第46話 散りゆく花に、二人で泣く
桜の花が散る瞬間は、見た人の心を感動させる
では、薔薇の花が散る瞬間を見た人はどんな感情を生み出すのだろうか
*
声が聞こえる。高く、そして聞き馴染みにのある声だ。
「………………ー」
身体が重い。指一本動かすことも眼を開けることもできない。ただひたすらに誰かの声を聞くことしかできない。
「…………ミー」
だけどこのまま眠ってしまいそうなぐらい安心する声だ。
この声は誰の声なんだっけ。忘れてしまったけど大切な人の声というのは覚えている。
「…………サミー」
あぁ眠い、眠い。
まるで冬の夜に揺り椅子に座りながら暖炉で暖まるような安心感とおぼつかなさだ。ゆっくり、ゆっくりと閉じた瞼をさらに深く閉じて夢の世界に旅立ちたい。
いっそこのまま眠るように死んでいけば…………。
「サミー!」
「…………!」
唐突に発せられた大きな声に思わず眼を開けた。
起きて最初に見えたのは見知らぬ茶色の天井、そして僕はベッドの上で眠っていたようだ。
混乱したように顔を横に動かすと見知った青白い髪の少女がそこにいた。
「何度呼びかけても起きないので心配しました」
シアーは安堵したようにふぅと息を吐いた。
その隣にはバラの船の船員がイスに座っていた。
「あ、俺はネックの兄貴を呼んで来ます」
そう言うや否や船員は立ち上がってこの部屋から出てどこかへ向かった。そして僕とシアーはこの部屋で二人きりになった。
僕は身体を起こしてシアーに尋ねた。
「ここは一体……」
「ここはふぇりある? と言う場所の港です」
「フェリアル…………」
そこは元々の目的地の場所だった。
どういうことだと悩ませようとした時、部屋の扉が開かれネックが入って来た。
「サミーの旦那、大丈夫でしたかい?」
「あ、あぁ。それよりこの状況を説明してくれないか?」
「わかってます。そのために来ましたので」
そうしてネックの口からあの後の顛末が語られた。
僕が気絶した後、血を流し倒れている僕とバラを見つけたネックと船員達は慌てて応急手当をした。
「だけど旦那の傷が激しくて急いで処置する必要がありました。なので全速力で船を動かしましたよ」
幸いなことに道中では海賊や魔物に遭遇することは無く、すぐさま目的地の港に到着することができたらしい。
そして、裏の社会の人脈を使って僕達をこの場所に運んだようだ。
「あのウツボ野郎の傷が内臓にまで達していたようで、何回も治癒魔法と傷の接合を繰り返したらしいですよ」
その時の傷はかなり酷く、少しでも遅かったら死んでいたらしい。いまいち実感は無いが診た人がそう言うぐらいには酷かったのだろう。
何はともあれ僕はこうして助かったようだ。それに関しては心の底から安心した。
「とはいえ二日も寝込んでいたんですよ。あまり無理はしないでください」
「あぁ、そうするよ」
さて、僕のことについてはわかった。
だがまだ大事なことを聴いていない。
「それで、バラは大丈夫だったのか?」
「……………………」
「……………………」
僕の問いにシアーとネックが二人して下を向いて黙ってしまった。
「…………嘘だよな」
「……………………」
「……………………」
二人は黙ったままだ。
ハハハ、嘘だ。だってしっかりと治癒魔法を掛けてやったはずだ。完治とまではいかないが峠は越えたはずなんだ。
「なぁ、答えてくれよ…………」
「…………バラの姉御は生きてます」
「…………!」
ほらみろ、やっぱり生きていたんじゃないか。まったく二人して黙るんだから最悪の想像をしてしまった。
「本当か!」
「はい…………バラさんは生きていますよ」
「よし、それじゃあちょっと挨拶に行ってくるか」
こうしてはいられない。早くバラに顔を見せなければ。
急いでベッドから起き上がろうとするとネックが手を前に出して止めて来た。
「いえ、それはやめといた方がいいです」
「はぁ、なんで止めるんだ?」
どういうことだ? バラが生きてる。これは良いことじゃないか。
「いや、別に問題無いだろう?」
「…………忠告はしましたからね」
どうにも様子がおかしいネックに疑問を覚えながら僕達三人はシアーの部屋へ向かった。
「おっと…………」
「肩を貸しますよ」
道中シアーの小さな肩を借りおぼつかない足取りでふらつきながら歩いて行き彼女がいる部屋の前に着いた。
「姉御、入りますよ」
ネックが部屋の扉をノックした。返事はすぐに返って来た。
「…………あぁ」
バラの小さな声が聞こえた。
声に元気が無いことからどうやらまだ調子が悪いようだ。
「失礼します」
そうして僕は彼女の寝てる部屋に入った。
その部屋は僕が寝ていた部屋よりも広かった。茶色い床の上には紺色の絨毯が敷かれておりとても柔らかい感触だ。
そして部屋の真ん中に少し大きめなベッドがあり、そこにはベッド上に座りながら虚な表情でぼーっとしているバラの姿があった。
