第39話 船上の分かれ道
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サミーはこの状況にうんざりしていた。それでも争いは止まってはくれない。ただ争いと言うにはあまりに一方的な状況ではあるが。
「オリャアァ!!」
大声と共に振り下ろされた大振りの剣を容易に受け止める。サミーはため息混じりに剣を力任せに海賊を壁に押し込んだ。
「つ、強すぎるだろ…………!」
海賊の悲嘆の声を無視しながらサミーは相手の剣を弾き飛ばした。
剣を飛ばされた海賊は甲板に倒れ込んでしまう。そして目の前に剣先が突きつけられた。
「八人目。これで終わりだ」
「ひ……ひぃぃ……」
サミーの周りには気絶し地面に倒れた海賊が七人いた。
八人の海賊は無様にも一人の人間によって撃退されたのだった。
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「はぁ……」
海賊達を海に放り投げた後、甲板に座りため息を吐いた。
太陽も高いこの時だけで既に三つの海賊に襲われた。いくらなんでも多すぎる。一昨日まではまったく襲われてこなかったのに今日は何故かこんなにも襲撃されていた。
「旦那。大変ですね」
「あぁ、今日に限ってなんでこんなに多いんだ……」
後始末を終えたネックが近づいて来た。
「あー、そろそろ目的地の『フェリアル』が近いからそれが理由じゃないすかね」
「なるほどね。ようは訪れる船を待ち伏せしようとしていると」
確かに広い海で商船を探し回るよりは確実だろう。だが、海賊なら襲う獲物を吟味してから襲ってくれ、なりふり構わずやられると僕の負担が増えるだけだ。
「あと姉御から『航路の相談をしたいから船首の方へ来てくれ』と」
昨日の夜に言っていたことだろう。確かにこの海賊の数は少々めんどくさい。
「了解。それじゃあ行こう」
船首にはバラとシアー、そして五人の船員が大樽を囲って僕とネックを待っていた。
「お、来たな。それじゃあ早速始めようか!」
そう言ってバラは樽をバンと叩きながら一枚の紙を置いた。
置かれたのは一枚の手書きの地図、いわゆる海路図というやつだろうか。拙い線が絡み合った地図があった。
「明日にはこの船はフェリアルの近海に到着する。だが、当然ながらそこに待ち伏せている海賊もわんさかいる」
地図上に予測される海賊の数が記されている。その数は五つ。やれないことも無いが少々骨が折れる数だ。
「いや多すぎないか?」
「予想に過ぎないがこれぐらい警戒した方が良いからな!」
なるほど、あくまで最悪のケースというわけか。なら大丈夫かな。
「話を戻すと、ここの海賊どもを相手取るのは面倒くさい! そこでここを通るというのはどうだ?」
バラが指差したのはいくつもの黒い三角形が記された場所。
「ここは?」
「フェリアルの海賊共も近づかない暗礁地帯、通称『ラブル地帯』と呼ばれる場所だ」
「ラブル地帯…………」
つまりこの三角形は確認できた暗礁の数を表しているということか。その数を見るにとても出れそうとは思えない。
「無謀だ。そもそもどうやってその危険な場所を突破するんだ?」
「この地図が使える」
「地図?」
「あ、その説明は俺が」
そう言って今まで黙っていたネックが声を上げた。
「この地図、昔知り合った海賊のヤツからもらった物なんです。かなり正確に書かれてて、一度これを使ってラブル地帯を突破できたんです」
「なるほど」
つまりこの地図でその暗礁地帯を攻略できるというわけか。
それならわざわざ海賊達を相手にするよりは楽そうだ。
「それでアンタの意見も聞きたいんだが、どうだ? 海賊共を相手にするか、暗礁地帯を通るか。アンタとしてはどっちが良い?」
バラは僕の目を見据え、問いを投げかけた。戦闘の危険を取るか、自然の危険を取るか。
「そうだな…………」
海賊達の相手自体は別にそこまで苦では無い。それよりは暗礁に引っかかるのが怖い。だが戦闘の危険を避けれるはデカい。
それに…………、
「…………」
「サミー? どうしました?」
よし、決めた。
「ラブル地帯を通ろう。わざわざ海賊の相手をする必要は無い」
「よし来た! お前ら! 今からラブル地帯を通る準備を始めろ!」
「「「「「「「了解!!」」」」」」」
バラは指を鳴らし大声を張り上げた。船員達はそれに応じ、帆の調整や周りの海の観察を始めた。
「おいおい、僕の意見だけで決めて良いのか?」
「良いんだよ。アンタは信頼できるからな!」
「そうか……」
そう言われると少し照れるな。
まあともかくこの船旅もようやく終わりが見えて来た。このまま何事も無く終わる事を祈ろう。
「よしシアー、僕達も手伝おうか」
「はい。元気に荷物を運びます」
その後は船を重くするために船底で水魔法を使ったり、帆の位置調整をしたりと色々な雑務を手伝った。
「お前ら! 気合い入れてやるぞぉ!」
「うんしょ、うんしょ」
バラは元気よく号令をしながらシアーと共に荷物を運んでいた。
*
夜の海、僕はいつものように甲板に出ていた。
「で、今日も来たんだねぇ」
「……まあね」
隣にはいつものようにバラがおり、いつものように片手に酒のボトルが握られ、いつものようにその顔は既に赤くなっていて、いつものように細長く綺麗な足を晒している。
今日は一段と風が強く、彼女の頭に巻いてある紺色のバンダナが黒髪と共に靡いていた。
「はぁ、風が気持ちいいなぁ……」
そう言ってボトルを口に付け傾ける。ゴクゴクと喉を鳴らす音が静かなこの場所で響いている。
「ぷはぁ!」
「飲みすぎるなよ。悪酔いされたら堪らない」
「お、なんだ? もしやアタイの事を心配してるのか?」
「そんなわけないだろ。ただ親友が酒に弱くて…………」
言葉が途切れる。『親友』。その言葉であの光景が思い出される。
雨の中、赤く染まった自身の身体、そして。
『お前は必要ない』
「…………」
心臓がどくんと跳ね上がる。
忘れろ。あれは何かの間違いだ。アイツが、ライングがそんな事言うはず無いんだ。
しかし脳裏で一度浮かんだ考えは白い服に付いた黒いシミのように離れない。首を振り切り替えようとしてもあの拒絶の言葉が反芻される。
「どうした? すごい汗だぞ?」
「…………ッ」
バラの言葉で我に返る。
「いや、なんでもない。少し船酔いしたみたいだ」
「なんだい! アタイが酔う前にアンタが酔ったのかい?」
そう言ってバラは昼間の時のように大きく笑った。
「そうさなぁ、酔い覚ましに話を聞いてくれるかい?」
「話?」
「そう、どこにでもある『物語』さ」
そう言ってバラは甲板に座り込んだ。
「さ、少し長い話だ。座りな」
「あぁ」
促された僕は彼女に従い甲板に座り込む。
バラは膝の上で頬杖を付きながらぽつりぽつりと語り始める。
「さて、どこから話したもんかね」
そうして酒と潮の香りと共に彼女の『物語』が語られ始めた。




