第56話 This is a Dream
後悔することはいつでもできる。
だけど進むのは今しかできない。
たとえ目の前が暗くても、心が折れそうになっても、進むことしかできないんだ。
後悔という毒はとても心地の良い甘さだから。
✳︎
これは夢だ。理由は単純だ。この光景を僕は一度経験した事があるから。
舞台は人通りの多い交差点。目の前には一台の車。その下から流れる大量の血。そして……血を流して倒れる一人の女性がいた。
「あ━━━え━━━?」
これは夢だ。理由は単純だ。身体が動かず、周りの騒ぐ声がどこか遠く聞こえるから。
歩道を歩いていた時、ふと乗用車がこちらに向かって突っ込んできたのだ。それに反応できなかった僕はそのまま轢かれるんだろう、呆気ない最後だなぁと内心で笑っていた。誰かに突き飛ばされるまでは。
そうして僕は突き飛ばされ、一緒に歩いていた女性が代わりに車に轢かれ僕は助かった。助かってしまった。
これは夢だ。理由は単純だ。周りの人達は事故の現場を見て救急車に連絡するでもなく、ただその光景を写真に撮って笑っていたからだ。まるで『こいつが殺したんだ』とでも言うように。
お前が悪い
✳︎
これは夢だ。理由は単純だ。この光景を僕は一度経験した事があるから。
舞台は葬儀場。目の前には黒い服を着た人が五人。右には袈裟を着たお坊さん。後ろには.....光が反射してよく見えないがどこか笑っている女性の写真と棺。
これは夢だ。理由は単純だ。自分の身体が勝手に動くから。
「本日は"━━━━"のご葬儀にお越しいただき誠に有難う御座います」
口が勝手に目の前に書いてある紙の内容を話す。
名前は思い出せない。顔もわからない。だけどこれが母のお葬式というのが何故か理解できた。
これは夢だ。理由は単純だ。黒い服を着た人全員が僕を見て目と顔をニヤつかせて笑っているから。まるで『あいつが殺したのか』とでも言うように。
お前が悪い お前が悪い
✳︎
これは夢だ。理由は単純だ。この光景を僕は一度経験した事があるから。
舞台は裁判所の法廷。そこの傍聴席に僕は座っている。
一番高い場所に座っている裁判官が席を立ち主文を読み始める。
「主文。被告を無罪とする」
これは夢だ。理由は単純だ。裁判官の話す声が反響して聞こえるから。
この裁判はとある事件を取り扱っていた。
そして判決はこの通り、事故で頭を打ったショックによる心神喪失で無罪。判決を言われた被告人は魂が抜けたかのようにボーッとしている。その内心でほくそ笑みながら。
「........ッ」
声を上げて抗議したかった、「こんなの間違ってる!」と声を大にして言いたかった。だけどそれを理性が止めてしまう。ここで声を上げてもなんの意味も無い、ただ母の死を笑われるだけだと思ってしまう。それを一生後悔するとも知らずに。
これは夢だ。理由は単純だ。検事、弁護士、裁判官、裁判員、傍聴人、この法廷にいる全ての人間が目を見開いて僕を見ていたから。まるで『殺したのはお前だ』とでも言うように。
お前が悪い お前が悪い お前が悪い
✳︎
これは夢だ。理由は単純だ。この光景を僕は一度経験した事があるから。
舞台は母の妹、僕から見れば叔母に当たる人。当時身寄りのない僕を引き取ってくれた人の家。
僕はそこのフローリングの床の上で正座していて目の前には叔母が僕を見下ろしていた。
これは夢だ。理由は単純だ。正座しているのに脚の痺れが全く無いから。
「ねぇ、アンタはなんでそんなに無能なの?」
机の上には一枚の紙。そこには『こども虐待相談ダイヤル』と書かれていた電話番号が記した紙だった。
母が亡くなって身元を引き受けてくれた叔母は最初は優しかった。だけどそれも長くは続かない。
お母さんが残してくれた遺産を使い切った叔母は次第に僕に当たり散らすようになった。
暴言、食事の没収、酷い時には冬の寒い日に冷水を浴びせてきたりもした。だけど何故か暴力だけは振るわれなかった。
「これは躾よ。アナタが無能だから仕方なくやってるの」
僕に当たる時は決まってこう言っていた。辛いと言っても「アナタが悪い」と言って止めてくれなかった。
