第73話 Unfocused Regret
思い出は色褪せずに残り続ける。
しかし思い出の味に浸るたびにやり場のない後悔が僕を蝕み続ける。
*
『物流国家ルートデイ』の酒場は騒がしさと共にある。
毎日入り乱れるモノとヒトは、この酒場の雑談に彩りを与え、その彩りは新たな利益のタネになる。
「みんな、新しい依頼を持ってきたよ」
そしてここにも、酒場に新たな彩りを加える者が一人。
騒がしい店内を掻き分けながら四人がけのテーブルに座り、手持つ真新しい依頼書を先に座っていた三人へ見せた。
「依頼は北西に生息する植物の採取。近くに魔物の住処があって取りに行けないらしい。植物は…………」
依頼内容を説明しながらふとテーブルに座る三人の顔を見た。
緑髪の少女は無言で依頼書をジーッと見つめながら説明に耳を傾けている。
銀髪の魔法使いは微笑みながら僕の顔を見ながら依頼について色々思案を巡らせている。
そしてライングはお腹が空いているのか、依頼書よりもキッチンの方をしきりに見ており、その耳は調理の音に注力されていた。
「はぁ、ライング?」
「えっ! あ、どうしたんだよサミー」
「僕の説明聴いてなかったでしょ」
「そ、そんなことないぞ、うん!」
水色の瞳を右往左往と泳がせながら僕に対しての弁明をしている。
流石にわかりやすすぎる。そして別に怒ってるわけじゃないのに、なんで必死に謝るのやら。
「し、シオンやケーアは聴いてたのか?」
「…………採取する植物は本の修繕に使う物。魔物は大きな虫の群れで火魔法が有効」
「どうやら、ケーアはしっかりと聴いていたようね、ライング」
ライングの苦し紛れの抵抗にケーアとシオンはあっさりと言い返した。
そうしてライングはバツが悪そうにテーブルの上に頭を付けた謝罪した。
「すまん! お腹が減ってて集中できなかった!」
「いや、別に怒ってないよ。それにお腹が空いてきたのは確かだしね」
反省するライングを窘めているとお待たせしましたと、注文した料理が僕達のテーブルに並べられる。
漂う芳醇な香りに僕とライングはもちろん、シオンやケーアまでもお腹から大きな音を鳴らしてしまった。
「依頼については後にしようか。まずはごはんを食べよう」
「だよな! さすがサミーはわかってるなぁ!」
「ライングは調子に乗らない。でもごはんを食べるのは賛成よ」
「…………そうだね」
そうして僕達は今日の食事に感謝を込めた後、ルートデイの絶品料理に舌鼓を打った。
…………いや、正確に言うなら舌鼓を打ったのだと思う。
何故なら僕は料理の味がわからなかったから。それに加えて周りの騒がしさもどこか遠く聞こえ、辺りの景色も白い霧に包まれるのだから。
これは過去の幻影。楽しかった日々の追想。
この光景は二度と戻らない。僕が壊してしまったから。
そして、後悔するたびにあの言葉が脳裏を掠める。
『自分の心にだけは絶対に嘘をつかないでね。それってとても苦しくて、悲しいことだから』
そう、もう後悔しても遅いのだから。僕はただただ正直にこの光景を観つめ続ける。
*
ざあざあ、ざあざあ、ざあざあ。
外の降る雨の音を耳にして、僕は目を覚ました。
暗い雨空に陰鬱した気持ち。一日の始まりは最悪な気分だ。それでも僕の気持ちとは裏腹に、雨の音はまるで水の妖精が遊んでいるかのように、どこか心地の良いリズムをご機嫌そうに奏でていた。
「………………」
無言でベッドから起き上がり、いつものように鏡の前に立つ。
目の前には元々の薄い青色と儚い白色が入り混じったような黒髪。項垂れたように倒れた眉毛。濁ったような茶色い瞳孔。いつになっても変わらない童顔。
そして、大切な親友を殺した忌々しい存在の姿がありありと写し出されていた。
「………………」
鏡の奥のそいつを睨みつける。
こいつが、こいつが殺した。何も守れないくせに、僕達の大切な親友を殺した。
「………………」
あの時に戻れたらどれほどよかっただろうと後悔して、後悔して、何度も後悔した。
混濁する感情が止むことはなく、ただただやり場のない怒りと悲しみだけが、僕の頭の中を支配し続けた。
「…………いや」
違う。僕は理解していた。
『ライングが死んだのは全て僕のせいではない』と。
ライングは不幸な出来事が積み重なり、そしてあの日にその感情が爆発して死んでしまった。それが本当の理由なんだと。
頭の中では理解していた、『僕は悪くない』と。
「でも…………」
考え始めたら止まらない。
僕のせいだ、僕のせいだ、僕のせいだ、と。
あの出来事はそれだけ僕の心に強いショックを与えていたのだ。目の前の鏡に写る自分に憎しみをぶつける程度には。その鏡の横の壁に向かって一発、拳を打ち付ける程度には。
ざあざあ、ざあざあ、ざあざあ、ばあん。
拳に痛みはない。ただ壁に小さな凹みができただけ。
そうして降り続く雨に耳を傾けながらじーっと鏡を見ていると、扉が軽い音と共に開かれ、シアーが部屋に入って来た。
「サミー…………」
朝のお手伝いをしていたのだろう。白いエプロンを着ながら僕へ心配そうに声を掛けてくる。
そんな心配そうにしている彼女に僕は下手な作り笑いを貼り付けて返事をした。
「おはよう、シアー」
「…………おはようございます。朝食が完成したので、みんなで食べましょう」
「うん、今行くよ」
そう言ってふうと一つ息を吐き、僕はゆっくりとした足取りで部屋を後にした。
ライングが死んだ次の日の朝だった。




