第59話 年の功とサンドイッチ
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『ローランド』との話しを終え、僕は宿屋へ帰るために歩いていた。
歩きながら考えているのはもちろん先程の会話について。
(青い空が、ここにくる)
唐突に突きつけられた再開の時、当然ながら向き合う必要があると思ってはいるが、まさかこんなに早く来るとは思ってもいなかった。
『お前は必要ない』
脳内で反芻するあの瞬間。聴こえないのに聴こえてしまったあの言葉が頭から離れない。
忘れろ、忘れろと念じようとも決して頭から離れない声。
そうしているといつの間にか宿の前に辿り着いていた。
考え込んでも仕方ない。そう思いながら宿の扉をゆっくりと開いた。
「…………おや、お帰り」
扉を開けるとそこにはラルさんがいた。ランプの小さい明かりを頼りに本を読んでおり、扉を開けた僕に気づいて微笑みを浮かべる。
「ただいま戻りました。シアーはどうしてます?」
「ぐっすり寝てるよ。君ももう休むのだろう」
「はい。それでは」
そう言って部屋へ向かうためにラルさんの横を通り過ぎようとする、が。
「あぁ、一つだけいいかね」
「…………?」
唐突に呼び止められて思わず振り返った。ラルさんは変わらず微笑みを浮かべたままだ。
「なに、長年生きている者の戯言だと思って聞いて欲しい」
「はあ…………」
本に栞を挟み、僕の眼を見据える、その眼は酸いも甘いも経験した老練の眼。そんな眼をしたラルさんはゆっくりと語り始める。
「私も様々な人間に会ってね。この村に訪れた旅人を何人もこの宿に泊めたものさ。そんな人達の中にはね、今の君みたいな眼をした者がいたんだ」
「…………」
「その眼をした者の特徴は一つ。『何かを迷っている者』さ。人間関係に迷っている者もいれば、決断を迫られた者。中には何に迷っていることすらわからない者もいた」
「『迷っている者』…………」
「そしてね、その者達は誰にも相談できずに一人で抱え込んでしまったのさ。その結果どうなったと思う?」
一秒、二秒、三秒。静かな沈黙がこの宿を支配する。
そしてラルさんから出された問いにサミーは。
「全員、決断を間違えてしまった……?」
「そう。人間関係に迷った者は誰も信用できなくなり、決断を迫られた者は失敗し命を落とした。誰かが言ったか『迷った人間は必ず不正解を選んでしまう』という言葉の通りにな」
「………………」
なんとなく、ラルさんの言っていることがわかる気がする。確かに今の僕は迷っている、『青い空』のみんなについて。
「長く語ったが、私が何を言いたいのかと言うとね、一人で抱え込んでも良い結果にはならない。迷っていることがあれば誰かに相談して欲しい。ということだよ」
話を語るラルさんの眼にはどこか後悔の念が感じられた。この人も何かに迷ったことがあるのだろうか。
「あぁ、長く引き留めてしまって悪かったね」
「いえ、参考になりました」
「そうかい? こんな年寄りの話が参考になったのなら幸いだよ」
そう言うとラルさんはよっこらしょと言いながら椅子から立ち始めた。
「私はもう寝るよ。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
そうして僕は一人になる。
ロビーのテーブルに置かれた淡く照らすランプの光が僕の心を見透かしているようだった。
ふと空を見上げてみるが、星空は雲に隠れて見えなかった。
雨の日が近い。果たして次の雨はいつ降ることになるやら。
*
「う、うーん…………」
小鳥の囀る声と窓から入り込んで来る日差しを感じて目を覚ました。
うつらうつらとした顔で窓の外を見てみると暖かく爽やかな太陽が冬の朝を呼び込んでいた。
「………………」
結局、昨日は雨は降らずに雲は空の道を通り過ぎてしまったようだ。だがこれは良いこと、雨の日は憂鬱な気分を増長させる。そんなのは勘弁だ。
「シアーは…………もう起きたか」
そうして鏡でいつも通り変わらない顔を見た後、着替えをして寝室を出て階段を降りる
ロビーではラルさんがいつものようにお茶を飲んでいた。
「おはようございます」
「おはよう。もうすぐ朝食ができるから少し待ってなさい」
「はい」
ロビーのテーブルに座りふうと息を吐く。
昨日は色々なことを考えてあまり眠れなかった。
女々しいと言えば女々しいことだ。おそらくあれこれ迷ってしまうのが僕の思考なんだろうな。
「おはようです。サミー」
そうしていると背後からシアーが現れた。その両手に大きなお皿を持ちながらゆっくりとした足取りでこちらに向かっている。
そうして、手に持ったお皿を僕の目の前に置いた。
「はい、今日の朝ごはんはサンドイッチですよ」
「あぁ、ありがとう」
お皿には綺麗なサンドイッチの中に一つだけぐちゃっとしたサンドイッチが置かれていた。
ふと彼女の方を見てみるが彼女は何のことかと首を傾げるだけだ。
「おお、サミーも起きたか」
直後、エアルさんもお皿片手に厨房から現れる。そしてテーブルの上に朝食を並べ各々席に着くと。
「「「「いただきます」」」」
と、朝ごはんを食べ始めた。
綺麗なサンドイッチは美味しいチーズにシャキシャキしたレタスが合わさりとても美味しい。
「久しぶりにチーズを使ったよ。昔と違って今は簡単に手に入るから良いよねぇ」
とはエアルさんの談だった。
さて、もう一つのサンドイッチは。
「…………うん、美味しい」
レタスはシナっとしているが普通に美味しい。彼女も彼女なりに頑張っているのだろう。無我夢中でサンドイッチに齧り付いている彼女を見ながらそう心の中で笑った。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
朝食は二十分ほどで食べ終わった。
食べ終わった後、シアーとエアルさんは厨房で洗い物を。僕とラルさんはロビーの掃除をしていた。
「それで、今日はどうするんだい?」
テーブルを拭いていると唐突にラルさんがそんなことを聞いて来た。おそらく今日の予定のことを聞いているのだろう
「今日は特に予定は無いので、シアーと一緒に村を散歩するつもりです」
「そうか、なら果樹園に行ってはどうだい。そろそろ美味しいりんごが実っているはずだよ」
「果樹園ですか…………」
顔には出さないがシアーはりんごが大好物だ。沢山貰ってエラルさんにアップルパイとか作ってもらおうか。
よし、今日の予定は決まったね。
「サミー、お手伝いが終わりました」
「早いなぁ、もう終わったのか」
そんなことを考えているとシアーが洗い物を終わらせて出てきていた。
「行って来て良いよ。あとは私がやっておくから」
まだ掃除の終わって無い僕にラルさんは微笑みながら言ってくれた。
「ありがとうございます」
「あぁ、楽しんできなさい」
ラルさんから許可をもらった僕は、シアーの顔を見る。
その表情は早く遊びに行きたくてうずうずしている子供の顔だ。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
そうして僕とシアーは宿を後にし、教えてもらった果樹園に向けて歩き出したのだった。




