第65話 Drown In Booze
美味い酒に長年連れ添った過去の仲間、そして繰り広げられるのは過去の因縁。
こんな時は『酒に溺れる』に限る。
*
三年越しの再開を果たした僕とシオン。しかし互いの表情は夜の底のようにどこか暗い。
言いたいことが沢山あるのにどう話せば良いのかわからない。二人はそんなもどかしい気持ちでワインを飲んでいる。
「サミー……久しぶり」
「あぁ久しぶりだな……シオン」
「最後に会った時より大きくなったわね」
「シオンこそ、あの時より一段と綺麗になったな」
こんな調子だ。
幼少の頃から数えて十八年。長年共に生きたのに今はどこか他人のように言葉を選んでいた。
「青い空の話も噂で聴いてるよ。新進気鋭のパーティーだって」
「ええ、サミーがいなくなってからすごく頑張ったわ」
「…………」
「…………」
鉛のような重い沈黙が喉を渇かしていく。こうなるのはわかっていたことだ。
たぶんシオンもわかっていた、だけどそれでもこの場に現れたのだ。僕も覚悟を決めなければならない。
「あれからライングやケーアの様子はどうだった?」
「二人ともすごく悲しんでたわ。あの後必死に探し回っても見つからなかったけど、まさかフェリアルに居たとはね。通りで情報が来ないわけだわ」
「ローランドにも情報の秘匿を頼んだからな」
「……聴かせて。どうして帰って来なかったの? どうしてこんな辺境の村で過ごしていたの?」
その時が来てしまった。
当然だ。生きていたのならみんなの下に帰ってくるべきだったのだ。だけど。
『お前は必要ない』
雨に濡れたライングの冷たい眼差し。何度思い出しても心臓を掴まれるような感覚が僕を襲う。
しかしこれは話せない。話してしまうと何かが壊れてしまいそうだから。
「あの時は混乱していてな。どうしたら良いかわからな……」
「嘘よ」
僕の嘘に彼女は毅然とした態度で遮った。
相変わらず彼女は察しが良い。この力で青い空は大きくなったのだろう。まあ今はその察しの良さに僕は苦しめられているんだが。
「嘘が下手なのは変わってないのね。本当の事を話して」
「言えない」
「どうして?」
「………………」
沈黙を貫く僕をシオンは静かに見つめる。そして諦めたかのようにワインを飲んだ。
「わかった。このことについてはもう聴かないわ」
「悪いな」
「本当よ」
そうしてお互いに乾いた声で笑い合った。
ひとしきり笑うとシオンはグラスにワインを注ぎながらぽつりと話し始める。
「あの後は大変だったわ。ケーアは『わたしのせいだ』って言って落ち込んじゃうし。ライングは『サミーの意思を継ぐ』って言って色々無茶をしたんだから」
「後方支援に関しても苦労したんだろ?」
「そうね。貴方がいなくなってから、右も左も分からずに奔走したわ」
シオン達も僕が居なくなってから様々な苦労を重ねたのだろう。苦労人のような淡い銀色の瞳がワインに映っていた。
そして注がれたワインを一口飲み一言。
「ローランドから聴いてるわよね。私達が神の力を持つ者を探しているって」
「…………あぁ」
この瞬間、時間が止まったような感覚に陥った。いやもしかしたら僕の中では一瞬だけ時間が止まったのかもしれない。
あぁ、このまま楽しく二人でお話しをして今夜は終わりにはならない。その時は必ず訪れてしまう。
「魔王を倒すための神の力を持つ者。私達はそれを探すためにわざわざここまで訪れたの」
「それも聴いてるよ」
「答えて。サミーがその力を持つ者?」
見つめるシオンの眼差し。どうやら先程のように誤魔化す事はできない。
でもいつかは告げなくてはいけないこと。それが幾分か早まっただけだ。
僕は観念したかのように口を開き。
「…………そうだ」
霞むような小さな声が酒場に響かせた。
すると嫌というほどに大きなため息がシオンの口から漏れる。
