第58話 面倒くさい女の誘い
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この村の門を潜り農場地帯を通り過ぎるとと村人達が住まう居住区がある。そこの手前から四軒目の場所にその店があった。
ここは村唯一の酒場である『緑のりんご亭』。村人達の憩いの場として愛されている場所である。
酒場の扉を潜ると夜の時間帯というのにお客の数は僕を入れても僅か四人だけだった。
「いらっしゃい」
ぶっきらぼうな声を耳にしながらカウンターの席に座る。
目の前には緑色の肌の大男。酒場のマスターであるオークが静かにお皿を拭いていた。
「エールとパンを」
「……はい」
注文をしてしばらくすると木製のジョッキと小さな皿がサミーの目の前に置かれた。
ジョッキの中にあるのは冷えた赤いエール酒。そして小さな丸いパンの皿にはおまけとして緑色のチーズが一切れ添えられていた。
「…………」
ジョッキを傾け一口。エール特有の苦味、そしてりんごの浅い甘みと酸味が口の中に広がる。
「うん、美味しい」
そしてすかさずパンを齧り口に残った苦味を少し硬いパンの風味でリセットさせる。
最後にチーズを一口つまむ。柔らかい感触のチーズが硬いパンを噛んで疲れた歯を癒してくれる。何よりこの練り込まれたバジルの風味がたまらない。
りんごの甘みとパンの硬さにチーズの風味。サミーは一人この時間を過ごしていた。
そうして入店してから二十分程経った頃、酒場の扉がカランと開かれた。
入って来たのはこの村では珍しいエルフでは無い普通の人間。シアーと似た背格好をした小さな金髪の女の子だった。その見た目に似合わない派手な赤いドレスを着た少女は慣れた足取りで僕の隣に座り、そして一言。
「いつもの」
そう言って慣れた口調で注文をして僕の方を見た。
「こんばんはサミー。今日も良い夜ね」
気取ったような口調で話しかけた少女。その口調はまるで舞台演劇のようだ。
はあ、相変わらず色々気取ったヤツだ。コイツらはどいつもこんな感じなのかとうんざりする。
「何が良い夜だ。お前が勝手に呼び出したんだろうが━━━ローランド」
「フフフ…………」
そう、見た目に似合わない妖艶な微笑みを浮かべているこの少女は『フェリアル』を担当している『ローランド』、あの神出鬼没な情報屋の一人なのだ。
僕がこの村で暮らし始めた頃、何の情報を聞きつけたのかある時に僕の目の前に現れたのが彼女だ。
そしてその時から、何故か彼女に気に入られた僕は時々あのふざけた手紙で呼び出されては話し相手に付き合わされているというわけだ。
そんな僕のことなど露知らず、目の前の女はニヤニヤと笑っていた。
「なんだよ」
「貴方、つっけんとした態度の割には私の呼び出しは律儀に応えてくれるわよねぇ」
「やかましい」
断った時には何を言い振らされるかわかったもんじゃない。
僕は『仕方なく』この女の呼び出しを受けたのだ。
「そんな言い方は酷いんじゃないかしら、私たちは貴方のお願いを聞いてあげたのに」
「しっかりと報酬は払ったんだ。それでトントンだろうが」
この村で生活するに当たって僕は『ローランド』に一つ依頼をした。
それは『冒険者サミーの情報の秘匿』。理由はもちろん『僕の過去を知っている者』に見つからないようにするため。
その対価として神様と会ったことや船旅での騒動について話すことになってしまったが、彼らはしっかりと仕事をしてくれた。
そのおかげで新たな暮らしを始めてから僕の過去を知っている者と会うことはなく、静かに暮らせていた。
「それで、わざわざあんな手紙で呼び出して何の用だ?」
「まずは世間話をしましょうよ。そうね……レイズ魔法学校のクラウド博士が転移魔法を応用した転移装置を開発した話とかどう?」
「そんな遠い国の話は知らん。いいから本題を話せ」
「フフ、仕方ないわねぇ」
そう言いながら彼女はグラスに入った酒を上品に飲み干し、ふうと息を吐いて一言。
「青い空が近いうちにこの国に訪れるらしいわよ」
「…………は?」
青い空。三年前まで僕が所属していたパーティー。大切な思い出、そして、
『お前は必要ない』
いや、あれは違う。あれは何かの間違いだ。それにもう僕とは関係ない。
「どうかしたの?」
僕の表情を見ながら彼女は声をかけた。
「なんでもない。それで、青い空がどうしてこの国に来るんだ」
僕の問いに彼女は見た目に似合う幼い笑みを浮かべ。
「教えな〜い」
「はぁ?」
イタズラに成功した子供みたいに笑った。
「ここから先は別料金よべ・つ・りょ・う・き・ん」
「…………」
つまり情報料を払えという事だろう。確かにヤツらは情報屋だ。商品を無料では渡さないだろう。
「なるほどな。それで何が欲しいんだ」
「貴方の飲んでるそのエールを一杯奢って」
「はぁ?」
さっきまでこの女は一杯銀貨一枚する高い酒を飲んでいたんだぞ。こんな安酒が対価だと?