「姉御、サミーの旦那が目覚めました」
「あぁ、それは良かった」
「お、おうバラ。お互い生きててよかったよ」
「あぁ、本当によかった」
そこには以前のような姉御肌の快活さはそこには無く、ただどこか苦しそうな眼をしていた。
一体何があったのだ。何故彼女はこんな暗い表情をしているのだ。
「…………ちょっとサミーと二人っきりにしてくれ」
その言葉にネックとシアーに向けて発せられたものだった。
二人は何かを察したのか何も言わずに部屋から出て行った。
静かで広い部屋で僕達はゆっくりとお互いの顔を見合わせた。
バンダナを取った彼女の短い黒髪が少し跳ねていたが、それに彼女は一切気を留めずぽつりぽつりと話しを始めた。
「アタイな。夢があったんだ」
「夢?」
「あぁ、いつか恋をして、結婚するっていう三流小説みたいな夢」
「そうなんだ」
「でも、兄貴を殺したあの日からそんなアタイの夢はガラスのように割れてしまったんだ」
ベッドシーツをぎゅうっと握り締めながら彼女は涙混じりの声で続ける。
「そこからは本当に色々あったなぁ…………海賊や魔物に襲われるわ騙されて大損こいてしまうわ。でもこうして必死に生きて来たんだよ。騙したり、時には暴力を利用したりしてね」
「…………」
「んで、こんなことを続けていくとわかってくるんだ。『もう引き返せない所に来ちまった』ってね」
ハハッと乾いた笑いが広い部屋に反響した。
「もう夢は叶わないのかなと思ってたらさ。サミー、アンタが現れたんだ」
「僕?」
「そ。アンタとの関係も最初は仕事だけで終わると思ってたさ。だけどこうして色々腹割って話してるとさ、わかったんだよ。『あぁ、コイツはアタイと同じだ』、『夢が叶えられなくなったヤツだ』ってね」
「…………」
「そんで止せば良いのにアンタの事を知りたくなってさ。寒い夜にわざわざ酒を片手に話掛けたのさ」
彼女は天井を見つめながらあのなんでもない夜を思い出す。
夜の海に映る星々を眺めた夜。シアーと三人で笑い合った夜。そして…………。
「お互いの物語を語り合った夜。あの夜は本当に綺麗だった。そして確信したよ、『夢の続きが訪れたんだ』って」
あの夜の出来事、僕にとっては静かな寒い夜だが、彼女に取っては胸が熱くなる夜だった。
叶えられなかった夢の続き。彼女は少女の頃の夢を追い続けていた。
しかしその夢の続きは再び打ち砕かれた。
「自分でも不思議に思ってたんだ。あのウツボとの戦いでさ、なんでアンタを庇ったのか。でも今サミーの顔を見てさ、これが理由だったんだなぁって納得したんだ」
いつもとは違う、下手な笑顔で彼女は笑う。
その表情は『ローズヒップ商会のバラ』では無く『一人の女性のバラ』の笑顔だった。
そして彼女は笑顔を浮かべながら足元のシーツを捲る。
「…………ごめん」
「謝らないでくれ。アタイが勝手に行動した結果なんだ」
「でも……」
「…………あたいに……後悔させないで」
二人してと涙を堪えながらその視線の先を見つめる。
そこには、彼女の特徴である細長く綺麗な脚が━━━━なかった。
「でも……! でも…………!」
「後悔してないから…………! お願いだから泣かないでくれよ…………!」
彼女の脚は…………太腿から先が無くなっていた。
親玉ウツボの毒の影響により脚を切断するしかなかったのだ。切断しなければ毒は全身に回って彼女を蝕んだから。これは仕方のないことなんだ。
…………でも。
「もっと僕がしっかり治療できていればこんなことには……」
「サミーはずっとあのウツボと戦ってあたいを治療したんだ。死ななかっただけでも感謝してる」
「でも僕はバラのその後の人生を奪ったんだぞ!」
脚を無くす。これ自体は冒険者によくあることだ、だけどその影響かこの表の世界では魔法で作られた義足や義手が流通している。
然るべき機関で正式な手続きを踏めばそれらを装着して生きていける。そう表の世界では。
そして、身体を欠損してしまった人がこの世界で生きていくのは…………とても厳しいものだ。
「それなのに僕だけこうしてピンピン生きて……」
「なら……ずっとあたいと一緒にいてくれる?」
「…………っ!?」
その一言に言葉が詰まる。
確かにこれは僕の責任。彼女の言う通り一生を懸けて償うべきことだ。
だけど。
『サミー! 絶対に生き残ってくれよ! お前に教えて欲しいこと沢山残ってるんだから!』
『サミー、貴方はとても強いわ、だからまた会えると信じているわ』
『…………頑張って』
「…………ハハッ」
相変わらず僕はだらしない男だ。
女々しい感情が僕の後ろ髪を引いてくる。
あんな出来事があっても僕はまだ青い空への憧れを捨てきれていない。夢を捨てきれていなかった。
「な、サミーにはまだやりたい夢があるんだろ。それならアタイのことは気にしないで夢を追いかけてくれ」
━━━夢を追うサミーの姿を見れる。それが、アタイにとっての幸せだからさ。




