第43話 執念のゾンビ
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親玉ウツボとサミーの戦い、その勝者はサミーだ。
だが戦闘はまだ終わっていない。
「全員、残りのウツボを倒すぞ!」
ネックの号令が船内に木霊した。
そこからの行動は早かった。三人の船員が船の中心にいた一体目のウツボを挟み込んで滅多刺しにする。
「よぉし! 俺たちもやられっぱなしじゃないんだぜ!」
船尾の近くにいた二体目はサミーが一太刀で斬り伏せ、三体目はなんと手負いながらもネックが一人で倒したのだった。
そして船尾方面のウツボは全滅し暫しの落ち着きを見せた。
「ネック、大丈夫か!」
「ハハハ……、ちょいと疲れたがまだまだ行けるぜ」
そう言って虚勢を張るネックだが、ずっと船を動かしていた疲労、そして数箇所にウツボの噛み跡が見え、疲労の影響かその顔色はぶどうの様に青くなっている。
急いで治療を行いたいがまだやることが残っている。
「横になって休め! 僕は船首の方へ行く!」
「お、おう、姉御のことを頼んますよ」
そうして船首の方に駆け抜けて行く。
「「━━ァァゥ!」」
「ハァ……ハァ……、来いやウツボ共! アタイが相手になってやる!」
「バラさん……」
船首ではバラが二体のウツボを相手に指揮棒を持ちながら応戦していた。時折り激しい突風がウツボを追い返している。
風魔法を扱えるバラは善戦しているようだがその呼吸は乱れており肩で息をしている。
僕は駆け抜けながら一昨日と同じように水の剣を作り出し、一体のウツボへ振り下ろした。
「バラ! シアー!」
「サミー!」
「サミー…………、へへ、おっそいんだよ!」
そしてその後は単純だ。仲間を斬られたウツボは怒りのまま僕は飛びいてくる、が、空中で呆気なく両断されたのだった。
この船首には僕とシアーとバラ、そして二匹のウツボの亡骸のみになった。
「二人とも、怪我は無いか?」
「おうよ! アタイをなめんなよ!」
「サミーも怪我は無いですか?」
「あぁ、元気だよ」
二人の元気な顔を見て安心した。
さて、何はともあれ僕たちはあの親玉ウツボの襲撃を返り討ちにすることができた。船の修理や怪我した人の治療は必要だが、これで一息吐ける。
「とりあえず怪我した人の治療をしよう」
「了解! それじゃあアタイは船室で━━」
━━━━ザッパーン!!
バラの言葉は波打つ音に遮られてしまった。
高く何かが跳ね、そして『ドスンッ』という音が嫌というぐらいに響いて来た。
「━━━!!」
声にならない叫び声が聞こえる。
緑色のゴツゴツとした肌、そこから垂れ流している真っ赤な血、大きな頭に強靭な牙と顎。そして見開いた瞳。
まるで悪夢のようだ。例えるならゾンビ、倒しても倒しても地の底から這い上がる執念のゾンビだ。
『青海のドン』の執念は決して尽きない。たとえ首だけになったとしても目の前の敵を撃ち倒す執念だけがそいつの原動力だった。
「━━━ァァァァァァ!!」
鼓膜を突き破るような鳴き声を上げながら首だけになった親玉ウツボがサミー達に襲いかかって来る。
「二人とも伏せろォ!!」
冒険者としての勘が身体を突き動かした。
サミーは親玉ウツボから一番近いバラを庇うように前に出て剣を構えた。
「ぐぅ…………!」
親玉ウツボ決死の一撃を受け止めるが、その衝撃に思わず身体をのけぞらせてしまう。
まずい、まだバラはヤツの射程内だ。早くしなくては……!
だが親玉ウツボも素早かった。攻撃を弾かれるも素早く頭を跳ねさせバラへ襲いかかったのだ。
「させるかァッ!!」
「えッ……!」
サミーはバラを突き飛ばして親玉ウツボに割り込んだ。
そして。
「グッ……ァッ!」
脇腹に激痛が襲い掛かる。親玉ウツボの顎がサミーの腹に喰らい付いたのだ。
耐えよう無い痛みに思わず顔を歪めてしまう。
「こ………の…………離せぇッ!!」
サミーは喰らい付く親玉ウツボを掴み力任せに引き剥がし思いっきり投げつけた。
無理矢理引き剥がした影響か脇腹が黒々しい赤に染まっている。だが神の力なのか、サミーの元々の執念なのか、サミーの意識はハッキリと目の前の敵に向いていた。その胸中の思いは一つ、『一発で沈める』。
「"水よ、螺旋が如く撃ち抜け"」
詠唱、そして標的に向けて人差し指と中指を指す。
相手は動けない。魔法を撃ち込むには絶好の機会。
「"バァ━━…………!!??」
━━━━ドクン
しかし魔法は撃ち込まれなかった。いや違う、魔法が撃てなかった。心臓が強く跳ね上がると同時に急激に身体が重くなり膝を付いてしまったから。
「え………………━━━ッ!!」
倒れると同時に襲い来たのは、疲労だった。
動けない、動けない、腕がまったく上がらず、膝で立つこともままならない。それどころか首を動かすのも無理なほどの倦怠感と疲れがサミーの身体に襲った。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ 」
何故、どうして、わからない。
親玉ウツボの毒なのか、それとも大量の血を一気に流したからなのか。魔法を酷使したからなのか。思い当たる節はあれど原因はまったくわからない。
サミーはこの唐突な不調に混乱するしか無かった。
「━━━ァァァァ!」
そして青海のドンはその隙を決して見逃さない。
唐突に倒れた獲物に向かってその顎で噛み砕かんと飛びかかった。
「はぁ…………はぁ…………」
しかしサミーは動けない、指一本動かすこともできずに迫ってくる親玉ウツボをただ眺めるしかできなかった。
一つ、また一つとウツボの顎がサミーに近づく。
「………………」
敵を倒せず、誰も守れず、自分すらも守れない。
━━━あぁ、神の力を手に入れても僕は何もできないのか。
こんなことならあの時にさっさと死んでおけばよかったんだ。
執念の怪物が迫る。僕の死を与える者、その光景が迫ってくる。
まるで三、二、一、と映画のコマ送りのようにその大きな口が僕に向かって━━━
━━━ドンッ
「え…………?」
衝撃、跳ねる感触、それと同時に身体が倒れる。
その唐突な感覚に一瞬だけ脳が理解を拒む。しかし答えはすぐにわかった、誰かに押されたのだ。
では誰がサミーを押したのか。シアーでは無い、船員でも無い、ましてや親玉ウツボでも無い。
「あ…………」
「ハハハ、サミーだけに見せ場を取られてたまるかよ」
そう、サミーの身体を押して親玉ウツボの前に躍り出たのは。
「バラ…………!!」
その叫びと同時に親玉ウツボの顎は彼女の腰を噛み砕き、飛び跳ねた血が紺色のバンダナを赤く染めたのだった。




