第76話 Decision Left Behind
*
『アローグン王国』は常に冒険者と共にある。それはかつての恩に報い、かつての悲劇を乗り越えるために。
そして冒険者は英雄ハーツ様の願いを後世へ伝えるために、王国と共に険しい道を歩み続ける。
ああ、アローグン王国に栄光あれ。アローグン王国に繁栄あれ。
そんな昔の話を歌う老齢の吟遊詩人を横目に、若い三人の冒険者は人が行き交う無骨な石造りの道を歩いていた。
「それにしても意外だったなぁ、サミーが盾を使いたいなんて」
「この前の戦闘で剣以外にみんなを守る手段が欲しくなったんだよ」
「あの怪鳥との戦いのことね…………」
そうして僕達三人は大通りから少し外れた場所にある小さな店の扉を開いた。
入店すると店主の大きな声が出迎えた。
「いらっしゃい!! 今日は何をお求めで」
「盾ってありますか?」
「盾はそっちに色々あるが、どんなのが良い?」
店主の指差した先には様々な種類の盾が棚に飾られていた。
丸くて小さな盾もあれば、五角形の大きな盾もある。
「沢山あるなぁ!」
「ここまで多いと迷っちゃうな」
一つ一つ手に取りながら感触を確かめる。
大きさや手触り、構えた時の身体の負荷。色々な要素を加味しながら、盾を持っては構えてみる。
これじゃない、これでもない、これも違う。
そうして散々迷った末に一つの決断に至った。
「これにしよう」
それは丸い形に赤い塗装が施してある片手でも持てる小さな盾だった。
剣を扱う僕にとってこの盾はちょうど良い。これならライングやシオンを守りながら素早く戦えそうだ。
「これにします」
「あいよ、銀貨四枚ね!」
そうして代金を支払い、僕達三人は高揚した面持ちで店を後にした。
「それじゃあサミー! 早速特訓しよう!」
「え? 今から?」
「おうよ! その盾の感触を試してみたいだろ!」
そう言うや否やライングは僕の手を取り冒険者ギルドの方へ駆けていった。
その様子をシオンは微笑ましそうにしながら眺めている。
「さあ、訓練場が閉まらないうちに行こうぜ!」
「ちょっと、そんなに急がなくてもぉ!」
そうして僕達は沢山の人が行き交う通りを、走り抜けて行くのだった。
…………いや、正確に言うなら、ライングは僕を置いて走り抜けて行った。
何故なら僕の足はすでに止まっていたから。そして空はガラスのように砕け、周りの景色が白黒になった。
これは過去の幻影。楽しかった日々の追想。
どれだけ否定しても結果は決して覆らない。僕が選んだ決断だから。
そして、否定するたびにあの言葉が脳裏を掠める。
『自分の心にだけは絶対に嘘をつかないでね。それってとても苦しくて、悲しいことだから』
そう、決断はとっくにしている。僕はただ決断の結果を正直に受け入れるだけ。
*
太陽に照らされた村はとても賑やかになっている。
雨の時に動けなかった分、沢山のエルフの人達が忙しなく動いており、子供達も村中を駆け回っている。
「お手伝いありがとうね」
「いえ、これぐらいならいつでも呼んでください」
そして晴れた日の『なんでも屋のサミー』は多くの人に頼られる。
野菜の収穫の手伝いに、水魔法による水撒き、雨漏りの修繕などこの日は特に引くてあまたの大忙しだ。
頼られるのはとても嬉しいし、動いている間は嫌なことを思考の隅に無理矢理追いやれる。
「なあ聞いたか?」
「あぁ、すごい噂になってるよ。まさかあのパーティーのリーダーが…………」
路上で話す二人のエルフを横目に僕は働き続けた。
そうしてお昼頃になるまで僕は無我夢中で村のみんなのお手伝いをして、現在は村の広場で休憩をしていた。
「えーと、あとやることは…………」
「あ、サミーのにいちゃん!」
「早くあの話を聴かせてぇ」
「冒険者のお話し!」
と、最後の仕事を思い出す間もなくエルフの子供達が僕の周りを取り囲った。
最後の仕事は子供達のお守り。もっというのなら村の広場で僕が冒険者だった頃の話を読み聞かせることだ。
「みんな落ち着いてくれよ。焦らなくてもちゃんと話すからさ」
「「「はーい!」」」
余談だがエルフは長寿であり、子供の時期がとても長い。
つまり、子供達の年齢は僕より上なのだが、それでも彼らは僕のことをお兄ちゃんと慕ってくれている。
「それじゃあ今日のお話しは冒険者になった三人がある依頼を受けた話をしようか」
そんなこんなで僕は彼らのために物語を語り始めた。
物語を子供達に聴かせるようになったのはこの村に住み始めてから少し経った時だ。そのときはまだ村に馴染めず、色々苦労したのを今でも覚えている。
だけど子供達は僕を怖がることなく話しかけてくれた。まあエルフではない僕が物珍しかったのもあるだろうが。
「…………村を後にしようとしたとき、巨大な鳥の魔物が女の子を攫ってしまったんだ」
「ええー!」
「それでそれで?」
「女の子はどうなっちゃうの?」
そして辺境であるこの村には娯楽が少ない。
故に冒険者だった僕の話は子供達にとってはとても興味深いのだろう。僕の拙い語りの物語をとても楽しそうに聴いてくれた。
その様子を見た村の大人達も次第に僕のことを認めてくれて、今ではこうして新しい居場所を手に入れることができた。
「冒険者ライングは必殺技のホーリーエッジで魔物を魔物を見事に撃破した。そして助けられた女の子は冒険者達と共に旅をすることになりましたとさ。おしまい」
「うおー、ライングカッケー!!」
「女の子が助けられてよかったよぉ……」
「本当になぁ…………」
少しだけ脚色した物語に子供達は感激し感動してくれた。
僕からすれば何年も前の昔話。それが今になって語ることになるのは少し照れ臭くもある。
そして、少しだけ悲しくもある。
「ライングはカッコいいよなぁ! 剣で魔物をズバッとやっつけるのとか!」
「シオンさんの冷静な姿や魔法に憧れちゃうなぁ…………」
「仲間を守るために頑張るのもかっこいい…………!」
子供達は思い思いの感想を述べ、憧れの姿を自身に重ねる。
あぁ、昔の僕達もこうして輝かしい夢を語り合ったよな。
本当に輝かしい思い出だ。
「……………………さて、それじゃあ僕は帰るよ。みんなも気をつけて帰るようにね」
「「「はーい!」」」
子供達と別れた僕はゆっくりとした足取りで宿へ向けて歩を進める。
ふと空を見上げると、そこには眩しいほどに輝く青空が映し出されていた。
「…………うん」
まるであいつみたいな大きな夢を追うのに相応しほどに輝いていた。
そしてその目が眩む輝きは夢を亡くした僕を置き去りにするかのようでもあった。
苦しいよ、悲しいよ。
だけど、今はただ自分の心に嘘をつくことなくこの非情な現実を受け止めるしかない。
かつて共に誓った夢を穢さないために。




