第54話 幻影のおわり
夢は必ず覚めるもの。
これは一人の少女が悪夢から目覚め、瑞夢を夢見るお話し。
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サミー達が怪鳥を倒すため村を去った後、村長の家の前には二人の人間がどこか遠くを眺めていた。
一人はナーパ、この村の村長で、ケーアの父親だった男。
もう一人はリール。ナーパの妻であり、ケーアの母親だった女性。
「行ったな」
「そうね」
先程まで阿鼻叫喚の光景だったはずの村は叫び声一つ聞こえず、魔物や村人の存在は全て無くなっている。そして、村は七色の光が全体を照らし、段々と薄ぎ始めていた。
「あの人達はケーアを救ってくれるかな?」
「救ってくれるさ。あの三人は強くて……優しいからな」
まるで午後のティータイムの時間、優雅に紅茶を飲む紳士淑女のように穏やかに話す二人。
その身体も七色の光と共に徐々に薄らいでいた。
「…………夢の時間ももう終わりだな。もう少しあの子と一緒に居たかったが」
「私もです。だけど…………これは私たちが選択したこと。後悔はありません」
「そうだな。…………ケーア、いい女になれよ」
……………………━━━━━━
さて、この場にはもう誰もいない。
残ったのは一人の娘の幸せを願う尊き親の思いと、二人分の人間の影だけだった。
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「サミー!」
ライングが倒れた僕を抱き起こした。
ちょっと、あんまり乱暴に持ち上げないでくれ。傷が痛むよ。
「シオン! 回復魔法を!」
「"清き水よ。彼の物の傷を塞ぎ、癒しを与え給え"」
水色の光が身体の傷を塞ぎ、痛みを引かせていく。
「ぐう……」
「大丈夫か?」
「うん、結構楽になったよ。」
傷が塞がったとはいえ体内の血がかなり抜けた影響で未だに頭がクラクラしている。
「あぁ、良かった」
「そうだ、彼女は?」
台座の方を見てみる。そこにはあれだけの戦闘があったのにも関わらずまだ目を覚さない女の子の姿があった。
「ケーアちゃん、しっかり!」
「う……うーん……」
身体を揺さ振り声を掛けると、ケーアちゃんは朧げながら目を覚ました。
「…………ここは?」
うつろな表情を浮かべながら辺りを見渡す。
怪鳥に拐われたショックで状況が理解できていないようだ。
「ここは村から離れた所よ。貴方は魔物の主に拐われたのよ」
「…………そうなの?」
「あぁ、それで村長さんの依頼で助けに来たんだぜ!」
「…………そうなのね」
水色の眼を輝かせながら笑顔を浮かべるライングにケーアちゃんはゆったりとした返事をした。
さて、もうこの沼地に居続ける意味は無い。この台座や周りにある物は気になるが早く村に彼女を送り届けなくては。
「みんな、村に戻ろう」
「そうだな! ナーパさんとリールさんを安心させなくちゃな!」
「…………うん、わたしも早く帰りたい」
「………………」
そうして僕達は村に向けて歩き出した。
戻る途中、ケーアちゃんが足を挫いてしまいライングが背負って帰ったのはまた別の話だ。
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曇り空が無くなり、青い空が僕達を写していた。
沼地を抜け、しばらく歩くと村の姿が見えてくる。水田が広がり、茶々とした家々が並び、そして虹色の光に照らされた村の姿が。
「え……?」
「なんだよ……あれ?」
「お父さん……? お母さん……?」
まさにそれは地上の虹といべき幻想的な綺麗な光。その光は空へ舞い、そして消えているのだ。まるで夢から覚めるように。
虹色の光が止む頃には僕達は村の目の前まで到着していた。
そうして目に映るのは、村....いや、村だった場所だ。
青空の下に残っていたのは荒らされた畑に打ち壊されている住居、水田の水は血で汚れ、赤く濁っていた。
「あ……?」
言葉を失うとはまさにこの事だろうか。死の気配が漂う村の光景に僕とライングは眼と口を見開くことしかできなかった。
いや、僕達のことは何も問題ない。問題は彼女の方だ。
「…………お母さん? …………お父さん? …………どこにいるの?」