「なんでお前にこれを奢る必要が…………」
「いいから、奢るの? 奢らないの?」
このまま言い合っても埒が開かない。まあ別にエールの一杯ぐらい大したことないだろう。普通なら金貨を要求されても仕方ないんだ。この女の気まぐれに感謝だ。
「はぁ……、マスター」
懐から銅貨を取り出しピンっと指で弾く。
そうして疑問は残るが僕の飲んでいるのと同じ、この店で一番安いエールを彼女に奢った。
彼女は金髪を嬉しそうに揺らしながらその酒を飲んだ。
「ぷはぁ。うん、とても美味しいわ」
「それで、情報は?」
「焦らないで。ちゃんと話すわ」
そう言いながら彼女は両手を叩き音を鳴らした。
「え?」
直後、酒を飲んでいたエルフ達が唐突に席を立って外に出て行った。
一人、また一人と出て行き最終的にこの酒場には僕とローランド、酒場のマスターの三人だけになった。
「…………」
「さて、それじゃあ話すわね」
内心で驚いている僕を他所に、彼女はいつもと変わらない調子で話し始めた。
「ここ最近魔物の生態がおかしくなってるわよね」
「あぁ、この前も異常に成長した魔物を倒した」
「アローグン王国やルートデイなどでも異常化して凶暴になった魔物の被害が出てるわ。そこで頭角を表した新進気鋭のパーティー『青い空』がこの問題を解決すると名乗りを上げたの」
青い空、その名前を聞きジョッキを握る力が強くなる。
「入念に情報収集したらしいわね。私たちにも大量の情報を求めたらしいわ」
「なるほど、そのおかげで僕は今この話を聞ける訳だ」
「調査の結果、青い空のリーダーは魔物の凶暴化をこう結論付けたわ」
━━魔王が復活し、その影響で魔物が凶暴化した、とね
「…………」
魔王が復活した。
突拍子も無い話に僕は不思議と納得ができていた。
『魔王は再び復活する。その時、貴方は次の救世主を導いて欲しい』
あの青い空の上で神様が語ったあの話を思い出す。そうか、あの話は本当だったのか。
「あら、驚かないのね」
「いや、驚いてる。顔に出てないだけ」
「そう? それで青い空は復活した魔王を打ち倒すための力を求めたらしいわよ」
「……それで?」
彼女はジョッキに残ったエールを飲み干し。
「以上よ」
悪びれもせずにあっけからんと答えた。
「はあぁ?」
本日四度目の"はあ"である。我ながら言いすぎて嫌になってくる。しかしコイツらを前にすると悪態の一つも吐きたくなるものだ。
「以上ってどういう事だよ」
「そこから先の情報が手に入れられなかったの。肝心の情報はしっかりと守ってるようね」
つまり青い空がこの国に来る理由は知らないという事だ。
どうやら僕は銅貨を無駄遣いしたようだ。
「"私たち"は手に入れられなかった、けど"私"は手に入れられた」
私は。
つまるところ『ローランド』の情報網ではなく彼女個人の力で情報を入手できたということ。
この国にから離れている『青い空』の秘密を彼女はどうやって……。
「……どういう事だ?」
「貴方よ」
「はあ?」
彼女は先程と同じエールを注文しジョッキに注ぐ。
「確か貴方はルートデイに居た神からその力を貰ったらしいわね」
「…………あぁ、確かに貰った」
あまり思い出したくないが、確かに神様からこの力を授かった。
「彼らが求めているのはおそらく貴方のその力よ。昔話でもあるでしょ?
『悪い魔王を倒すのは神の加護を授かった勇者達である』て」
なるほど、それなら確かにこの国に来る理由は納得できる。
「いや待て、何で神の力を持った僕の居場所をライング達が知っているんだ。まさか……」
「違う、私たちは漏らしていない。これは憶測だけど、噂が流れてしまったんだわ」
「噂?」
「そう噂。このフェリアルには『ある時、勇者が空から舞い降りた』て言い伝えがあるの。
そして、この前からちょっとした噂が広まったの。『この国のとある村に神の加護を持った勇者の生まれ変わりが現れた』ていうね」
「…………噂ねぇ」
確かにそう言った昔話はラルさんから聞いたことがある。
曰く、『空から舞い降りた二人の勇者がこの国を脅かす魔物のヌシを倒した』という話だ。かなり昔の話らしく、文献もロクに残っておらず噂の域を出ない話だ。
それにしても、まさか僕が勇者の生まれ変わりと思われていたとは。
「彼らはそういう噂話も集めていたわ。そうしてこの噂に辿り着いた。たぶん彼らは貴方が生きているとは微塵も思っていない筈よ」
根拠の無いない荒唐無稽な噂を頼りにこの国に来るという事だ。
さすがに開いた口が塞がらない。
「だけどその噂は大当たりよね。だって貴方が噂の人なんだもの」
「確かに…………」
つまり、ライング達の目当ては僕という事だ。
まさかこんな偶然があるとは。運命というは本当にあるのかもしれない。まあ僕はその運命に嫌われているようだがな。
「情報はこれで全部よ。それじゃあ私はこれで失礼するわね。美味しいエールご馳走様〜」
「いや、ちょっ…………」
まだ聴きたいことがあったが、引き留める間も無く彼女は優雅に、そして嬉しそうな足取りで店を後にした。
彼女との話す時はいつもこれだ。話したいことだけ話すと僕が止める間も無く去ってしまう。こんな時もいつも通りすぎて嫌になってくる。
「はぁ…………」
一人残った僕は何度目かわからないため息を吐きながらエールを呷った。苦い風味が口内を駆け巡り、リンゴの甘みがねっとりと喉を包み込んだ。
唐突に訪れる再会、その時僕が選択するのは喜びか、それとも━━復讐か。
その答えは僕自身もわからない。




