第2話 船旅
数日後、煌夜は堺の港にて母国にお別れを告げて船に乗る。
船はアングロ・サクソン連合王国所有の蒸気小型船だった。
煌夜はその技術とスイスイ進む船に驚いていた。
「このような船は珍しいですか?」
船の一室に案内されて目の前には1人の女性が座っていた。
眼鏡をかけていて大人びているが、見た目は童顔で幼く見える。
「はい。我が国はまだ数えるほどの数しかないでしょう。なので、こんなにも完成された船を見たのは初めてです」
「このような船はこちらではそれほど珍しい物ではないのですが、現在はそちらの国に技術顧問を送っております。その内、このような船が主流になっていくでしょう」
煌夜は言葉遣いを気にしながら受け応えをする。
「おっと、自己紹介がまだでしたね」
女性は手を叩いてそう言った。
「私はアングロ・サクソン連合王国魔導工兵総本部情報課のエイダ・グフィルと申します」
「私は倭の魔導工兵のコウヤ・カラスマと申します」
知っているだろうと思いながらも煌夜も応える。
名前の順番は合わせて言っている。
「ご丁寧にありがとうございます。ここから少し気だるくして構いません。これから貴方をサポートする機会もありますから」
「分かりました」
そう言われて少し心を落ち着かせる。
それでも気を抜かせる訳ではない。
「それではこれからの話をします」
「はい」
エイダは机の上にある紙に見て、説明する。
「現状のまま運航し、所々に停泊も考えると1ヶ月、遅くても1ヶ月半で七王国の1つのウェセックス王国に到着。それからさらに数日かけて魔導工兵総本部があるマーシア王国に向かいます」
通常の船なら1ヶ月半から2ヶ月。
乗務員も大きさに合わせて増えていき、さらに乗客もいる。
この船は煌夜をアングロ・サクソン連合王国に迎えるために寄越した船。
大きな船である必要はない。
それに合わせた船員、煌夜とエイダの2人で少人数に済む。
各地で停泊するのは食糧や船の燃料のための補給。
それも小型船で人数も少なければそれだけ補給量も少なく済む。
因みにエイダが言う期間は目安で、島から出たことのない煌夜に外の世界を見せるためにゆっくりとした船旅である。
「到着後についてはその時にしましょうか」
「分かりました」
エイダは持っていた紙を机に置く。
「それまでの間、貴方に色々とお聞きします」
さっき見ていた紙とは違う紙を取り出し、ペンを持つ。
「まずは魔導工兵とリィーズについて、さらに誕生する経緯も説明をお願いします」
「はい」
煌夜は説明を始める。
「今から200年前、マーシア王国にて綿織物の大量生産、製鉄業の向上による蒸気機関の開発などを行い、後にその出来事を産業革命と呼び、マーシア王国に限らず周辺諸国や海を越えた先のフランク共和国に至り、大陸に広がって行った」
産業革命は急激な発展を遂げ、マーシア王国…アングロ・サクソン連合王国が世界中の国々から一歩優位な位置になった出来事にもなった。
「しかしそれから50年後、工場内で突然化け物が出現。10万人ほどの犠牲を出したこの出来事は『革命による代償』と呼ばれたが、この出来事を解決したのが後に魔導工兵と呼ばれることになる特殊能力を持つ者たちだった」
出現の起源は産業革命を行なったマーシア王国で、この出来事により産業化が正しいのか議論することになる。
「解決した当時の魔導工兵の年齢は低く、産業革命以後に生まれ、ほとんどは子どもとそう変わらなかった。そのため、『革命による代償』は何者かによる仕業で、魔導工兵を受け入れさせるための出来事だったのではと噂されたが、その後も化け物の出現は止まることはなく、唯一の対抗手段であった魔導工兵を受け入れるしかなかった」
この噂の中には幼い子を誘拐し、人体実験をしたことで生まれた存在なのではないかと言われた。
しかしそれは後々に単なる噂話に終わることになる。
「国は魔導工兵を受け入れると共に化け物についての研究を行う。その結果、原因は工場から出されるゴミや余分な産業廃棄物などから発生すると分かり、そこから化け物の名をリィーズにして、魔導工兵は工場に常駐する兵士として魔導工兵と名乗るようになりました」
全てマーシア王国を中心に行われ、結果として島の7つの大国が主導の下に対抗手段のない中小国を受け入れてアングロ・サクソン連合王国を建国することになる。
「国はリィーズを解決するために徹底的な清掃を行い、産業廃棄物をどうするかを思案したものの、解決に至ることはありませんでした。工場での発生は多くあったことは変わらずに他の場所にも突発的に発生することが確認されたため、工場だけが原因であるという訳ではなくなりました」
