第57話 小さな村の便利屋さん
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強大な敵。攻撃手段は尽きた。まさに絶対絶命という状況だった。
「クソっ! 何故この辺境にこんな魔物が」
エルフたちの目の前には体長5メートルほどの巨大なイノシシの魔物。
その巨体はエルフ達を身体一振りで突き飛ばし、走るたびに大量の樹を薙ぎ倒し森の中に広場を作り上げていた。
「矢は無いのか!」
「さっきので全て射ち尽くしました、もうありません…………」
隊長らしき男はギリっと奥歯を軋ませた。
十四人の自警団は目の前の魔物相手に成す術もなく追い詰められてしまった。そして自分達の命はもうすぐ尽きてしまう。あぁ、まさかこんなにあっさり死ぬことになるとは。
この狭い広場はエルフ達の絶望の感情で満ちていた。
「ブモオオオオオオ!!」
そんなことはお構いなしに唸り声を上げながら突っ込んで来るイノシシ。
もうここまでか。十六人のエルフたちは己の死期を悟り目を瞑る。
ドンとぶつかる音がしたのに衝撃が来ない。どういうことだと目を開けると、一人の男が地面に手を置きながらエルフ達の前に立っていたのだった。
「"ブルーウォール"」
ドーム状に覆われた水の壁がエルフたちを囲い魔物の攻撃を防いだのだ。
攻撃を防いだその男は紺色のマントを靡かせながらエルフ達を安堵した表情で見ていた。
「「サミー!!」」
「すみません。遅れてしまいました」
エルフ達の歓喜の声、思わぬ救世主に喜びと安堵の表情を浮かべている。
しかし救世主は至って冷静に声を張り上げた。
「皆さん、あまり僕から離れないように!!」
そうして倒すべき敵に目を向ける。魔物はこの水の壁を壊そうと頭を激しく打ち付けていた。
「ブモォォォォォォッッ!!」
ドスンと何回も何回も頭を水の壁に打ち付け、その度に水飛沫が巻き上げる。
「…………」
その様子をサミーは黙々と見つめていた。
それはまさには淡々と戦術を進める軍師のようだった。
そして打ち付ける回数が三十を超えた辺りから、魔物の周りに変化が訪れる。
「あ、あれは…………?」
エルフの一人が何かに気づきそこへ指を差す。
指差した先にあったのは魔物が頭を打ち付ける度に巻き上げられた水飛沫。生み出された飛沫は地面に落ちることなく雫になり空中で静止していたのだ。
百、千、万、数えきれない程の雫が魔物の周りを囲うように作り上げられる。
「ブモォ……」
「ようやく気付いたか、だがもう遅い。"猛き水よ、一所に収縮し、疾くと弾けよ"」
魔物は周囲の変化にようやく気付く。が、時既に遅し。森の景色を埋め尽くす程の雫はターゲットに照準を合わせていた。
サミーは詠唱を完了させ高らかに魔法を放つ。
「"ファラウェイ!"」
グッと拳を握り締めると同時に静止した雫が魔物に向けて撃ち込まれた。
プスリ、プスリと一発一発の雫が魔物の身体を貫通する。
「ブモ! ブモモモモモモモ!!」
一つは内臓を抉り、一つは骨を貫く。四方八方からの雫の嵐に魔物の身体が蜂の巣のようになるまで十秒と掛からなかった。
身体に穴という穴を開けられた魔物はバタリと倒れ、動くことは無くなった。
「終わりだ」
水のバリアを解き後ろへ振り返る。
その直後、エルフ達が感動の表情でサミーの元へ走ってきた。
「ありがとう! 助かったよ!」「やっぱりサミーは強いな!」「マジで命の恩人だ! 今度一杯奢らせてくれ!」
「あ、ハハハ……」
捲し立てるようにエルフ達に囲まれて礼の言葉を受けたサミーは照れ臭そうに笑ったのだった。
そんな時、隊長であるエルフが近づいて来た。
「今回の救援感謝する。貴方が来なかったら私達は全滅し村が襲われるところだった」
そう言いながら手を前に出す。
「いえ、僕も村の一員です。貴方方を守れて本当に良かったです」
サミーは出された手を握った。
そうして隊長は周りのエルフ達へ号令をする。
「よし! 全員村に戻るぞ!」
その号令と共にサミーとエルフの部隊は帰るべき村へ戻って行った。
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あの運命的な出来事から三年が経った。
