第44話 青い雪
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白茶色の甲板の板に赤い鮮血が飛び散った。鉄臭い匂いが波風と共に流れ、その香りが嫌でも鼻腔を擦って来る。
ばたりと倒れる音が響くと同時にぐちゃりという気持ち悪い音がそいつの身体から聞こえる。
「ぁ…………」
唐突に身体が動けなくなり親玉ウツボの牙に襲われる直前、バラがサミーを突き飛ばして庇ったのだ。
そして、バラは親玉ウツボの攻撃が直撃、脇腹から腰にかけてその一撃を喰らった。
サミーはその光景を眺めることしかできなかった。
「ぁ…………ぁ…………」
また失う。また何も守れずこぼれ落ちてしまう。
自分の力が無いから。自分に勇気が無いから。大切な人を失ってしまう。
『…………そいつもそいつなりの苦労をしたんだな』
過去の声が頭に響く。
違う、苦労なんかじゃない。ただ甘えてただけだ。実力が無いから、というのを言い訳にして。
だけど、もうそれを言い訳にして失いたくない。
━━ドクン
再び跳ね上がる心臓の音。その音が聴こえると同時にサミーは立ち上がる。そして、一歩、また一歩と前へ進む。
「…………ぇ?」
ふと、シアーは驚いたように見上げた。晴れた空から何かが降って来たのだ。
青い、まるで自分の髪の色のような小さな小さな何かが降って来たのだ。
一つ、二つとなったソレは徐々に数を増していき、すぐに雨のように降っていった。
幻想的とも言える晴れの日の雪を見て彼女は眼を見開く、ソレの正体に。
「魔力……神様の与えてくれた力が込められた魔力が降ってる……」
触ると冷たいソレは晴れた空からこんこんと降っていく。
そして雪の発生の原因……サミーはゆっくりと親玉ウツボを地面に這いつくばる蟻を見るような眼で見つめている。
「………………」
周りの現象についてサミーが気付く様子は一切無い。
ただただ、無言で倒すべき相手を見ているだけ。そこに読み取れる表情は無い。
「━━━ァァゥ?」
バラに噛み付いていた親玉ウツボは向けられたその視線に気付く。そして戦慄する、自身を見下ろしている存在に対して。
「"………………"」
サミーは親玉ウツボに向けて右手を掲げる。
そして無言の言葉を紡ぐと。
ポチャンと。軽く水の落ちる音が響いた。
一瞬の音、しかしこの場、いや船にいる全ての生物がこの音を耳にした。
すると突然、親玉ウツボの身体を透明な液体が包み込んだ。
それは透明な水。透き通るほど綺麗な水の塊が親玉ウツボの身体を包み込んだのだ。
「━━━ァァァァ?」
丸いシャボン玉のような形をした水に取り囲まれ困惑の声を上げる。しかしその声はすぐさま変化した。
「━━━ァァァゥ!?」
思わぬ現象に親玉ウツボは叫び声を上げる。
自身の肉体が溶けていたのだ。
音も無く、痛みも無く、まるで水の中に落ちた砂糖のように水に包まれた肉体が溶けていた。
「━━━ゥゥァァァァ!!」
その現象に親玉ウツボはまったく抵抗できなかった。もがいても、もがいても、変わらない死に近づく身体にただ叫ぶことしかできない。
「━━━ァ」
皮膚が溶け、次に牙が溶け、顎の筋肉が溶け、最後には脳みそと溶かし、親玉ウツボの全てを抹消した。
そして全てを喰らい尽くしたソレはポチャンという音と共に弾けて消えた。
時間にして二十四秒、執念の怪物のあっけない最後だった。
「………………」
その特異な現象を引き起こした当人は未だ親玉ウツボがいた場所を見ている。
自身の起こした現象に気付いていないのか、しばらく見つめていると。
「…………ッ、バラ!」
突然、眼を見開きながら倒れている彼女の元に駆け寄るのだった。
青い雪は既に止んでおり、晴れやかな太陽が彼らを照らしている。そして最後に立っていたのはサミー達だった。
さて、何度倒そうとしても立ち上がり、獲物を狙い続ける青海のドン。しかし大切な人を守るための心、そして神の如き力で見事『執念の海魔』を見事滅したのだ。
おめでとう『サミー』。この戦いは間違い無く君の勝利だ。