ケーアちゃんは朧げな足取りで村長の家に向かって歩き始めた。しかし、脚の力が抜けてしまいその足取りはすぐに止まってしまう。
廃墟と化した村に僕達と彼女はただ立ち竦むことしかできない。
「なんでこんなことになってるんだよ…………」
ライングが心からの言葉を喉から絞り出した。
そうこの村で何があったんだ。まさか僕達が彼女を救出しようとしている間に魔物の集団に壊滅させられてしまったのか。
いや、それでもこの荒れようはおかしすぎる。まるでもっと前にそれこそ三ヶ月ぐらい前に襲われたかのように、
「━━━━、!」
脳裏に昨日読んだナーパさんの日記を思い出した。『魔物の動きが活発で怪しい』。
まさか、いやまさか。まさかあの日記の続きが無かったのは。
「……やっぱりこういうことだったのね」
「シオン?」
シオンが何かに納得した様子で呟く。その様子はある種達観しているようで少し恐ろしさもある。
「何か知ってるのか?」
「ええ、簡単に言えば『さっきまでの村は幻影魔法で作られていた』ということよ」
「幻影魔法……?」
シオンが言うにはこういうことだった。
僕達がこの村に訪れた時点でこの村は三ヶ月前に既に魔物に壊滅させられたというのだ。
村の人は全員死亡。いや、ケーアちゃん一人が生き残った。
「彼女は村が亡くなったというショックに耐えられなかった。そして体内の魔力が暴走して今までの幻影の村が創り上げられた」
「待ってくれ! 話が飛躍しすぎて混乱しそうだ」
シオンの説明に対して疑問が湯水のように溢れ出てくる。
まずそもそも彼女はこの村で暮らしている普通の子供だ。そんな彼女が村一つと村の住人の幻影を創り上げる程の魔力を持っているはずが無い。
そんな僕の問いにシオンは顔を伏せながら答えた。
「この村では儀式の神が祀られていたわ。それでこれはママから聞いた話だけどね。ある禁忌の儀式の中に『魂を魔力に変換させる儀式』という物があるわ」
「魂を……魔力に……?」
そこで思い出すのは怪鳥の住処にあった台座。最初は謎の白い物体や銀貨が置かれておりおかしな場所だと思っていたが、まさかあそこで儀式が行われたということか?
「この儀式の最大の特徴は『変換した魔力を他者に注ぎ込むことができる』という点。村の人達全員を魔力に変換すればかなりの量になるはずよ」
「まさか…………」
あの日記に書いていた『最悪の手段』。それは儀式で村の住人全員の魂を魔力に変換させるというものだったのか。
そして変換した魔力を彼女に注ぎ、生き残らせるための力にしたということか。
「……ならあの怪鳥は、あれも彼女が創った物なのか?」
「あれは彼女の中に入り切れなかった膨大な魔力が変質し、怪鳥の姿に模った物よ。そして模った怪鳥は村長の願いである『ケーアを守る』という本能のみで動いていたということね」
「…………ッ」
そこから先は簡単だった。
あの怪鳥もこの村の幻影魔法を創るために魔力を供給していた。しかし僕達が彼女を助けるために怪鳥を撃破した結果、幻影魔法の維持が困難になり村はこの現実の姿に戻ったということだ。
「…………おとおさん おかあさん どこにいるの? わたし、帰ってきたよ。おひるごはん食べよう」
絶句するしか無い。
あまりにも残酷すぎる話だ。大切な家族と平和な日常が魔物によって壊され、村の人達は自分を守るために、儀式によって魂を魔力に変換させたのだ。
この世界の教えによれば魂というのは循環するもの。身体が死んだとしてもいずれ別の肉体に生まれ変わり、大切な人と再び再開するというものだ。
しかし、儀式によって魂は魔力となり、その循環の輪から外れ霧消してしまった。
その結果、彼女は大切な人との再開は二度とできなくなってしまった。これが残酷と言わずしてなんと言う。
「…………」
「…………ケーア、いい子にするから おとうさんのおひげを引っ張ったりしないから 会いたいよ」
うつろな顔で村だった場所をくるくると歩き回る彼女に僕は何も言うことができなかった。
大切な家族が死んでしまった苦しみを理解できていたはずなのに、…………僕は彼女に掛けるべき言葉が思い浮かばなかった。
「……なあ」
そんな彼女に話しかける声が。
「…………なに」
「もしよかったらなんだけどさ」
