第77話 Scar
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「サミー、おかえりなさいです」
「あぁ、ただいま」
子供達のお守りを終え宿に帰るとシアーが僕を出迎えてくれた。
掃除をしていたのだろうか、竹ぼうきを片手に宿屋のロビーの中をせっせと掃いており、服は宙を舞っていたであろう埃で汚れていた。
「エアルさん達のお手伝いをしてたの?」
「はい。もしよかったらわたしのおしごとの手伝いをしてください」
「もちろんいいよ」
シアーのお仕事は多岐にわたる。
宿中の掃除はもちろん、エアルさんの料理の手伝いに洗濯や洗い物、おつかいなど。その仕事量は僕がやってるなんでも屋とは比べものにならない。
そんな大変なことを三年間ほぼ毎日繰り返している。
しかしそれらの仕事を彼女はまるで最初から全てを理解しているかのように簡単にこなしていた。
「サミー、次はこれをお願いします」
「外で払うんだね、わかったよ」
集めた埃を一箇所に集め外で払った。
舞い散る埃が鼻腔を刺激してムズムズする。
「終わったよー」
「では次は私達の部屋の掃除をしましょう」
こうして僕はシアーと一緒にお仕事をこなしていった。
他の部屋の掃除に洗濯、夕飯の仕込みをこなしていくと、慌ただしい午後の時間があっという間に過ぎていく。
気がつくと外の太陽はすでにオレンジ色の輝きと共に傾いていた。
そうして僕はふうと大きく息を吐きながらロビーの椅子に背を預けている。
「お疲れ様でした。サミーが手伝ってくれたのでいつもより早く終わりました」
「シアーの役に立ててよかったよ」
仕事を終え、安堵の表情を浮かべるシアーの顔に僕は思わず懐かしい感覚を覚えた。
夕陽に照りつく大切な人の気配が。
「サミーはこの後は何か用事はありますか?」
「夜に酒場で約束があるね」
「どんな約束ですか?」
『あら、どんな約束?』
あの時の記憶とシアーの声が重なって僕の鼓膜を反響させた。
思わず息を呑んでしまうほどのその声は僕の記憶を針で刺すように痛みを与えてくる。
「…………ローランドとだよ」
「あのへんな女性でしたか。夜までもう少し時間がありますがどうしますか?」
「…………部屋で少し休んでおくよ」
そう言って僕は逃げるようにシアーに背を向けて自室へ向けて歩を進めようとした。
「…………サミー」
しかし、昨日の夜と同じ、あの声が僕の歩みを止めた。
さっきの彼女までとは違う彼女の声に意識が向いてしまう。僕は必死に後ろを振り返らないように目の前にある階段を見つめ続ける。
「………………どうしたの?」
「ローランドさんとの用事が終わった後に少しお話しをしましょうね。とても大事なお話しよ」
「………………わかった」
そうして階段を登り自室へ向かった。
あの失った日からずっと、僕の心の中にあるつかえは未だに僕自身を傷付けている。
だけど僕の力ではそのつかえは取り除けない。だってその傷こそが僕の大切な思い出を繋ぎ止めているのだから。




