第40話 バラ色の人生
*
━━そいつの人生は、まさしくバラのように真っ赤に染まっていったのさ。
昔の話さ。
そいつはこの大陸の西、アローグン王国で生まれたんだ。
小さな店で商人をしている親父に、店の手伝いをしながら育ててくれた母親。そして計算が上手くて優秀な兄貴に可愛い妹の五人で仲良く暮らしてた。
当時の生活は中の下、贅沢はできないが食うのには困らないし、誕生日には美味いメシも食べれた。綺麗な服には興味無く、いつも妹と一緒に走り回って遊んでたのさ。
え? アタイの好きなモン? そりゃあ魚のごった煮に決まってるだろ。あの濃い味がたまらないんだよねぇ。
話を戻すが、まあ漠然とずっとこんな生活が続くんだろうなと思ってた。
転機が訪れたのはそいつが九歳の時。親父が船舶の貿易に成功したのがきっかけだ。
親父は『偶然はありえない、偶然ができるのは必然を知っている者だけ』っていうのが口癖でな、いっつも難しい顔をしながら仕事をやってたものさ。そしてそんな親父が必然にも成功を収めたんだ。
小さな商店だったのがトントン拍子でデッカい商会を構えることになった。メシも誕生日に食べるような物が月一で食べれるようになったり、興味も無いのに綺麗な服を着せられて、それを泥だらけにして近所のガキ達に笑われたりしたものさ。
まさに贅沢な暮らしってヤツさ。そいつはそれを享受していた。
だが親父と母親は慎重だった。
失敗する可能性があるとして、貯蓄をして過度な贅沢は控えていた。そして後を継ぐために兄は別の商店に修行に行かせて、そいつや妹に自分の力で生きれるように仕事の傍ら商売のイロハを教えていた。
モノを売るコツから、人との交渉のテクニック、あとはある程度身を守るための術とか色々教えていた。
親父の教育は厳しかったが、そのおかげで自分自身で生き残れる術をそいつは身につけた。まあ妹は身体が弱くてそっちの方はダメだったがな。
そうだ聞いてくれよ。親父の勉強が終わるとな、いつもお菓子をくれたんだ。飴とか角砂糖とか色々くれたけどな、一度だけ口の中でドロっと溶ける茶色い板のお菓子を貰ったことがあったんだ。あれは美味かったなぁ……
は、ちょこ? なんだそれ?
まあ良いか、それで成功した親父と母親、兄と妹と共にそいつは成長していった。いつかは兄が店を継いで、そいつと妹はどこかに嫁ぐなり自分の店を構えるなりになるはずだった。
だが、そいつが十五歳、成人になった日に不幸な…………いや、忌々しい『事件』が起きた
その事件の前にある冒険者パーティーが店の商品を盗んだとして王国騎士団に捕まったんだ。そしてその時に捕まえた親父を逆恨みしてその冒険者達が真っ昼間に親父の家を襲ったんだ。
そいつはその時に成人の儀式で家にいなかった、だが家でそいつの帰りを待っていた家族は…………悪いな。
帰って来た時に見たのはひでぇモノさ。
親父は頭を真っ二つにかち割られて、母親と妹は四肢を切られて服を剥がされて腹に剣を突き刺さっていた。聞いただけで吐き気がするほど胸糞悪い光景さ。
その光景を見たそいつは大声で錯乱して、その後に事態を聞き付けた騎士団が保護した。
下手人のクソ野郎共はすぐに捕まり、その場で首を斬り落とされた。だが、まだ終わって無かった。
そいつは疑問を持ったのさ、今回の事件に。
普段親父は王国中を走り回っている。そんな親父が偶然家にいる時に襲撃できたのが一つ。
二つはクソ野郎共は家の裏口から侵入し、すぐさま家の逃げ場を塞いでいた、これが二つ。
そ、この事件には黒幕がいるのではとそいつは考えたのさ。親父が口癖で『偶然はありえない、偶然ができるのは必然を知っている者だけ』というのを思い出しながらな。
