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第74話 Rainy day, Aimlessly

雨の日、僕は当てもなく歩いていた。

    *


 階段降り宿のロビーへ向かうと、ラルさんとエアルさんとシアーの三人が既にテーブルへ座りながら僕を待っていた。


「おはようサミー」

「二人とも、おはようございます」

「それじゃあ冷めないうちに食べようか」


 そうして席に着き、いただきますと言って朝食を食べ始めた。

 今日の朝食はパンとチリビーンズ。豆とひき肉を香辛料で味付けしてさっと炒めた料理だ。

 香辛料の香ばしさと肉の旨みが合わさり、とても美味しくボリュームのある朝食のはず、だったのだが。


「…………、ッ」


 味が感じない。舌を刺激する感触はあるのに、今まで食べたような美味しさを感じられていなかった。

 パンもだ。本来なら柔らかいはずのパンがどうしても固く感じてしまう。まるで泥団子を噛んでいるようで気持ちが悪い。


「美味しいです、まだまだ食べられます」

「こらこらシアーちゃん、そんなに一気に食べちゃダメよ」

「…………」


 僕の隣でシアーは朝食を美味しそうに食べている。

 やはりこれは僕がおかしいのだろうか。外を降る雨のように気持ちが落ち着かない。


「サミー、あんた大丈夫かい? あんまり食べるのが進んでないようだけど…………」

「え?」


 僕の様子を見てエアルさんが心配そうにして声をかけてくれる。

 その優しさが今は辛い。

 

「あー、今日はちょっとお腹が空いてなくて…………」

「そうなのかい? それなら良いんだけどちょっと顔色が悪いから心配だよ」

「そうだね。昨日何かあったのかい?」


 ラルさんの問い。そのなんでもない問いが今の僕を蝕んでいた。


「………………」

 

 ざあざあ、ざあざあ、ざあざあ。


 沈黙の中に雨の降る音が入り込んで来る。

 答えに言い淀む僕をラルさんとエアルさんは見つめ続けていた。


「もしかしたら昨日酒場で飲み過ぎたからかもしれません。ちょっと自警団の隊長さんと飲み比べをしたので」

「あぁ、そういうことかい! 飲み過ぎはダメだよ、その後が大変なんだから!」


 エアルさんは豪快に笑いながら尖った耳を上下に揺らした。

 僕もそうですよねと言いながら流れるように笑みを浮かべる。


「そういうことなら、無理に食べずにお昼に食べておきな。それまで取っておいてやるからさ!」

「あはは、ではお言葉に甘えてそうさせてもらいます」


 こうして、雨の日の朝食の時間は過ぎて行った。


 そして朝食後の片付けを終わらせ、暫しの時間が訪れる。

 僕とシアーはロビーの椅子に座ってじっと外の景色を眺めていた。


「雨、強いですね」

「そうだね」


 外は未だにざあざあと雨が降っている。

 本当なら外には出ない方が良い。無理に出かけてもただ濡れて帰ることになるだけだから。


「…………、ッ」

「サミー、どうかしましたか?」


 しかし、モヤモヤした感情が治らない。

 シオンとの再会。ライングとの再会。そして氷のように冷たい感触。ライングの最後

 昨日の光景が脳内を反芻し続けて今にも氾濫しそうだ。


「ごめんシアー、ちょっと外を散歩してくるよ」

「え、この雨の中をですか?」

「村を少し歩いてくだけだからさ。すぐに帰ってくるよ」


 気持ちが落ち着かないままでここには居たくなかった。

 僕はシアーから逃げるようにして、傘を片手に宿を後にした。

 その時のシアーの表情から必死に目を逸らしながら。






    *


 外に出るとカーテンのように目の前を遮るほどに激しい雨が僕を出迎えた。

 ざあざあと降りしきる雨の中、傘を差してぬかるんだ道をゆっくりと歩き始めた。


「はは、降ってるなぁ……」


 灰色の雲に青色の雨、まるで今の僕の憂鬱ない心を表現しているようで思わず笑みがこぼれてしまう。

 そうして畑のある農業地帯を通り過ぎ、村の中心にある大通りまで足を進めた。


「やっぱり人はいないよなぁ」


 雨の日というのもあり、普段なら沢山の人達が行き交う村の通りには誰もいなかった。

 僕は一人寂しく、誰もいない通りの真ん中を当てもなく歩いていく。

 

