第61話 緑々とした午後
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農業地を後にした僕達はそのまま村の大通りへ向かった。
普段なら人通りの少ない静かな通りだが、今日は普段と違い、村人達の元気な声が聞こえていた。
「そうか、今日は行商が来る日だったか」
この村では二ヶ月に一回の頻度で中央の都市から行商の一行が訪れる。村では珍しいチーズやヨーグルトなどの乳製品や牛や羊の肉が手に入るということでかなり賑やかになっている。
「サミー、わたしエアルさんにチーズを買って行きたいです」
「そうだなぁ、僕も久しぶりに肉も食べたいしな」
そうしてシアーと一緒に道に開かれた露店を歩いていると横から大きな声が響いた。
「お、サミー!」
見てみるとそこにはエルフの特徴である長い耳ではなく緑色の肌に大柄な体型の種族、オークの男性がこちらに向けて手を振っていた。
「やあ、ポット。久しぶりだね」
「ここにゃああまり来ねえからな!」
彼はオークの商人の『ポット』。主に精肉を販売している商人だ。彼は度々この村に訪れているので顔見知りになっていたのだ。
「シアーちゃんも久しぶりだなぁ! 元気にしてたか!」
「はい。わたしはいつも元気です」
「それで、今日はどんな肉があるんだい」
「おっ! よく聞いてくれたな!」
そう言うとポットさんはドンととても大きな肉の塊を目の前に置いた。
「こいつぁ最近採れたヤツでな、デッケェ牛の背中の肉なんだ! 焼いて食ったら肉なのにこれが甘いのよ! そして無茶苦茶柔らかい!」
「へぇー」
「お、おいししそうですね」
シアーの口からジュルリという音が聞こえた気がした。
だけどその気持ちはわかる。肉の塊が赤と白が調和されて宝石のように輝いてるように見えてしまう程だ。その見た目だけでもかなり美味しそうなのがわかる。
「それで肝心の値段は?」
「こんだけの肉だからな。この塊で金貨二枚だ!」
「金貨二枚…………?」
値段を聞いたシアーが思わず項垂れてしまう。
確かにこれだけ良い肉だ、この値段もやむ負えない。
「食べたかったです」
「悪いなぁ、これも商売だからな」
「ならオレが買おう」
ふと背後から鉛のように重い声が聞こえてくる。
振り返るとそこには昨日も会った『緑のりんご亭』のマスターが立っていた。
「旦那ぁ! 珍しいですねぇ」
「たまたまだ。それで、そいつの値段は金貨二枚だったか」
「ええそうです」
そうなると話は早かった。マスターは懐から金色の硬貨を二枚取り出し、無言でポットさんの前に差し出した。
ポットさんは毎度ありと笑顔で金貨を受け取り、肉の塊を簡単に持ち上げマスターに渡した。
「それで旦那、なんでこの肉を買ったんです?」
「今日団体の予約が入った。それでコイツを使おうと思っただけだ」
買い物を終わらせたマスターは大きな肉の塊を肩に担ぎながら僕達の方へ近づいて来た。
「サミー、シアー、今夜もオレの店に来い」
「え、なんかあったの?」
「自警団の奴らからの誘いだ。この肉が食えるぞ」
「本当ですか」
肉が食えるという言葉にシアーは瞬時に反応した。
そんなシアーから大きなよだれの音が聞こえた気がする。
「オレはコイツの仕込みをする。じゃあな」
そう言ってマスターは大きな肉の塊を容易く持ち上げながら帰って行った。
「そういえばこの前の魔物から助けた時に『お酒を奢ってやる』って約束したな」
どうやらあの時の約束のために僕達を誘ってくれたようだ。
「サミー、行きましょう。お肉食べてみたいです」
「そうだね。でもまずはここで買い物をしようか」
「はい」
シアーはもう待ちきれないとばかりに無表情の眼を爛々と輝かせていた。
常日頃思うのだが、彼女の『食』に関する関心はどこまで深いのだろうか。
こうして僕達はラルさん達のためにチーズやヨーグルトを買い、帰路に着いたのだった。
村の大通り、珍しいお祭り騒ぎの音を耳にしながら村の午後が過ぎていった。
*
日も傾き暗くなり始めた頃、僕とシアーは『緑のりんご亭』の前にいた。
「早く入りましょう」
シアーの急かす声と共に店の扉を潜ると聞こえて来たのは昨日とは違った喧騒。店内には十四人エルフ達が笑い合って酒を飲み交わしていた。
「おぉ、ヒーローの到着だ!」「嬢ちゃんも来たな」「ささ、早く座ってくれ!」
エルフのみんなが笑顔で僕達を迎えてくれた。
僕とシアーは空いているカウンター席に座り隣にいる人物に話しかける。
「隊長さん、今日は誘ってくれてありがとう」
「酒を奢ると約束したからな。まさかここまでの騒ぎになるとは予想外だったが」
周りの賑やかな雰囲気に思わず頬が緩んでくる。こんな楽しい騒ぎは久しぶりだ。
その時、僕の上着の裾を誰かが引っ張った。
「サミー、早くお肉が食べたいです」
「マスター、腹ペコのお姫さまからのご要望だ。パーティーを始めようか」
「あぁ」
こうして、この村の自警団と僕達のパーティーが始まった。
最初に出されたのは高価なお酒。いつも飲んでいるエールと違い透き通るような匂いが香る。お酒の飲めないシアーにはりんごジュースが渡された。
「…………美味い」
「ごきゅ……ごきゅ……冷たくて美味しいです」
「今日来た行商から買った品だが、気に入ってくれたようで何よりだ」
酒を飲みながらしばらく周りの声に耳を傾けていた時、パチパチと油の跳ねる音が騒がしい声に混じり聞こえて来た。
「来たな、今夜のメインディッシュだ」
隊長の声と共に厨房から現れたのは長さ2mほどある巨大な鉄板に乗った肉の塊だ。マスターは静かにその鉄板を僕達の目の前に置き一本のナイフを取り出した。
「それじゃあ切るぞ」
そうして表面が焼かれた肉の塊にナイフをスッと入れると肉は簡単に切れてしまい、カットされた肉は鉄板に倒れジュワッと大きな音を立てた。
マスターはカットした肉に塩胡椒を軽く振り、お皿に移してシアーの前に置く。ステーキの完成だ。
「ふわぁ…………」
目の前のステーキを見てシアーは言葉が出てこないようで輝いた眼で僕と肉を交互に目配せしている。
「食べて良いよ」
そう優しく声を掛けるとシアーは有無を言わさずステーキにかぶりついた。
「あぁ…………」
感嘆、歓喜。初めて食べたステーキに対してそんな言葉が似合うくらいにシアーは嬉しそうだった。
「さ、俺たちも食べようか」
隊長の一言に周りのエルフ達は感激の声を上げる。
村の酒場、騒がしいパーティーと共にこの村の夜が過ぎていった。




