第37話 シーモレイズバトル
*
この海の上で食べる物は主に三つある。
硬いパンに味が濃い干し肉、そして釣り上げた魚だ。
「あー、釣れないなぁ」
「まだ始めたばかりじゃないですか」
僕の気怠げな声とシアーの高い声が海に響く。
甲板には四人の男女が座り釣り竿を垂らしていて釣れるのをジーッと待っている。
しかし竿にアタリは一向に訪れない。退屈から思わず何度もあくびをしてしまうが、その度に隣にいる男に笑われてしまっていた。
「そうですよサミーの旦那。釣りはゆっくりと楽しむもんですよ」
隣に座っている船員のリーダーの男が薄ら笑いを浮かべて釣竿を上下に動かしている。
「確かにね。君は……えーと……」
「あ、そういえばまだ名前を教えてなかったですね。俺は『ネック』っていいます」
「そうか。ネックは結構釣りも慣れているね」
「ハハハ! 海は俺の生きた場所ですからね、慣れたもんですよ!」
一昨日と昨日の出来事で、僕を襲ってきたリーダーの男、ネックはすっかりと自分の実力を認めてくれていた。
彼はこの船を仕切るいわば水夫長のような人だ。帆の調整や舵取りの指揮、食料の分配などをやっており、この船で無くてはならない存在だ。
「シアーの嬢ちゃんは初めての釣りはどうだい?」
「は、話しかけないでください。魚がかかったらすぐ引っ張るために集中しています」
「そんなに緊張しなくて良いよ」
「ハハハハハ!」
そうしてしばらく釣りを続けていると、風の様子が変わって来た。さっきまでの風の方向が変わり、船の移動速度が落ちた。
「おっと、帆の調整に行きましょうか。旦那、よろしいですか?」
「あぁ、任された」
そうして僕とネック、そして船員の三人で帆の角度を調整のために移動した。
「よーし! 左に引っ張れよ!」
「「おう!」」
初日から何度もやった作業だ、もう手慣れた物になっている。10分もしないうちに調整は終わり、僕達は再び甲板に戻って釣り竿を握りしめる。
「いやぁ、旦那がいてくれて本当に助かりますよ。俺らだけだともっと時間かかるんで」
「これぐらいなら大したことないよ。それにしても何度も帆の角度を調整するのは大変そうだ」
バラを入れるとこの船の船員は七人。そこまで大きくない船とはいえ、この人数で船を維持するには、様々な苦労がありそうだ。
「まあこの船はかなり古いヤツですからねぇ」
「え、そうなのか、結構立派な作りだが」
「そりゃあ作りは立派ですがね、最近の船とかと違って便利な機能が全く無いんですよ」
「便利な機能?」
「最近の船には魔法で作った装置が取り付けられてるんです。帆の角度を自動で調整したりするやつとか、中には風が無くても動くようなやつだったり」
それはまさしく僕の世界にある機械みたいだった。確かに僕は昨今の魔法についての知識が無かったが、まさかそこまで便利な存在になっているとは思ってもいなかった。
「すごいな……この船には装置は取り付けられないのか?」
「無理ですよ。金貨三十枚とかべらぼうな値段なんです」
「あー、それは無理だな」
「それにそもそも俺達は裏の社会の住人です。表立ってそんな装置は買えません」
「そうなんだな」
裏の人間には裏の人間なりの苦労があるんだなぁ。
僕達とは違い世界の人間だが、一度関わってみるとそれなりの人間味というのを感じる。まぁ、酒場で執拗に酒を奢ろうとして貸しを押し付けてくるアイツらは別だが。
「じゃあこの船はどうしたんだ? 大きくはないがすごく立派な船じゃないか」
「あー…………、この船はバラの姉御の物なんです」
「バラの?」
「えぇ、バラの姉御は元々アローグン王国の、」
「よぉお前ら! 釣れてるか!?」
アローグン王国。聞き馴染みのある言葉が出てきた時、まるで見計らったかのように背後からバラが僕とネックの肩に手を回して来た。
「あ、姉御…………」
「なんだネック? 楽しい話をしていたのか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
「まあいいや。お! 嬢ちゃんもやってるんだな。釣れてるか?」
「つ、釣れてません……」
「アハハハハ! まあ気にするな! 嬢ちゃんの分はコイツらが釣ってくれるさ!」
まるで嵐のように響くバラの大声。それに対して、僕とネックは互いの顔を見合わせることしかできない。
そんな時、見晴台から聞こえてくる大きな声が僕達の耳を刺激した。
「北西に魔物! デカいのが船に近づいて来てるぞ!!」
「ッ!」
そうして僕の仕事の時間が訪れた。
