第75話 Night talk
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宿に帰った後は特に何事もなく、ラルさん達の手伝いをしながらその日を過ごした。
多少胸のつかえはあったが、手伝いをしている間だけはその事を忘れることができた。
そして現在、僕は寝室でシアーと一緒に日課の勉強をしている。
「サミー、この詠唱はどうやるんですか?」
「魔法の詠唱に関しては大事なことは一つ。イメージすることだ」
ランプの光の中、シアーはうーんと頭を捻らせながら魔法を出そうとして頑張っている。
基礎の魔法は使えるようになったが、まだまだ応用をすることは難しいようだ。
「とりあえず今日はこれで終わろう」
「はい」
そうして勉強の時間が終わり、僕とシアーはベッドの上に座って外を見た。
雨はすっかり止んでおり、雨上がりの星空が窓からちらりと見える。
「とても、綺麗ですね」
「そうだね」
ただ一言。
空を見上げながら他愛の無い言葉を交わす。
そんな時間が止まったかのような空間の中、シアーはぽつりと呟いた。
「…………昨日のことは大丈夫だった?」
「━━━━、ッ!」
その言葉を発した彼女の声は先程までの子供のような呂律の回らない声色とは違う明確な意思のある声。
そして、昔大切だった人と同じ声が僕の耳を刺激した。
「まあ、大丈夫だよ」
「本当に?」
夜空から目が離せない。いや違う。隣で喋っている人物の顔を見ることができない。
もし一瞬でも見てしまったら、本当に取り返しの付かないことになると心の奥底から訴えている。
「本当だよ。僕は大丈夫だからさ」
「…………そう。でも辛いことがあったらちゃんと言ってね」
そう言うと彼女は一つ深呼吸をして、僕の服の袖を引っ張った。
見てみると、シアーはベッドの上に立って両手を広げていた。
「サミー、そういえば今日はまだあれをやっていませんでした」
「…………そうだったな」
そう言って僕は彼女を抱き上げ高い高いをした。
「わー」
相変わらずの無表情。
今の彼女からは先程のような背筋の凍るような予感は無くなっていた。
あの感覚はなんだったのだろうか。
一抹の不安とどこか懐かしい感覚を肌に感じながら夜を過ごすのだった。
あぁ、きっと僕は幸せなんだろう。
だけど大切な親友と彼女の想いを踏み躙った僕が果たして幸せになって良いのだろうか。
苦しいよ、悲しいよ。
だけど、今はただ自分の心に嘘をつくことなくこの非情な現実を受け止めるしかない。
大切な人との約束を守るために。
雨に濡れた心はまだ悲しいまま。
だけど今はその悲しみを忘れてこの綺麗な景色に心を奪われていたい。