 ぽつり、ぽつり、ぐちゃり、ぽつり、ぐちゃり。


 傘に当たる雨粒の音とぬかるんだ地面の歪んだ足音が一歩踏み出すたびに耳を刺激した。


「静かだよなぁ。…………自分以外の人間が世界から消えてしまったようだ」


 なんて。ほんの少しだけ気分が晴れてきたのか、それとも周りに誰もいないからなのか、思った言葉をついつい口に出してしまった。

 どうやら雨の日の散歩は僕にとってとても心地の良い時間だった。


「それでも、雨は気が滅入るんだよなぁ」

 

 雨の日と月曜日は気分が憂鬱になる。そんなどこかの誰かの言葉を思い出しながら歩いていると、僕以外にも雨の中に居る人を二人見つけた。

 

「…………それは本当なんだな?」

「ああ、夜中で暗かったが確かに見た。畑の近くで松明を掲げてたからとても怖かったよ」


 それは、この村の自警団の団長とこの前一緒にりんごを収穫したカムラさんだった。

 家の前で話す二人の様子は真剣そのもの。団長さんは一層強い警戒心を露にしている。


「とりあえずこの事は明日にでも村全体に…………あ?」


 と、団長が見ている僕に気が付くとカムラさんとの話を切り上げてこちらに近づいてきた。


「盗み聞きとはいい趣味ではないな」

「散歩をしてたらたまたま目撃しただけですよ」

「こんな雨の中でか?」

「それは貴方もでしょう」


 僕の反論に団長はそれもそうかと言いながら鼻で笑った。


「それで、カムラさんと何を話していたんですか?」

「…………昨日の事だよ。ほら、お前に青い空(ブルースカイ)の野営してる場所に案内しただろ」

「あぁ……あれですか」


 シオンと別れ、団長の案内で青い空(ブルースカイ)の野営地に案内してもらった後、僕は彼を置いてそのままライング達の元まで走って行ったのだ。

 その後に色々ありすぎて彼のことはすっかり忘れてしまっていた。


「あの後、村に戻ったらざっと30人ぐらいの冒険者が村を囲うようにして森に潜んでいたんだよ」

「え?」

「さすがに嫌な予感がしてな。自警団の奴らを集めて警戒していたんだが…………結局奴らは何もせずに帰って行ったんだがな」


 僕が戦っている間にそんなことが起こっていたとは思わなかった。


「そんで何もなかったからよかった、とはならない。念の為に情報を集めて村に共有しておこうと思ってな。それでカムラに異常がなかったか聞いてたんだよ」

「そうだったんですね」

「そういうこと。それじゃあ俺はもうしばらく聞き込みを続けるよ」


 そう言って団長は傘を差しながら僕の横を通り過ぎて行こうとした時、ふとその手が僕の肩に置かれた。

 そしてこの雨の中、誰にも聞こえないように耳元で小さく囁いた。


「ローランドが『明日の夜にいつもの場所で待ってる』だととさ」

「…………はい」

「それじゃあな」


 団長は今度こそ去って行った。


「………………」


 ぽつり、ぽつり、ぽつり。


 傘の上を雨粒が跳ねていく。

 そうして再びこの雨の世界の中に一人になった僕は。


「帰ろう」


 ぐちゃりと地面を踏みながらシアーの待つ宿に向かって歩いて行くのだった。


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星空を見上げれば〜私達は星々の夢を見る〜 短編の近未来ファンタジー百合小説です。 本作品と併せてお読みいただけると嬉しいです。
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