最終話 雨のあと〜"A"fter the Rain〜
*
―――――――1ヶ月後
目の前には細く垂れた眉毛、すっきりとした茶黒い瞳孔、短く切った白髪混じりの青みがかった黒髪、そして相変わらずの幼さが目立つ童顔が写っていた。
「うん、今日もバッチリだな」
ニコリと微笑んでみると、鏡に映る僕もニコリと微笑み返す。まあ鏡だから当たり前なんだけどね。
そうして日課を終えるとベッドの上に置いてある荷物を手に取り、片付けられた部屋を見渡した。
シワ一つ無いベッドに、少し塗装が剥げている扉。村の景色を見渡せる窓に、毎日僕の感情を全て受け止めてくれた鏡。
三年間、僕達の生活を支えてくれた大切なものたち。だけど今日でお別れだ。
「…………いままで、ありがとうな」
誰に対してでも無い、ただの感謝の言葉がこぼれる。
そうして物思いに耽っていた時、扉が開きシアーが顔を出してきた。
「サミー、お二人が待っていますよ」
赤茶色の上着に、膝下まである紺色のロングスカート。そして動きやすさを重視した茶色ブーツ。
それは冒険に適した服装。初めて出会ったあの日に買った服を彼女は着ていた。
「うん、もう行くよ」
そう言って僕は荷物を持って部屋を後にした。
ロビーへ向かうとラルさんとエアルさんが既にテーブルに座りながら僕達を待ってくれていた。
「おはよう、サミー」
「おはようございます」
「ささ、早く座りな! とびきり美味いのを作ったからね!」
エアルさんに急かされながら席に着いた。
目の前のテーブルには沢山のサンドイッチと野菜が沢山入ったスープが並べられていた。
その量は明らかに四人分以上だ。
「エアルさん、作りすぎでは?」
「何言ってんだい! 旅に出るんだからこれぐらい食べなきゃいけないよ!」
そう、今日は旅立ちの日。新たな夢に向けて歩き始める日なのだ。
つまりこの朝食がこの村でする最後の食事ということだ。
それにしてもこの量は作りすぎだ。果たして僕達で食べ切れるかどうか。
「もぐもぐ…………サミー、食べないんですか?」
「………………焦らずに食べようね」
シアーはサンドイッチを両手に持ちながらものすごい勢いで頬張っていた。
まあ、彼女がいるなら楽勝だよな。僕の分も食べそうな勢いだし。
「ははは、こんな日でも変わらないなぁ」
「ラルさん…………」
こうしていつもと変わらない調子でこの宿の最後の朝食を食べ終えた。
「うん、そろそろ行こうか」
「はい、わかりました」
そして片付けを終わらせてしばらくの後、僕とシアーは荷物を持って、ラルさんとエアルさんの方へ顔を向けた。
「今までお世話になりました」
「うん、初めて会った時と比べてしゃんとした顔付きになったね」
「はい、おかげさまで」
ラルさんには迷っていた僕に色々な助言をもらった。そのおかげで僕はこうしていられるんだと思うと感謝してもしきれない。
「エアルさんのお料理、とてもおいしかったです」
「いつでも帰って来るんだよ! まだ教えたいこともあるんだからね!」
シアーもエアルさんとの別れの挨拶をする。
この三年間、二人共ずっと一緒にいたんだ。その分別れも寂しくなるんだろうな。
こうして二人との挨拶が終わり扉に手をかけると。
「それじゃあ」
「それでは」
━━━━行ってきます。
そう言って、三年の間雨風から僕達を守ってくれた宿を後にした。
二人は出て行く僕達を笑いながら見送ってくれていた。
*
太陽が輝く晴れた日の村はとても賑やかな雰囲気が溢れ出していた。
子供達は元気に村中を走り回り、その様子を大人達は笑顔で見守っている。
そんなどこにでもある日常を垣間見て、僕は自然と唇が吊り上がっていた。
「あ! にいちゃんだ!」
「本当だ!」
「にーちゃん!」
と、エルフの子供達が歩いていた僕達を見て駆け寄って来た。
「その格好…………もう行くんだね」
「あぁ、しばらくのお別れだ」
「そっかぁ…………」
「もう物語が聞けなくなっちゃうね」
子供達は寂しそうに俯いている。
とても悲しく、そして辛そうに。
これは流石に見過ごせないよな。
「大丈夫さ、絶対、絶対にまた戻ってくるからさ」
「本当……?」
「また物語を聞かせてくれる?」
「もちろん! それどころかさらに面白い物語をこの旅の中で集めてくるよ!」
だからそれまでいい子にして待ってくれよ。
子供達の目線を合わせながら僕は精一杯の笑顔を見せた。
自分を慰めるためじゃない、人のための笑顔を。
「うん、わかった!」
「僕達にいちゃんが帰って来るのを待ってる!」