この「工場以外でも発生する」ことでまだ産業化の行なっていない国でも発生することが確認される。
「それにより産業化を行うかは魔導工兵を抱えることを最善点、それまでそちらの国から派遣されることも珍しくはありませんでした。現在は各国でも魔導工兵を抱え、産業化も行う国も増えている状況にあります」
煌夜は「このくらいですかね」と話を終える。
「そうですね。ただ1つ、魔導工兵について言い忘れたことがありませんか?」
煌夜の説明に特に間違いはないと言いながらエイダは釘を指す。
「……魔導工兵の扱いは各国によって違いがあり、アングロ・サクソン連合王国は過去の影響もあり、表では比較的に明かしていて個人の名も広まっていますが、他の国では魔導工兵の存在は明かしながらも個人まで明かしている訳ではありません。我が国も比較的にその傾向にあります」
リィーズが発生するため、魔導工兵を隠し通すことは難しい。
しかし、それでも隠せない訳ではない。
魔導工兵はリィーズに対する対抗手段だけではない。
国の戦力にもなり得る存在でもある。
そのため、国によって公開と非公開を分けて国民や他国に明かしている。
「因みにそちらの国では…」
「それは一切話しませんよ」
エイダが探ってきたが、煌夜はすぐに断った。
「ふふ、合格です」
「へ?」
エイダは笑い、煌夜はそれに反応して間抜けな反応をしてしまう。
「ごめんなさい。貴方は今から他国に行くのですから探りを入れてくる者がいるでしょうし、しかもはるか遠くの国ならばそういう者は多いと思われます。なので、きっぱりと断るということは問題ないでしょう」
「な、なるほど…。確かにそうですね」
どうやら試させられたようだ。
確かに探りを入れてくる者はいるだろう。
因みに倭はずっと鎖国だったことから情報が少なく、倭の者だとバレればそういう者は多くなる。
「ただ、色仕掛けされたら分からないですけどね」
「僕はそのような行為にく、屈しませんよ」
「動揺してますよ」
実際どのようなことをされるのか分からないというの方が事実。
女性からの密着は高江がそういうことをするからまぁまぁ耐性があるくらいではあるが、それは人によるだろう。
「とりあえずこれから一ヶ月ほどよろしくお願いします」
「はい、お願いします」
煌夜はエイダと別れ、案内された自分の部屋に戻る。
部屋はベッド、クローゼット、机、椅子と簡易的だが、この船では良い方で船員は集合寝室だから乗客の方が優遇されている。
「はぁ」
ベッドに座り、ため息を吐く。
「ベッド?クローゼット?話には聞いてたけど、やっぱり向こうではこれが主流なんだ」
煌夜は事前に西洋文化や生活様式を学んでいた。
しかしそれは学び、覚えたに過ぎない。
そもそもまだ自国にいた頃は本来の生活をしていた訳で、これからはそちらに合わせて慣れる必要がある。
正直な話、不安しかないが、仕方ないと片付けるしかない。
船旅の間、船の中での地位は客である煌夜>船の主人であるエイダ>船の操作を行う船員となる。
船員は形式として敬語に似た少し崩れた礼儀をしてはいたものの、それは案内や報告などの仕事上におけるものに限っており、会話する内に親しみやすい話し方になって煌夜としては嬉しかった。
エイダの話では船員は礼儀作法が不慣れであまりしたくないらしいが、人によって怒る者もいるため、船員にしても助かっていると言う。
船旅と慣れない生活に苦労しながらも煌夜は世界中を渡り、1ヶ月と数日でアングロ・サクソン連合王国の1つ、ウェセックス王国の港町に到着。
そこで一泊した後、蒸気機関を利用した車に乗って数日、マーシア王国にあるアングロ・サクソン連合王国の王都、セントラルに到着した。
因みにアングロ・サクソン連合王国は複数の国家が集まった連合国家(連邦国)である。
つまりはその複数の国家にはそれぞれ王都や公都といった都が存在しているということ。
アングロ・サクソン連合王国を建国する辺り、連合王国としての都を必要とした。
そこで色々と議論した上でブリテン島の南部は主流である七王国が集中しており、その七王国に設置することがまず決まって、それに少し北部の、横のアイルランド島に近いように少し西部の位置に置いた。
セントラルが安直に中央という意味なのは各国が命名に議論する時、名前にその国の特色を持った言葉の意味を持たせようとするため、あえて安直にしている。
そして、煌夜はセントラルに着き、魔導工兵総本部に到着する。