、低い天井の圧迫感。

「ここ……どこ……」

 頭痛の隙間から、あの夜の記憶が揺れ戻る。


数日後。会社帰りの夜道。

 重い足音が、背中をなぞるようについてくる。

「ねえ、もうついてこないで。私……」

 背後の人影は、笑みとも嗤いともつかない声を落とした。

「だって、あの夜、君は俺を受け入れてくれたじゃないか」


「そんなつもりじゃなかったの。私は酔っていて……」

「それでも俺を拒まず、手を伸ばしてくれた。忘れるなんてできない」

 低く響く声が、肌にまとわりつく。

「やめて。もう放っておいて……」


翌晩。何度も窓の外を確かめる。

 闇が深まるほど、鼓動が早まって眠れない。

「……来ないで」

 かすれた声が宙で震える。

「俺にはわかるんだ。君の怖がる気配まで全部」

 窓ガラスがきしみ、背筋が凍りつく。


「俺は絶対に離れない。君と一緒にいたい」

 その言葉が落ちるたび、言い返そうとする声が噛み砕かれる。

「お願い……もうやめて」

 首を振るだけの私に、彼は静かな息を吐いたようだった。


「どうしてそんなに怯えるんだ。俺はただ……」

 視線を合わせるたび、空気に異様な重みがのしかかる。

「あなた……何なの。こんなに大きくて……」

 そこまで口を開いて、自分の声が耳鳴りにかき消された。


「俺は、だいだらぼっち。人間にはそう呼ばれる」

 初めて明かされたその名が、耳の奥で不気味に反響する。

「だいだら……ぼっち……?」

 信じられない言葉の意味が、ゆっくりと血の中に沈んでいく。


 次の瞬間、窓辺を覆う影がはっきりと形をとった。

 巨大な腕、異常なほど長い指先。

「ずっと探してたんだよ。人間の世界で、俺を拒まずに抱いてくれた人」

 床に這うような低い声が、私の鼓膜をじわりと侵食する。


「無理……こんなの……」

 声にならない悲鳴が口をこじ開ける。

 けれど、足はすくんで一歩も動けない。

「もう遅いんだ。あの夜から、君も俺も同じなんだから」


翌朝。半狂乱で仕事へ向かう。

 誰に言っても信じてもらえない。

「一体……どうすれば」

 何度も振り返る背後の空気は重苦しく、いつまでも視線を絡め取って離さない。


 あの夜の過ちを悔やんでも、やり直しはきかない。

 もし、はっきりと「いや」と言えたなら。

 心の中で何度叫んでも、あの巨大な影は消えてくれない。

 人知れぬ闇の中で、だいだらぼっちは今も私の名を呼んでいる。

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