「面白いお話し楽しみにしてるね!」
三人の寂しそうな顔が段々と消えていくと。
「「「またね! おにいちゃん」」」
そう言って僕へ向けて眩しい笑顔を返してくれた。
そうして子供達は元気に村を駆け回って行った。
「元気な子達ですね」
「あの笑顔は人を幸せにできるね」
走り去る子供達を見送った僕とシアーは再び村の出口へ向けて歩き始めた。
その途中で僕達は様々な人と邂逅することになった。
「お、もう行くんだな。ほら、選別だ!」
「おっと、こんなにもらっていいんですか!」
「なあに、せっかくの機会だからな、たらふく食べな!」
「じゅるり、美味しそうです」
りんご農家のカムラさんから沢山のりんごを貰い。
「…………気をつけてな」
「はい。色々お世話になりました」
「また食べに行きますね」
緑のりんご亭の無口なマスターと軽い挨拶を交わし。
「村のことは俺に任せて、思う存分楽しんでこい」
「何か合った時はアイツら経由で教えてください」
「??」
自警団の団長さんと共に非常時の際の軽い打ち合わせをした。
その後も歩くたびに村の人達から話しかけられ、村の門に着く頃には村の人全員から応援の言葉と手土産として野菜や果物などが両手いっぱいになるぐらいもらっていた。
「ははは、みんな大げさだなぁ」
「サミーはそのぐらい村のみんなから慕われていたんですよ」
「そうだったんだなぁ……」
ふと振り返り、村を一望する。
畑に囲まれた場所にある小さな村。そんな村に住む人達はみんながかけがえのない大切な存在だった。
村のみんなは外から訪れた素性のわからない僕を、『便利屋さんのサミー』として優しく受け入れてくれた。
そんな彼らの優しさがバラのことで傷ついた僕の心を癒し、この場所をいつしか故郷の一つにしてくれたんだ。
でも今日からしばらくのお別れだ。
僕はある夢のためにこの村から旅立つんだ。
『俺、いつかサミーみたいなみんなを助けるかっこいいやつになりたいんだ!』
それは親友と共に夢見た景色。
漠然とした夢だったけど、その夢を僕が叶えたくなったんだ。
だけどそれは言ってしまえば僕の独り善がりな夢。
この旅には辛い事や悲しい事に沢山出会うことだろう。
「シアー、本当にいいのかい?」
だから僕は旅に出る前に彼女に聞いてみたんだ。こんな僕に付いて行ってくれるか、とね。
その問いに彼女はまったく変わらない、いつもと同じ表情で答えてくれたんだ。
「私は神様に仕える巫女であり、サミーの従者です。サミーに付いて行くのが私のやりたいことなんです」
「そうか……」
三年間共に過ごしたけど、シアーはシアーのままだった。
何事にも動じない、だけど食べ物に関してすごく興味のある少女のままだったんだ。
そんな彼女が僕の夢を尊重してくれたのが、それがとても嬉しかった。
そして改めて気付いたんだ『僕は一人じゃなかった』ということにね。
「シアーはどこか行きたい場所はある?」
「そうですね…………以前商人の人が教えてくれたオンセン? というお湯に入る場所が気になります。そこにとても美味しい料理があるらしいんです」
オンセン、温泉か。
そういえば生まれてこの方温泉に入った事が無かったな。
どうやら僕達が進むべき目的地は決まったようだ。
「それじゃあ、目的地は温泉だな」
鳥の囀る声に、風に揺れる樹々の音。時折聞こえてくる魔物の足音に警戒しながら僕達は歩き始めた。
果たしてこれからどんな出来事が僕達を待ち受けるのだろう。
色々な人と出会い、その出会いで何を育み、何を記憶するのだろうか。
それは今の僕には何もわからない。だけど、僕の心の奥にはあの言葉が刻みつけられている。
『自分の心にだけは絶対に嘘をつかないでね。それってとても苦しくて、悲しいことだから』
大切なお母さんが伝えてくれた最後の言葉。
苦しくて悲しい時こそ自分の心に正直になる。それがたとえ、裏切りや別れが待ち受けていたとしても。
僕は笑って誤魔化さずに、全てを受け止めていくんだ。
だけどもし、心がその重さに耐えられなかった時は。
「いっぱい泣いて、一眠りすれば次の日は元気一杯。だよね」
涙は全て受け入れてくれるんだから。
「どうかしたんですか?」
「大丈夫だよ。行こうか」
「はい」
こうして僕はシアーと一緒に、新たな旅の一歩を踏み出したのだった。
「貴方たち、誰かを忘れていないかしら?」
と、この旅立ちの瞬間に水を差す存在が。
「貴方が私にどれだけお世話になったのか忘れてしまったの? そんな私に対して挨拶抜きで旅立つなんて少々失礼だと思わないかしら?」
