第4話 ベレット
それから煌夜はエイダに案内されてある工場に着いた。
「ここがこれから務めて貰います洋麻を加工している工場です」
煌夜の目の前に工場と呼ばれる建物が建てられているけど、案内されている間にいくつか工場らしき建物を見た。
その大きさはさまざまで大きいものもあれば小さい建物もあった。
目の前にある建物は割と小さい方のようだ。
2人は入り口で手続きをした後、中に入る。
そこには機械に対して何かをする人たち。
洋麻を加工しているのだろう。
「ベレットはいますか?」
エイダはここを管理している管理者の男性に尋ねる。
「あれ?エイダじゃないですか。例の件で?」
「はい。それでベレットは?」
「今、呼びます」
管理者は大声で呼ぶ。
「はーい!」
管理者の声よりも大きな声がしてドタバタと1人の女性がやってくる。
「おい!気をつけろ!」
管理者が注意するけど、床にあったコードに引っ掛かり、盛大に転んだ。
「はぁ」
管理者がそれを見てため息を吐く。
コードは10cmほどにしっかりと固定されおり、抜けることはなかった。
この様子を見ると原因は目の前で転んだ女性なのだろう。
その女性は2秒ほど地に伏せていたけど、急に立ち上がった。
「あ!エイダちゃんだ!」
そして、エイダを見つけるといきなり抱きついた…と思ったらエイダがそれを止めた。
「まず先に鼻血を拭いてくれます?」
エイダは女性の鼻を指差す。
確かに鼻血を流していた。
転んだ時によるものだろう。
女性は鼻血を袖で拭き取る。
「じゃあ…」
「じゃあじゃないでしょ、全く。仕事よ」
「仕事?あれ?そう言えば君は誰?」
そこで女性が煌夜を見つめる。
キスされそうなほどに近づいてきて煌夜の顔を。
さらに煌夜が着る和服を見る。
「紹介するわね。以前話したはるか遠くの倭って言う国から来た魔導工兵よ」
「初めましてコウヤ・カラスマと言います」
「私はベレットって名前。よろしく!」
ベレットは強引に煌夜を手を握ってブンブンと上下に振った。
「ベレット、やめなさい」
「あ、ごめんね」
エイダに注意されて手を放す。
「い、いえ…」
女性からの接触は高江によって慣れているとはいえ、初対面でこんなにも距離感が近くて戸惑ってしまった。
「それって剣?」
戸惑っている煌夜に距離感を取りながらもベレットは煌夜が常に腰に差している剣に指差す。
「これは刀っていう片刃剣です」
そう聞かれ、煌夜はそう答え、刀を少し抜いて美しい片刃の剣身を見せる。
「何!この剣!」
そう言って刀を触ろうとした。
「ちょっとやめなさい!」
そこにエイダが割り込んで止める。
「ははは…」
その光景に思わず苦笑いをしてしまう。
すると突然ボッと音がして黒い煙が工場内に広がる。
「作業停止!速やかに避難して下さい!」
管理者が大声で叫ぶ。
従業員たちは言われる前から逃げていた。
従業員たちが逃げる中、煌夜、エイダ、ベレットは煙の方を見ていた。
3人ともどころか、管理者や従業員たちも突然の出来事に慣れている。
煙が晴れてくるとそこには1mほどの黒いモジャモジャした生物がいた。
「ダストですか」
「そうね」
煌夜がそう言い、エイダも正しいと言う。
ダストと言っているけど、リィーズには種類があり、特に有名なのがダスト。
ダストは埃や塵から発生するリィーズである。
「じゃあ!行ってくる!」
「ちょっと待ちなさい」
ベレットが駆け出そうとしたけど、エイダがベレットの肩を掴んで止めた。
それでベレットは転けてしまったけど。
「痛いよーエイダ」
「ごめん。丁度良いし、コウヤさんにやって貰おうと思いましてね」
エイダが止めた理由はダストの相手を煌夜にやらせようとしていた。
多分、実力を知りたいからだろう。
「それ良いね!」
「そうでしょう。コウヤさんはどうですか?」
エイダは煌夜に聞く。
「いいですよ」
煌夜は了承して歩き出し、次第に走り出す。
ダストの目の前に来るとダストを蹴り上げて、刀を掴む。
『浄火』
刀を一瞬で抜き取り、一閃。
ダストは真っ二つになって燃える。
灰になるとそれすらも燃え尽きる。
「すごーい!」
刀を納めた煌夜にベレットが手を掴む。
「一瞬で倒すなんてすごーい!」
「小型じゃあ、こんなもんですよ」
リィーズには種類だけでなく大きさもある。
小型、中型、大型、超大型が存在し、小型と中型は一般魔導工兵ならそれほど苦労しない。
大型は複数人または1人でも一握りであれば対処できる。
超大型は過去に一度で発生し、国家間の協力が必要とされるらしい。
「自国でも数は少ないですけども倒していました」
「へぇ。私は慣れるのに結構かかったんだよね」
「貴女は戦闘というよりおっちょこちょいでうまくいかなかっただけでしょ!」
「だって工場内は物がいっぱいでしょ。引っかかる物が多いんだもん」
「それで1年近く経ってやっと慣れて、ここを任させるようになったんですから」
確かに工場内はいろんな物が置かれている。
特に引っ掛かりやすいのはさっき一度引っかかったコードである。
コードは地面に置かれ、それなりの太さがあるから、ちゃんと足を上げないと引っかかる。
引っかかることでコードを引っ張り、機械を停止させるということが多々あったのだろう。
会社からもう辞めてくれと言われてもおかしくはない。
まぁその後、コードに固定具を付けて固定することでコードが引っ張られるということはなくなったが、相変わらず今もコードに引っかかってしまっているけど。