今の彼女は一人だ。大切な人を亡くし、帰るべき村を亡くし、そして自分の心まで亡くしかけていたのだ。
そんな空っぽな彼女にとってその言葉はよく響いていた。
「俺たちと一緒に来ないか?」
「…………一緒に?」
困った人は見過ごせない、助けるためなら全力で手を差し伸べるヤツ。そんなヤツが僕の隣にいる。
「そう。君のお父さんやお母さんのことはわからないけどさ。たぶんお父さんもお母さんも君が悲しい顔をするのは嫌だと思うんだ」
「…………」
不器用ながら一つ一つ言葉を紡ぎながら彼女に歩み寄る。
まるでお姫様を救う王子様のように。
「今はその悲しみは消えないだろうけどさ。できたら俺たちと一緒に乗り越えないか」
「…………乗り越える?」
「そう! そりゃあ俺やサミーやシオンじゃ、君のお父さんとお母さんの代わりにはなれないけどさ。でも昨日はみんなで同じご飯を食べたり、同じ家で寝たり━━ええと、ええっとぉ…………」
続く言葉が浮かばずに眼を泳がせている。
交渉は苦手なんだから無理せず思ったことを言えば良いのに。
だが、その必死な様子は一人の女の子を救ったようだ。
「…………ふふっ」
「あ、笑ったな! まあともかく! 俺たちはある意味で家族になったんだ! だからさ、俺たちのパーティーに来てくれよ!」
水色の眼を輝かせながら彼女に向けて手を差し出した。
その手を彼女は涙をポロポロ零しながらも。
「…………うん、いいよ」
満面の笑みを浮かべながらその手を取ったのだった。
さて、こうして幻影は過ぎ去った。
青い空の一行は大きな後悔と少しの嬉しさを胸に村を後にした、行きより人数を一人増やしてね。
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「"…………火よ"」
宿屋の一室にて、鈴が鳴るような小さな声が響く。
ケーアは手の平を前にかざしながら詠唱を呟くが、特に何も起こらない。
「こうもっとさ、身体の中からぐわーん! って出すような感じでやるんだよ。『火の魔法を出すぞー、出すぞー』て念じながらやるんだ」
ライングが意味不明な説明をしながらケーアに対して魔法のやり方を教えている。
「…………よくわからない」
「わからないかぁ!」
ここはアローグン王国にある宿屋の一室、まあ僕の部屋だ。
僕は今ベッドの上に座りなりながら二人が四苦八苦している光景を笑いを浮かべながら見ていた。
あの後、なんとか帰還したのだが、あの怪鳥との戦いの影響が大きかったのだろう、傷が再び開いてしまったのだ。
幸いその場で治癒魔法を掛けて貰ったので大事には至らなかったが、出血の量が多かったのでしばらくはこうして動けない状態になった。
そして今、ライングは僕のお見舞いがてら魔法が上手く使えないケーアの指導をしているというわけだ。
「なあサミー、魔法ってどうやってやるんだよ。俺じゃあ上手く説明できねぇ!」
「それ僕に聞くの? まあいいか。まず頭の中でどんな魔法をやりたいかを想像するんだ」
「…………うん」
「そして、そのやりたい魔法を言葉にしながら、身体の中にある魔力を粘土をこねるようにして魔法を作り上げ、放つ! "水よ、素早く放て"」
そう詠唱して、指先から小さい水の弾が発射され壁に当たった。
「おお! スゲェな!」
「基本はこんな感じだ。大事なのはイメージする事だよ」
「…………うん、なんとなくわかった」
魔法が使えないなりに上手く説明できただろうか。
まあライングは嬉しそうにしているし、ケーアも納得しているようなので大丈夫だろう。
「よし、それじゃあもう一回やってみよう!」
こうしてライングとシオンは魔法の練習を再開した。
僕は二人の声を耳に流しながらベッドに横になった。
「…………」
瞼を閉じて思考の海に潜る。
考えるのは怪鳥との戦いで僕はどれだけやれたのだろうか。
精一杯頑張ったつもりだが、結果として僕は傷を負い、二人に迷惑を掛けてしまった。
(……そろそろハッキリさせないとな)
防御前衛としての役割。今のままではその役割を充分に発揮できないだろう。
故に剣だけではない。仲間を守るための『盾を持つ』という決断を。
そんな事を考えながら身体の疲労とライングとケーアの元気な声を感じながら眠りに着いた。




