第51話 厳かな光
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「サミーさんはこの部屋にどうぞ」
「ありがとうございます」
夕食を食べ終え僕は今日の寝室に案内してもらった。
ベッドにサイドテーブル、あとは本棚の先に窓がある綺麗な部屋だ。
そしてもう一つ気になるのが、
「本棚?」
「あぁ、この部屋、以前は書斎に使っていたのですよ。本棚が沢山あったのですが、ほとんどを私の部屋に移動させて、あれだけが残ったのです」
「なるほど」
「それではごゆっくりお休みくださいね」
そう言ってナーパさんは部屋から出ていった。
「はぁ、疲れた」
今日は移動でかなり体力が持っていかれた。
早く休みたいという気持ちが逸りベッドに横になる。
「ふう…………」
心地がいい。
疲労の溜まった身体に美味しかった食事、そして憩いの時間。そんなある種の極限状態の僕が眠りに落ちるのは必然の事だった。
━━━━光が見える。
━━━━空に綺麗な光が見える。
━━━━十字の光が空を瞬いて飛んでいる。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
━━━━七色の光が空を優雅に、厳かに飛んでいる。
━━━━そして光が空を見上げている僕へ向かって。
「…………ッ!」
反射的に目を見開いた。
何か、とても恐ろしいモノを見ていた気がしてならない。
「目が冴えてしまったな……」
気分を変えるために窓を開けて外の空気を浴びる。
夜風が涼しく寝汗をほどよく冷やしてくれて気持ちがいい。
そんな時、ふと空を見上げてみる。
「…………やっぱり何も無いよな」
目の前に見えるのは夜空の星と丸い月だけ。
七色の光なんて見えもしない。
あの夢は疲れた影響で見てしまったものなのだろう。
「それでもあまり眠くならないなぁ」
窓を閉めて部屋を見渡す。
暗い静かな部屋で目についたのは一つの本棚。そこには数は少ないが本が置いてある。
気分転換にでも読んでみるか。そんな考えで本棚を見てみる。
「"作物と魔法"、"土魔法による水田開墾の基本"、"基本水魔法の管理と調整術"。どれも農業用の本だなぁ」
魔法が入り込んでいるのには違和感があるが、魔法というのが日常生活と密接に関わっているが故に、これがこの世界の当たり前なのだ。
そうしてしばらく本棚を物色していると。
「うん、なんだこれ?」
一冊の本に目が止まった。その本は今までの本と違いタイトルが記載されておらずどこか変わった感じがした。
手に取り表紙を見てみるが装飾の無い革装丁の黒い色だけが僕の顔を写していた。
「…………読んでみるか」
そうしてサイドテーブルに座り、月の光をライト代わりにその本を読み始めた。
『○○○○ 天気 晴
今日は妻と共に村の見回った後、村の人と次の収穫の時期を調整した。行商が来るのはもう少し先だが、雨が近いので早めに収穫するということになった。保存用の魔法と倉庫の準備をしなくては』
それは日記だった。丁寧な筆跡で書かれており筆者の真面目さが伺えた。
『○□○○ 天気 晴
リールが子供を身籠った。とても嬉しい。産婆が言うには産まれるのはかなり先だが妻にあまり無理をさせず栄養を沢山取らせるようにだそうだ。これから忙しくなるがリールのため、そして産まれてくる子供のために頑張らなければ。あぁ、妻と私に祝福してくださった神に感謝を捧げます』
内容的にこれはナーパさんの日記のようだ。
その後、子供が産まれ喜んでいたり、沢山の収穫があってそれらをどうしようかと悩んでいたりと、日常の事細かな内容が綴られていた。
読み進めていくと『村のご老人が亡くなった』ことや『今年はあまり収穫できなかった』などと言った内容もあるが全体的に見ると本人は家族や村の人に慕われていてとても幸せそうな人生を歩んでいた。
特に娘のケーアちゃんのことに関しては凄まじさを感じる。
『×○○△ 天気 雲
ケーアが始めてお父さんと読んでくれた。嬉しくて飛び回りそうだ。リールがはしゃぎすぎですよと言っていたが、これを喜ばずしていつ喜ぶのだ。ケーアはまだまだ小さいがいつか綺麗な女性に育ってくれるだろう。それまでは私とリールと共に大事に育てていかなくてはな』
文字から嬉しさが漏れ出てくるほどにナーパさんの日記からは様々な感情か読み取れた。
それにしてもあのケーアちゃんがお父さんと呼ぶとは。失礼だけどあまり想像が付かないね。
そうしてページをめくっていくと、ある記述に目が入った。
『×××× 天気 雨
最近、村の周辺の魔物の動きが活発で怪しい。村の者と相談しアローグン王国の冒険者ギルドに依頼の使いを出した。しかしこの村の場所を考えるとあまり期待はできない。最悪あの手段を実行する必要もありそうだ。村の長としてそして一人の親として、私はこの村を守る義務がある。儀式の神よ、最悪の妻と娘を守るための勇気を私にください』
「…………」
つい三ヶ月前の記述。走り書きに近く書いている者の焦っている様子が伺えた。
魔物の動きが怪しい。今回受けた依頼の内容に酷似している。それに『あの手段』とはなんのことだろうか。
続きを見るためにページをめくるが。
「白紙……?」
どういうことだ。あの真面目なナーパさんが事の終わりを記していないとは思えなかった。
前のページに戻り内容をよく見てみるがその他の記述は特に見つからない。
「わからない。魔物は追っ払えたと言っていたが……」
そうして頭を悩ませている時、唐突に扉が勢いよく開かれる。
そこにいたのは緑色の髪の少女、ケーアだった。
「ケーアちゃん?」
「……その本、返してください」
有無を言わさぬ言葉。僕は本を閉じてそれを彼女に渡した。
「……なにか見ましたか?」
「………………」
無言で頷く。
「……そうですか。……見たものは誰にも言わないでください」
「わかった」
そう言って彼女は日記を持って出て行った。
何故彼女の父親の日記を彼女が持って行ったのかは少々疑問だが、他人の日記を勝手に覗いた僕にはその疑問を言葉に出す権利は無い。
「夜も更けてきたか、……寝よう」
色々な疑問が頭を過ぎるが、疲労が溜まっている身体は直様眠りについてしまった。
この後、夢は見ることは無かったが、眠りに落ちる直前、窓の外から虹色の光が視界の端に一瞬だけ映った気がした。