「それでは私達はこれで、サミーさんも気をつけてください」
「はい。お疲れ様でした」
二十三歳になりすっかり大人になった僕は現在、エルフ達の住む国『フェルアル』のずっと東にある人口五十人にも満たない小さな村で生活していた。
「サミーさん、屋根の修理ありがとうね。ほら採れたての果物を持ってて」
「ありがとうございます。また何か困ったことがあったらなんでも言ってくださいね」
この村の人達は森での狩りや農業をしながら静かに何気ない日常を謳歌している。
そんなのどかなこの村で僕は『便利屋さんのサミー』として貢献させてもらっていた。
屋根の修理から子供達の遊び相手、そして冒険者だった時の経験を活かした魔物の討伐など色々など色々なことを手広くやっていた。
報酬は少ないけどこうして感謝されたり果物を貰ったりしてとても充実しているやりがいのある仕事だ。
「サミー! 今度子供達にアローグン王国の話をしてくれ! 聞かせて欲しいってうるさいんだ」
「もちろん! 楽しみにしといてくださいよ」
なにより村の人達は流れ者の僕達を歓迎し、こうして村の一員として認めてくれた。行き場のない僕にとってそれがとて嬉しくて、とても暖かかった。
「おぉ、さすが水魔法のエキスパート。とても美味しい水です」
「そう言ってくれるとありがたいです。足りなくなったらまた言ってください」
周りの環境もだが、僕自身の能力についても変化があった。
三年前はただ勢いよく水を噴射するだけだった僕の魔法が、今では大量に水を生み出し、そして水滴の一つ一つを操作できるぐらい正確にコントロールできるようになった。
神の力があるとはいえ、まさかここまで強くなるのは僕自身も驚いたほどだ。
そのおかげで戦闘以外にも生活でかなり役に立っている。
そして水の操作の他に━━━
ぐーるるる
「あ、もう夕方か」
腹の虫が鳴り始め、ゆったりとした気分に頭を支配される。
村の人達のお願いを聞いていたらもうこんな時間になってしまった。日も傾き空が沈みゆく夕陽がとても眩しい。
「帰るか」
こうして僕は村の人達から貰った果物や野菜を両手一杯持ちながら寝床である宿屋に向けて歩を進めた。
今日も一日大変だった。
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オレンジ色の空が村を照らしている。
村の西の奥にある街を僕は村の人からもらった物を沢山抱えながらゆったりと歩いていた。
そうして歩いて行くと、愛しい我が家ともいうべき場所に辿り着いた。
木で作られた二階建ての大きな建物には長年の風雨に晒されてもう文字が読めなくなった看板が立てかけられている。
中から漏れる淡い光はもう夜の時間というのを伝えているようだ。
「ただいま帰りました」
木製の扉を抜ければ小さなロビーが僕を迎えた。テーブルにはお茶を飲んでいたエルフのお爺さんが僕を見て優しい笑顔を浮かべた。
「おやサミー、お帰りなさい」
「ラルさん、ただ今戻りました。これ村の人達から頂いた物です」
「おぉ、これは沢山貰ったねぇ。婆さんも喜ぶと思うよ」
彼の名前は『ラルさん』。古くからこの宿のご主人であり、この村の中で一番長生きしている長老、そして僕達の恩人でもある。
この宿はエルフのお爺さんと彼の奥さんが二人で細々と切り盛りしている。
「エラルさんはどちらに?」
「婆さんはシアーちゃんと一緒にご飯を作っているよ」
「わかりました」
忘れもしない二年前、バラ達と別れ、僕達はフェリアルの大地を旅して回っていた。
しかしその旅も二週間と持たなかった。道を歩けば異常に成長した魔物の群れに襲われ、食べ物も碌に食べられないまま憔悴した僕達は当てもなく歩いていた。そんな時にこの村に辿り着いたのだ。
『君達、大丈夫かい!?』
そう言って空腹や疲労、そして戦いの傷で今にも倒れそうになっていた僕達をラルさんが救ってくれた。暖かい食事に柔らかいベッド、そして住むべき場所を与えてくれたのだ。
彼には感謝してもしきれない。
さて、厨房に向かうと老齢のエルフの女性と小さな女の子が鍋に向かって料理をしていた。
「シアー、エラルさん。野菜を持って来ました」
「お帰り! お、今日もかなり持って来たねぇ!」