「嫌になるわ。死んだと思っていた仲間が生きていて、ましてや探し求めていた力を持っているなんて」
「あの後、色々あったんだよ」
「眼を見ればわかるわ。沢山苦労したのよね」
脳裏に浮かぶのはバラの顔。相変わらずの女々しさに我ながらうんざりしてくる。
一方のシオンは真面目な面持ちでこちらに手を差し出した。
「サミー、私達と一緒に魔王を倒しましょう。その気があるならこの手を取って」
「…………え?」
「貴方がその力を持ったのは運命よ。魔王を倒すためのね」
その眼は使命に燃える冒険者の眼、僕が遠く憧れた親友と同じ眼だった。
元々この村に訪れたのだって、神の力を持つ人間を探して来たというもの。シオンが僕を連れて行きたいのは当たり前のことだ。
「ライングやケーアだって喜ぶはず。だからこの手を取って」
みんなと一緒に冒険する、それは子供の頃からの夢だ。
三年前に一度散ってしまったはずの夢。それを今一度掴み取るチャンスが訪れた。
「僕は…………」
この手を取る。大切な仲間ともう一度冒険に。楽しくて、とても輝いていたあの日々をもう一度過ごせる。それはとても甘美な響きだった。
だけど。
「ごめん。その手は取れない」
「え…………?」
僕は弱い人間だ。我ながら本当に弱くてバカなヤツだと思う。
今になって『村で過ごした大切な毎日を手離したくない』なんてことを考えしまったから。『魔王を倒す勇者』より『村の便利屋さん』の方が心地良いと感じてしまった。
失うことへの怖さが彼女を拒絶してしまった。
「本当にごめん。僕はこの村で過ごすと決めたんだ」
「………………そうなのね」
シオンはぽつりと呟きながらグラスをカウンターに置いた。
「…………サミーは私を拒絶するのね」
「━━━━、! おいシオン!」
肌で感じるこの感覚、この場の魔力が震えて奔流していた。
まさか動揺しているのか。いつも冷静沈着な彼女が。僕に拒絶されて。
「落ち着いてくれシオン、このまま店を壊すつもりか!」
「…………そうね」
しかし僕が呼びかけると魔力の震えが収まった。
どういうことだ。確かに僕が拒絶したのはショックだと思う。だけどまさか彼女がここまで動揺するのは予想外だった。
冷静になったシオンは再びワイングラスを持ち口に付け傾けた。既に中身が無くなったワイングラスを。まるで中身があるように喉を鳴らして飲んでいる。
「だけどねサミー…………ごめんね」
「…………」
小さな声で謝りながら僕を見つめる彼女の眼。
その眼を見て思わず言葉を失ってしまう。
それはいつも夢で見る全てを諦めた僕の眼そのものだったから。
「…………」
「ごめんね…………私達には貴方が必要だから。貴方がいないともうダメだから」
その時、酒場の扉が勢いよく開かれた。
そこには自警団の隊長が息を切らしながら酒場に入って来たのだ。
隊長は慌てたような口振りで僕に話しかける。
「おい、お前といつも一緒いる嬢ちゃんが攫われた!」
「え……?」
その言葉に一緒だけ頭が真っ白になる。
シアーが攫われた? どういうことだ? 何が起こったんだ?
混乱する思考の中、ふと隣の席の女を見た。
そこには涙を流しながら笑っているシオンの姿があった。
「まさか…………!」
「………………ふふふ、ほんとにごめんね、サミー」
やりやがった。まさか彼女がこんな強行手段を選ぶとは思わなかった。
シオンを問い詰めたいが、早くしないとシアーが危ない。
僕は急いで席を立ち上がり、剣を手に取った。
「隊長、青い空が野営してる場所まで案内してくれ!」
「わかった」
店を出る直前、振り返りカウンターに座る彼女を見る。
別れの言葉を告げるために。
「今日はこれでお開きだ。じゃあなシオン」
「うん…………またねサミー」
そうして僕は攫われたお姫様の下へ向かうのだった。
外はとても暗く、雨雲が顔を覗かせていた。