黒幕は簡単に見つかった。そいつの兄だった。
動機は単純、『親父の貯蓄している金が欲しかった』。
兄は修行していた店の金を盗み、それがバレて借金を背負っていたんだ。そのことを親父に相談したら親父は『自分の失敗は自分で責任を取れ』と突っぱねたらしい。それに怒り狂った兄は今回の事件を起こしたというわけさ。
あぁ、『お袋と妹のあそこは暖かかった』って兄は抜かしてたな。まったく忌々しい話さ。
その後は三流娯楽小説にも出てくるようなありきたりな展開さ。
そいつは兄へ落とし前をしっかりと付けた結果、陽の当たる世界では生きられないようになってしまいました。しかし親父と仲の良い人達が親父への恩を返すために、そいつを店で使っていた船を使ってアローグン王国から連れ出しました。
そうしてそいつは影の世界の住人になり今では親父から教えてもらった商売のイロハを使って密貿易で稼いでいましたとさ。
*
「ありきたりな『物語』はこれでおしまい。めでたしめでたし、ってな」
そう言ってバラは顔を隠すようにして酒を呷る。チラリと見えたその表情は懐かしさと嬉しさと悲しさ、そして膨張し続け止まらない怒りの感情が滲んでいた。
「それで、酔いは覚めたかい?」
「…………あぁ、すっかり醒めた」
そいつは一日で全てを失った。家族、生活、そして未来、ありとあらゆるモノを奪われた。だがそんなことになっても酒を飲みながら笑ってられる。なんというか……少し羨ましい。
「そいつはよかった! さ、次はアンタの番だ」
「はぁ、僕の番?」
「アタイだけに語らせるのかい? なんかあるだろう物語の一つや二つ」
ニヤニヤと目を細め紺色のバンダナを靡かせながら僕の顔を見てくる。
まったく、いきなり無茶振りをするヤツだ。
「はぁ…………これは片田舎に生まれた冒険者を夢見る男の子のお話しだ。
その男の子には二人の親友がいたんだ━━━」
ため息を吐きながら少年の『物語』を語り始めた。
大切な人との別れ。成人の儀式。冒険者になるための試練。親友との別れ。そして…………神と巫女との出会い。
どれも僕にとって欠かせない物だ。それを他の人に話すのは初めてで少し恥ずかしかったが、何故か彼女に対しては気楽に話すことができていた。
「こうして少年……青年は巫女の少女と共に新たな旅を歩み始めたのでした。━━おしまい」
そうして語り始めてしばらく経ち僕の『物語』が終わる。
バラは一言も言葉を発さず静かに僕の語りを聴いてくれた。
そして聴き終わった後に一言。
「…………そいつもそいつなりの苦労をしたんだな」
言葉の感情は読み取れない。同情してたのか、それとも甘ったれたヤツだと思ったのか、その一言だけで彼女がどう思っていたのかはわからなかった。
その一言だけ言うと彼女は立ち上がり、腕を上げ身体を伸ばした。
「うーん! 夜風に吹かれて少し冷えてきたな」
「もう夜も更けて来たからな」
僕も立ち上がり夜の海を眺める。
海が鏡のように星を映し出し、静かな波が海の中の星をゆっくりと動かしている。
「もう寝るか」
「あぁ」
そう顔を見合わせた僕とバラはゆったりとした足取りで船室へ戻った。
「あ、そうだ。あの物語を喋ったのはアンタが初めてだぜ、サミー」
「…………僕も初めてだよ」
「ハハハ! 奇遇だなぁ!」
笑い声がうるさい。
もう深夜だというのに元気に大声を上げるバラに辟易とする。だけど、ほんの少しだけ…………心が軽くなった気がした。
「さあて! 明日も頑張ろう!!」
「そうだな」
この航海も残すは一日。願わくば何も起こらないことを祈ります。
「━━━━ァァ」