「因みにベレットさんは何年目でしょうか?」
「さんはいらないよ」
「えーと、ベレットは何年目?」
「3年目だよ」
煌夜はエイダに近づき、小声で聞く。
「実質、2年目と変わらないってことですか?」
「まぁ、そうね…。でも、基本的に小さい工場には歴の低い魔導工兵が任せられて、実績を上げれば大きい工場に移動して貰えるようになります。2、3年目の魔導工兵の人は1年目の子を任せるようになっています。そうしないと頻繁に発生する小型や中型を相手にしなければなりません」
「な、なるほど」
そもそも魔導工兵の仕事場所は固定なのだろう。
なので新人をリィーズの発生が低く、中型すらも発生率の低い歴の低い魔導工兵の仕事場所を選んでいる。
ただ、中型の討伐経験も必要なため、1年目の最後らへんか2年目の最初に一時的に高位魔導工兵の仕事場所に移動することもある。
「私を置いてけぼりは寂しいだけど?」
「すみません」
「ごめん」
煌夜とエイダがコソコソと話していたため、ベレットは顔を膨らまして怒っている。
「それじゃあ、こんなことになっちゃいましたし、工場勤務における仕事については後にして、寮についてを…ちょっと待って下さい」
そう言ってエイダは後ろを向き、右耳を押さえる。
「何ですか?あれは?」
「あれはね、この国の魔導工兵が使ってる通信魔導。知ってると思うけど、魔導工兵の魔導って戦闘向きだけじゃないからね。数は少ないけど戦闘向きじゃない魔導もあって、その人の魔導を利用した魔導具っていうのが総本部と各地の本部に置かれているんだよ」
「でも、あれは魔導具ではなく直接通信していますよね?」
「総本部にはそれができる魔導工兵というか何というかいるんだよ」
魔導という力を持つ魔導工兵はリィーズを討伐するために工場勤務をしている。
だから魔導工兵と呼ばれているが、ベレットが言うように戦闘向きの魔導だけが魔導工兵ではない。
それを魔導工兵と言うかは別として、そういう存在は重宝される。
「すみません、総本部からの連絡で戻らないといけなくなりました」
「急な用事ですか?」
「そうではないと思いますが、今日はあと寮のことだけなので、正直不安はありますが、ベレットに任せます」
「りょうかーい。任っせといて」
どうやら総本部に戻らないといけないらしい。
そのため今からの寮説明を不本意ながらベレットに任せると言う。
「ある程度でいいからね。大体は同居人に任せるから」
「大丈夫大丈夫」
煌夜も正直不安になってきた。
そこで気になることを聞く。
「同居人?」
「はい、寮では2人で1部屋を使っています。貴方の同居人は非常に優秀です。若きエースと評価されるほどの逸材、彼にその後は任せます」
「それってミックのこと?」
「そうですよ」
「むうぅぅ、あの人ちょっと苦手なんだよね。まぁ、嫌いじゃないけど」
ベレットは一瞬膨れた顔になったが、すぐに顔を戻した。
煌夜はそのミックという人がどんな人か気になった。
「その人はどういう人なんですか?」
「ミックさんは貴族のご子息で生粋の貴族の振る舞いはするんですけど、根は良い人ではありますよ。勘違いしやすいですが」
「私は田舎出身だから、軽蔑されることもあるんだけど、後で謝ってくるんだよ」
「ん?どういうこと?」
エイダの説明には理解できたけど、ベレットの説明には理解できなかった。
何だか二重人格と言われてもおかしくない。
「それは実家の影響が大きいと本人は言っていますね。親が貴族主義だから平民に当たりが強いという話です」
「そうですか。こちらの国にもそういう傾向の人はいますが、そのミックさんって方は結構苦労しているんですね」
「まぁそういうことだから。じゃあ私は」
「ありがとうございました」
エイダは一礼して、工場を出て行った。
「それよりも仕事の再開はいつになるのですか?」
「あ、それも説明した方がいいね」
リィーズの出現で社員は逃げて、未だに帰ってきていない。
一応煌夜はリィーズの出現により機械が壊れることは知っており、倭では現在工場が増え、魔導工兵も配属され、こういう事態も伝え聞いている。
現在の倭では修理に時間がかかり、しばらくは可動することができない。
それを踏まえて聞いている。
「今日中には直るから明日には再開するよ」
「え?」
工業の本場とはいえ、こんなにも早いとは思わなかった。
「上手く説明できないんだけど、うちの国は色々と改良して壊れるのは軽く、修理には早めにしてるんだって。ただ、大型以上だと流石に大変って言う話らしいよ」
「なるほど、これが200年の蓄積と150年のリィーズの対抗策なんですね」
元々機械の技術向上と改良を行なっていたものの、リィーズの出現は改良に集中し、破損の軽減と修理時間の軽減に努めた。
結果としてそれは成功し、現在までに至っている。
もしそれが失敗すると経済に影響する。
マーシア王国が産業革命をして、同盟国であるウェールズ公国から世界各地にある植民地の特産物を持ってきていたので、産業化と合わさり、世界屈指の経済大国となった。
たとえ魔導工兵という存在がいても、毎回毎回壊されていたら膨大な経済力を失う事態になってしまう。
因みにウェールズ公国は資源国のため、それによりマーシア王国が産業革命を起こす所以とも言える。
「話はその辺にして、寮に行こう!」
ベレットが煌夜の手を掴み、連れて行った。