第69話 Lying
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ざあざあと雨が降りしきる森の中の広場。
術者が倒れ地面に広がった水の陣地は姿を消し、元の茶色へ戻っていた。
この場にいるのは、銃弾を受け倒れ伏したサミー、そしてその足で大地を踏みしめているライングのみ。
降り止まない雨の中、勝者と敗者が二分された。
「…………やったのか?」
安堵と不安の入り混じる言葉。その表情は当惑。
ライングは未だに自身の勝利を実感できないでいた。
あのサミーがここで倒れるわけがない。まだ俺に対抗する策を用意しているかもしれない。
そのような考えが頭の中を渦巻き、剣を握る濡れた手の力を緩めることができなかった。
ざあざあと雨は二人を濡らし続けている。
その中でライングはゆっくりとした足取りで倒れているサミーへ近寄ろうと歩を進めた。
一歩。眼に映る彼が動く様子は無い。うつ伏せに倒れたままだ。
二歩。身体が冷えてしまったのか手に持った剣の重みが増してくる。思わず握る力が強くなった。
三歩。もうすぐ目の前。警戒をしたままゆっくりと近づく。雨の音が大きく感じる。
四歩。サミーを見下ろす。そして彼の生死を確かめるために触ろうと手を近付こうと…………
「"水よ…………"」
「━━━、ッ!」
淡く霞むような小さな呟き。しかしライングの行動は早かった。
素早くサミーから離れようと背後へ跳び上がる。が、サミーの水魔法はそれより早く、ライングの右手に持った銃を弾き飛ばすのだった。
カランと地面に転がる銃を横目にライングは剣を両手に構えた。
そして倒れ伏していたサミーがゆっくりと膝を付いて立ち上がった。
「驚いた。まさか気付かれるとは……」
「『魔法を使わせてるのを悟らせるな。』シオンから散々教えられたよ。それにしても俺の方が驚きだ。まさか"勇者の剣"の攻撃を耐えるとはな。手加減する余裕がなかったから死んだかと思ったぜ」
「いや、結構ギリギリだった」
そう言って羽織っているマントを広げ撃たれた部分見せる。
そこには明らかに致命傷とも言える銃創と治癒魔法の痕跡がハッキリと見て取れた。
「撃たれた瞬間に治癒魔法を施したんだ。少しでも遅れていたら死んでたよ」
「なるほどなぁ。おかげ様で勇者の剣が飛ばされちまったよ」
「僕もさっき治癒魔法で体内の魔力が枯渇した。もうさっきみたいな魔法は撃てない」
「………………」
「………………」
沈黙が生まれた。
聞こえるのは雨の跳ね上がる音のみ。広場に立つ二人は互いに睨み合い、互いの動向を伺っている。
このまま続けるのか。それとも終わらせるのか。二人の真意は未だに姿を現さない。ただ時間が止まったかのように見つめ合うだけだ。
「……フッ」
「……ハハッ」
ふと漏れ出る笑い声。この生死を分断する状況に二人は互いに表情を崩して笑ったのだ。
そして二人は笑みを浮かべたままゆっくりと手に持った剣を相手に向け合った。
「サミー! お前は何のために戦うんだ?」
「シアーを取り返すため。そして、お前と決着を付けるため。ライングは?」
「俺は神の力を手に入れるため。あとはお前と最後の決着を付ける!」
この時、サミーの頭の中には疑問が溢れていた。
三年前のあの日。あの日も今のような激しい雨が降りしきっていた。
記憶にあるのは腹を貫く冷たい感触。壊れたおもちゃを見るように僕を見下ろす冷たい瞳。そして。
『お前は必要ない』
呪いのような言葉を呟いたライングの姿。
その姿が三年間、サミーの頭にこびりついて離れない忌まわしき親友の記憶だった。
しかし今はどうだろうか。
三年前のあの時のような冷たい瞳は感じられず、熱い気持ちを水色の瞳に乗せている。
その姿があの時とは別人のようで、何が何だかわからなくなって来る。
(でも…………再開できた時は嬉しかった)
それでも、ライングとの再開は彼の心を満たした。
望んでいた再開では無かったが、サミーはほんの少し、親友との再開に心を弾ませていた。
「ライング、僕は全力でやるからな」
「……………………あぁ」
死んでも恨まねぇからよ。そう小さな声で呟くライングの表情はどこか寂しそうだったが、その姿は降りしきる雨のカーテンに隠れてサミーには見えなかった。
「すー……はー……」
鼻から吸い、口から吐く。
深呼吸をしながら手に持った剣を前に突き出した。
そしてゆっくりと右脚を後ろに下げながら剣を両手で握り締め、身体の正面を斜めに構え目の前にいる相手を見据えた。
「おお……」
ライングの口から感嘆の声が漏れ出る。
『守りの剣』、サミーの戦いの原点にして、子供の頃にライングを倒すために編み出した必勝の構え。
三年前に巨大オオカミと戦って以降、まったく使う機会が無かったが、その立ち振る舞いはあの時から一切変わっていなかった。
「そういえば、未だにその構えは攻略できなかったな」
「泣いても笑っても最後だ。全力で来いよ」
「当然」
ライングは一度剣で空を斬り、ゆっくりとその手を下ろした。その無形の構えの姿はまさに老練の剣豪。
どうやら既に準備は完了しているようだ。
「それじゃ、いくぞ。準備はいいか?」
「あぁ、来い」
ライングは準備運動のようにその場で軽く跳躍をする。ぴょんぴょんとリラックスするような足取りを二回靴を響かせると、一気にサミーの下に駆け抜けてきた。
「「ハァ!!」」
雨の中に木霊する二人の声と共に、先程よりも鋭い金属音が響き渡った。