これは夢だ。理由は単純だ。この後続く言葉を僕は知っているから。
「まったく、こんな無能を産んだ━━━━も死んで当然ね。あ、アナタが殺したんだっけね。はははは!」
…………なんでそこで母が出てくるんだ。僕が無能なのとお母さんは関係ないだろ。殺したい、母を侮辱したコイツを殺してやりたい。
滲み出る殺意。しかし僕はこれを実行できない。何故ならここで暴力で訴えたら目の前にいる化け物と同じになるから。
そして僕は化け物になれなかった。
これは夢だ。理由は単純だ。こんな辛い思いをしているのに誰も助けてくれないから。まるで『これが母親を殺した報い』とでも言うように。
お前が悪い お前が悪い お前が悪い お前が悪い
✳︎
これは夢だ。理由は単純だ。この光景を僕は一度経験した事があるから。
舞台は休日の駅のホーム。電車が来るのを待っている人は少なく、どこか閑散としていた。
ピンポンパンポーン、ともうすぐ電車が来るアナウンスが鳴り僕は黄色い線の外側へ移動する。
これは夢だ。理由は単純だ。もう身体も心も制御できないから。
あの日も、あの日も、あの日も、あの日も僕は心にある言葉を刻みつけられた。
『お前が悪い』
誰かに責任を押し付ける便利な言葉。その言葉が僕の頭をぐるぐると回っている。お前が悪い、お前が悪い。って。
母が事故に遭って死んだのも。母が残してくれた物を守れなかったのも。母を殺したヤツが無罪になったのも。母を侮辱させられたのに何も言い返せなかったのも。
全部僕が悪いのではと考えるようになってしまった。
「お母さん。今から行くね」
これは夢だ。理由は単純だ。だってもう痛みが無くなるから。
母が死んでから五年。10歳だった子供が15歳になってこんなバカな事を考える。忘れればいいのに、化け物になればいいのに、僕はそれができない。逃げることしかできない
だけど、もう疲れたんだ。お前が悪い、お前が悪いってずっと頭の中をリピートする。
お前が悪い お前が悪い お前が悪い お前が悪い
僕って何か悪いことしたかな? …………もういいか。
これは夢だ。理由は単純だ。夢は必ず覚める物だから。
警笛の音と共に電車がやってきた。
僕の身体は勝手に動く。そうして僕は黄色線のその先へ踏み出す。
はあ、呆気ない人生だったなぁ━━━━━
✳︎
「………………」
身体にとてつもない衝撃が走る感覚と共に目が覚めた。
「……………………」
睡眠をしたというのに身体が疲労を溜め込んでおり、着ている服は冷や汗で濡れていた。
そして、忘れたと思っていた昔の記憶が今になって浮き出て来た。
「やっぱり━━━━忘れられないよな…………」
心の傷、トラウマ、言ってしまえばこんなモノ。
転生し、既に過去の存在となったはずなのに未だに消えない小さな小さな黒。銃弾で空けられた心の穴。
これを上手く説明する言葉はいつまで経っても見つからない。
それがどうにもならない僕の前の人生だった。
「起きるか」
ベッドから起き上がり鏡の前に立つ。
外から聞こえる鳥の鳴き声が寝起きの頭を揺らして来る。
「………………」
目の前に写った自分の姿を見る。
少し白髪が生えてきている青みがかった黒髪。眉間を挟む垂れた眉毛。眠そうな茶色い瞳孔。年月が経ちそれなりに大人びて来たが相変わらずの童顔。
そして、ここ最近あまり眠れてないのか目の下にある隈。毎日のように見る自分の顔だ。
『清き水よ』
水で顔を洗い、その後汗で濡れた服を着替える。
麻で作られた茶色の服を着て、上着の紺色のマントを手に取る。
「寒いなぁ。もう冬の季節か」
マントを羽織り、部屋から出ようとしたその時。
「サミーさん!!」
と、窓の外から自身を呼びかける声が聞こえた。
窓を開けて声のする方向を見てみると、槍を持った耳長の男が二階に居るこちらを見上げていた。
「どうしたんですか!」
「また魔物が出てきた、かなり手強いから手を貸したくれ!」
「わかりました!」
そう言って壁に立て掛けてある愛剣を持って急いで外へ向かった。
彼の様子を見るに猶予は無さそうだ、急がないと。
あの船旅から三年。
ここから僕の始まりであり終わりの物語が幕を開ける。




