第63話 Please Lady Roland!
物語は変容する。
転機は唐突に訪れるのだ。誰の意思とは関係無くね。
*
この静かな村にも人目につかない場所は存在する。その中の一つが村の外れにある樹に囲まれたとある廃屋だ。
『夜中に近づくと幽霊が出る』というよくある怪談スポットで、その暗い雰囲気から滅多に人が寄り付かない場所だ。
そんな場所で僕達は廃屋の外壁に背中を預けていた。
僕と一緒にいる人物、それは小さな体躯に似合わない派手な赤いドレスを着た女性、『ローランド』だった。
「初めてじゃない? 貴方から呼び出してくるなんて。それにこんな暗い場所…………私はどうなっちゃうのかしら?」
「何変なこと想像してるんだ。お前なんて好みじゃない」
ぶっきらぼうに話す僕を見て『ローランド』はクスリと笑う。
相変わらず小さな見た目に似合わない気取った態度だ。
「あら残念。ならどんな用事かしら?」
「コイツだよ。とりあえず読んでくれ」
そうして昨日送られた『シオンからの手紙』をローランドに手渡す。
「なるほどねぇ……」
手紙を読んだ彼女はまるで興味が無いかのようにフッと鼻で笑った。
一方の僕は彼女を疑いの眼差しを向ける。理由は至極単純、『情報を漏らしたのではないか』と。
「まさか…………」
「はっきり言う、それは違うわ」
『ローランド』はキッパリと僕の疑いを否定した。原因はわからないが噂が広範囲に広まったのだ。私たちは何もしていないと。
「これが用事なの?」
「あぁ、ちょっと…………相談したいことがあってな」
「…………私に?」
「そうだ」
昨日、手紙が送られてから必死に考えた。その結果がこれだ。
本当に苦渋の決断だった。あの裏社会に蔓延る情報屋に自身の弱みを自ら打ち明けるのだから。
しかし僕の過去を知る人物は彼女のみ。ラルさんの助言に従い誰かに相談するのに彼女はうってつけだった。
そうして説明を聴いた彼女は嬉しそうに表情を綻ばせた。
「へぇ〜。いつもつっけんとしてるサミーが私にねぇ」
「茶化すな、お前に相談するのは『仕方なく』だ」
「あら可愛いわねぇ」
彼女は一頻りニヤニヤと笑うと手紙を返して廃屋の壁に背を預けた。
「それで、相談って何を相談したいの? 昔の仲間に会うのが不安なの?」
その問いに俯きながら首を横に振る。
「違う。確かに少し不安だけど、そのことじゃ無いんだ」
「なら何なのよ」
「村の人達だ」
胸を揺さぶるこの不安。それは『この日常が壊れることへの不安』だった。
この村に腰を落ち着けてから三年。彼にとってこの三年は得難い幸せの時間だった。
それと同時に恐れてもいた。『いつかこの幸せも消えてしまうのでは』と。
「村のみんなには感謝してる。だけど……僕の過去は知られたく無いんだ」
「知られても良いじゃない。貴方は何も悪いことはしてないんだから」
「違うんだよ。僕は…………失う可能性があるのが怖いんだ」
それは過去からの呪いに近かった。
母親、幼馴染、そしてバラ。僕は様々な人間との別れを経験した。その経験が彼の心に負担をかけるのだ『失うのが怖い』と。
それ故に、僕は『大切な人との別れになるきっかけ』を見過ごすことができなくなっていた。
「だからさ、村のみんなに知られないようにシオンと会えるようにしたい。なんとかできないか?」
言ってしまえば僕は村の人間から自分の過去を隠す方法を相談しに来たのだ。聞く人が聞けば呆れてしまうような内容だ。
「はぁ〜」
そんな相談に彼女はいつかの僕のような深い溜息を吐いた。
そして壁から背を外して僕を見据えると溜息混じりに口を開く。
「仕方ないわね。特別に『青い空』の彼女と密会できる場所をセッティングしてあげるわ」
「本当か!」
「もちろんよ。今晩使いの人間を送るから詳細はそいつから聴いて」
「わかった。…………ありがとな」
「………………ええ。じゃあ私は帰るわ」
そう一言だけ言い残すと彼女は樹々の間に向かって消えて行った。
一人残った僕はホッと胸を撫で下ろし廃屋の外壁に背を預ける。
「………………」
よかった。これで大切な日常を失わずに済むんだから。
*
夜も更けて来た頃、僕は部屋のベッドの上で横になっていた。傍らには寝息を立てて眠っているシアーがおり、彼女の寝顔を眺めながらその時が来るのを静かに待っている。
使いの者はいつ来るのか。一体どこで密会をするのでは。シオンと再開した時にどんな話をすればいいのか。
無音の部屋でも頭の中には様々な考えが響いていた。
━━コン
そうしていると、窓からいつものように何かがぶつかる音が。起き上がり窓を開けると、ある人物が部屋に向けて手を振っている。
「彼は………」
部屋から出て、急ぎ足でその人物の元へ向かった。
30秒もしないうちに宿の外に出ると、手を振っていた彼の姿が見えてくる。
「ローランドからの使いで来た」
その人。昨日も会ったエルフの自警団の隊長が少々疲れたような声を上げながら近づいて来た。
「まさか貴方だったとは……」
「自警団の仕事がらでな、ああいう手合いとも付き合う必要があるのさ。ま、今回はただのバイトさ」
そう言うと彼は人差し指でこちらに付いて来いというジェスチャーをして歩き出した。
しばらく歩き宿から離れた場所で彼は立ち止まる。
「ここならいいだろう」
そうして隊長は懐から一枚の封筒とワイングラスを取り出した。
「手紙はローランドからの報告。そんでこいつは"招待状"ってヤツらしい」
「招待状……?」
このどこにでもありそうなワイングラスが招待状。なんのことかはよくわからないが、二つの品を受け取り隠すように懐にしまう。
「あと口頭だがオマケだ」
「オマケ?」
「あぁ、一度しか言わないからな。『空は夜の帷にて、聖者の列を組み楽園へ降り立った。然して火を灯す時は近い』……らしい」
「…………」
「まったく何言ってるのかわからないが、確かに伝えたからな」
聞いた限りだと何かしらのバイブルに乗ってそうな文句だ。しかし言葉が複雑すぎてその意味は理解し難い。
「これで全部渡したからな。俺はこれで」
そう言って隊長は振り返って暗闇に向かって歩き出した。
一人残った僕は先程の"オマケ"について考えている。
(空は夜の帷にて 聖者の列を組み楽園へ降り立った 然して火を灯す時は近い…………)
あの『ローランド』との付き合いが長い僕は理解していた。その言葉の意味を。
そしてその言葉の意味に戦慄する。事の大きさを。
("今夜、青い空が沢山の冒険者を引き連れてフェリアルの港に到着した。もしかしたら大きな騒ぎが起こるかもしれない"…………)
大きな騒ぎ。あの船旅の時のような嫌な予感が脳裏を過ぎった。
「…………帰ろう」
運命の時は近い。でも準備はしっかり整えて行こう。何が起こっても良いように。