その舞台劇のように気取った声の主はゆったりとした足取りで樹の裏から姿を現した。
「お前…………」
そこには長く伸ばした金髪を後ろに束ね、いつも着ている赤いドレスではなくシアーと同じような冒険に適した動きやすい格好をした『彼女』の姿があった。
「どうしたんだよその格好」
「見てわからない? 私も貴方たちの旅に付いて行くの」
「はぁ?」
口が開いた僕をよそに『彼女』はその場でくるりと一回転すると、両手でスカートの裾を持ち一礼した。
この格好になっても相変わらず気取った態度のようだ。ある意味安心するよ。
「どう、似合うでしょ?」
「まあ、似合ってはいるが…………どうしてだ?」
「ふふふ、貴方達との旅が面白そうだから」
「面白そうって…………」
いくらなんでもいいかげんすぎるだろう。
僕とシアーの旅なんてただ遠くの場所を歩いて、困った人がいれば助けるぐらいのものだ。
そんなのが面白いというのは到底理解できない。
「それに、貴方にはエールをご馳走してもらったのもあるしねぇ」
「エール? なんのことだよ」
「ふふふ、ひ・み・つ♡」
そう言いながらこの女はいたずらっぽく妖艶な笑みを浮かべた。
『彼女』の胸中は何もわからない。ただその秘密とやらが面倒くさいことだけは理解できる。
「というか『ローランド』の方はどうするんだ。ここの担当はお前だろ」
「それなら大丈夫よ。一ヶ月前に私の変わりを用意して潜伏させたからね」
「相変わらずそのあたりの根回しは早いんだな…………」
一ヶ月前ということは僕が旅立ちを決意した直後に動いていたということ。つまり最初から僕達の旅に付いてくる気満々だったというわけだ。
『彼女』の行動の速さには正直引いてしまうが、その速さのおかげで今の僕がいるのも事実だ。
…………故に文句が言えないのがもどかしい。
「言っておくけど私が居れば様々な場所にいる『ローランド』の情報が瞬時に手に入るのよ? それに私たちは様々な組織のコネクションを持っている。冒険するのにとても便利だと思わないかしら?」
「確かに便利だけど…………」
「ね、どうかしら?」
断ったとしてもどうせ『彼女』は勝手に付いてくるだろう。つまり最初から選択肢は存在しないということだ。
まあ僕自身、ある程度気心の知れた『彼女』を拒絶する理由はない。面倒な女ではあるが。
「わかった。だけど余計なことはしないでくれよ」
僕のその言葉を聞いて、待ってましたと言わんばかりに『彼女』はシアーの前に躍り出た。
「なら決まりね。さあ早く行きましょう!」
「え…………、あの…………」
そしてシアーの手を掴むと、まるで仲の良い姉妹のように手を引いて僕の先を歩き始めた。
「あ、そうだわ」
と、思ったら何かを思いついたように突然長い金髪をなびかせながら僕の方へ振り向いた。
「これからは私のことは『ファニー』と呼んで!」
「ファニー?」
「『ローランド』のままだと他の私たちとややこしいでしょ」
「なるほどね…………わかったよファニー。これからよろしく」
「…………ええ! 私がいる限り、この旅は退屈させないわよ!」
「サ、サミー…………た、助けてください」
『ファニー』は満面の笑顔のまま、困惑しているシアーの手を引いて僕の前を進んでいく。
そんな彼女達の仲睦まじい様子に僕は思わず笑みこぼしながら空を仰ぎ見た。
「ははは、騒がしい旅になりそうだ」
空は雨雲一つないとても綺麗な澄み渡る青空だ。
その空の下、僕の冒険の幕が開いた。
「………………それじゃあ行くか」
さて、サミーはこうして新たな旅立ちの鐘を鳴らした。
これから先、彼らが待ち受ける試練は数知れない。
バラ色の再会、白銀との再戦、幻惑に染まった因縁、灰色の別れ、そして亡き星との邂逅。
それらの試練は彼らの肉体を赤く染め上げ、心の奥底に沁み渡る悲しみを与えるだろう。
しかし彼はそれらの絶望を必ず乗り越えられると確信する。
何故なら彼には神以上の加護と友から受け継いだ夢があるからだ。
「サ、サミー、早く来てください」
「ダラダラしてると置いていくわよ」
「あぁ、ちょっと待ってくれよ」
そんな過酷な運命のことは露知らず、サミーとシアーとファニーの三人はゆっくりとその道を歩き始めるのだった。
「お母さん、ライング…………行ってきます」
━━━━この澄み渡る青空の下を、真っ直ぐに。
ブルーコリーハート〜異世界転生した僕の青い物語〜
Aルート『雨のあと〜"A"fter the Rain〜』
―――――――――――END