「サミー、おかえりなさい」
透き通るほどの青白い髪の少女。シアーは無表情で僕の元へトコトコと近寄った。
「シアー、ただいま」
「サミー、いまエラルさんとスープを作っています」
「ほお、それは楽しみだね」
シアーは宿屋のお手伝いをしながらこの村で一緒に暮らしており、その可愛い顔と優しい性格で村のみんなから愛されている。
「サミー! 野菜はそっちに置いてくれ。とびきり美味しいのを作るからね!」
「わかりました」
彼女は『エラルさん』。この宿を切り盛りしている女将さんで、彼女の作る料理はとても美味しい。
「さあ! 今晩のご飯も美味しく作るよ!」
宿屋の女将であるエラルさんは元気な声で呼びかけた。
僕は香る匂いに今夜の夕食も期待できそうだと胸を膨らませた。
ちなみに今夜の夕食は野菜たっぷりのシチューだった。ハーブが沢山入っており、僕とシアーは沢山おかわりをした。
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夕食も終わり、僕とシアーは泊まっている部屋に居た。
「サミー、これはなんて読むんですか?」
「これは『ストーン』だよ」
夜になるとシアーは僕の部屋で本を読んでおり、たまにわからない字に関して僕に質問を求める。
彼女の身体は八歳ぐらいの見た目だが生まれてから三年しか経ってない。彼女が言うにはあの神様が知能を与えてはいるらしいが、知識の部分が足りないらしい。
「これはなんて読みます?」
「『レッド』だね」
そのためにこうして知識の部分を本や人の話して教えているのだ。
手はかかるがスポンジのように教えたことを吸収する彼女の能力には目を見張る所がある。この前なんて基本的な魔法を簡単に覚えたほどだ。
「きょうのお勉強はこれでおわりです」
「うん、お疲れ様。今日も頑張ったな」
そうして二時間の勉強が終わり彼女は本を閉じ、僕に近づいた。
「サミー」
「はいはい」
そうして僕は彼女を抱き上げ高く持ち上げる。要は『高い高い』だ。
「わー」
シアーは持ち上げる僕を見下ろしながら目をキラキラさせて喜んでいる。
「もっと高くしてください」
「わかった」
そうしてしばらく遊んでいると疲れたのか彼女はベッドで眠ってしまった。
「ぐー…………」
「よく眠るなぁ」
宿屋を手伝い、学び、遊んで寝る。シアーがこの村で暮らし始めてからの一日はこんな感じだ。
神の巫女と言っても遊ぶ姿やこうして寝てる姿は年相応の子供のようだ。
「ぐー…………」
「………………」
彼女には色々な苦労をかけてしまった。
バラ達と半ば自暴自棄に別れ、知らない土地を無理矢理歩き回らせてしまった。しかし彼女は何も言わずに付いてきてくれた。
あの時は僕も気が動転していた。とはいえ彼女の気持ちを一切考えずに行動してしまったのも事実だ。それは今でも後悔している。
「ぐー…………」
彼女の寝顔。この顔を見ていると遠い記憶がチラッと映る。毎日見てて、大好きで、とても大切な記憶が。
「お母さん…………」
亡き母親に似た面影の彼女。そんな彼女と出会い、そして今共に生きているのははたして偶然なのだろうか。
たまに『誰かがこうなるように仕向けたのではないか』、そんなことを考えてしまう時もある。
そして、
「いつか君とお別れする時が来るんだろうけど、それまでは…………それまでは…………」
守る。
誰にも聞こえない自分の心だけの決意。そんな誓いを一人で勝手に立てる。もう大切な人を失いたくないから。
━━━コンッ
ふと、窓の方から物音が聞こえた。
「はぁ……」
溜め息を吐きながら窓を開けるとそこには一通の手紙が。
封を開け中に入った手紙を見てみると、綺麗な文字でこんなことが書いてあった
『親愛なるサミー様へ
明日の夜、緑のりんご亭にてお待ちします』
「はぁ…………」
気取った文面を見て送り主の顔が思い浮かんでしまう。それこそあの気取ったような表情を。
「…………寝よう」
そうしてサミーは緑色のネズミの封蝋が押された手紙を握りつぶして、自分のベッドに入り眠りに付いた。
明かりのない夜、一際強い星の輝きがひらりと暗い部屋に入り込んだのだった。まるで何かを暗示するように。