釣り竿を置き、剣を持って立ち上がる。
「バラはシアーを守ってくれ。ネックは船員の呼んで守りを固めて」
「あいよ!」
「了解! よし行くぞ!」
「へい!」
二人は任されたと言わんばかりの返事で立ち上がり各々の持ち場に移動する。
「サミー…………」
「大丈夫だよ。さっさと終わらせて釣りを再開しよう」
心配そうな顔をするシアーの頭をポンポンと叩いた後、僕は魔物が現れたという船の北西である左舷へ移動した。
*
船の北西の位置、船首の近くには船員がサーベルを抜いて魔物をいつでも迎撃できるよう警戒している。
「魔物はどうだ!?」
「あそこです、リーダー! 真正面から近づいてる!」
船員の指差した先には確かに蛇のような姿の影がこの船に近づいて来ていた。
数は三つ。影の形からしてかなり大きそうだ。
「警戒しろ! 襲ってくるぞ!」
直後、バシャンという水の弾ける音と共に魔物達は船に飛び乗った。
「…………ウツボ?」
魔物達の姿、それは緑色のヘビのような色合いをしたゴツゴツした肌に見開いた瞳、その大きな顎に針のような鋭い牙はウツボに似ていた。
しかしその体長は2メートル、胴の太さは30センチと僕の知っているウツボとはまるで違った。
「━━━ァァ!!」
「地上でも立てるのか」
三体のウツボは船の上でその大きな身体を起こし、サミー達に狙いを定めている。
「お前らビビるなよ!」
「「「「ウオォー!!」」」」
ネックの号令の元、けたたましい声を上げる船員達。そんな様子を横目にサミーは冷静にウツボ達を見ていた。
三体のウツボはそれぞれ僕達を囲うように蛇行し始めている。
「毒があるかもしれないから噛まれないように注意しろ! 二体は僕が惹きつける!」
サミーは剣を抜いて正面のウツボに斬りかかる。
「ハァ!」
掛け声と共に剣を振り下ろす。しかし蛇行しているウツボは素早く上手く捉えることができない。
だがそれが目的、敵対の意思をコイツらに伝えるのが先決だ。
「━━ァァゥ!!」
斬りかかれたウツボはサミーに狙いを定め近づいて来る。そして大きな顎を開きながらサミーに向かって飛び付いてきた。
狙い通り。サミーは剣を正面に構えウツボの攻撃を防御した。
「"水よ、撃ち放て ウォーターガン!"」
守りながらサミーは魔法を撃ち出した。狙いは船員から最も遠い位置にいるもう一体のウツボ。
水の弾丸はウツボの身体を貫き、小さな穴を作った。が、魔物であるウツボはそれで倒れはしなかった。
(だが、これでコイツも僕に注意が向くはずだ)
「━━ァァァァ!!」
サミーの目論見は当たった。もう一体のウツボは赤い血を散らしながら怒りのままサミーの元に蛇行し始めた。
「よし、ついて来い!」
そう言いサミーは二体のウツボに背を向けて走り始める。ウツボ達はサミーを追うように付いて行く。
右舷を抜け着いたのは船尾。遮蔽物も無い平坦な場所だ。二体の獰猛なウツボは獲物に対して、喉を鳴らして威嚇している。
サミーは右手で剣を構え二体のウツボに対峙する。
この魔物の恐ろしいところは二つ、一つは毒。もう一つは連携だ。
(毒に関しては噛まれなければ大丈夫だが…………おっと!)
「━━ァァ!」
右側面を蛇行していた一体が襲いかかる。サミーは船体を転がり回避、そのまま斬りかかろうとする、が。
「━━ァァゥ!」
「グッ…………!」
もう一体のウツボが攻撃させまいとサミーに飛びかかる。攻撃を防ぎ、体勢を整え再び対峙する。
(昨日みたいな魔法を撃って吹っ飛ばす…………いや、ダメだ)
先日の魔物とは違いこのウツボの質量、そして互いに連携するほどの知能だ。吹き飛ばすだけでは追い払えない。
「「━━ァァァ!!」」
「…………」
二体のウツボの攻撃を回避しながら思考を巡らす。問題なのは反撃しようとしてもすぐさま邪魔をされ攻め切れないこと。つまり手数が足りない。
ならどうするか、シンプルだ。足りないのなら増やせば良い。
「"水よ、刃を持ち我が手に収まれ"」
剣を持たない左手に自身の力を集中させる。
イメージは水の剣。鋭き波を想起させる刃。
「"ダイルソード"」
その詠唱と共に、左手に青い色の短剣が出現した。それは水の刃、サミーの過去の記憶にあった鉄すらを貫く水をイメージした武器だ。
「ァァ!」
ウツボは唐突に現れた水の剣を気にも留めず、サミーへ襲いかかる。
「…………」
これは難なく回避、そして立て続けに来るもう一体のウツボの攻撃は。
━━シュッ!
「一つ」
同じ場所、同じタイミング、分かりきった攻撃に対応するのは容易な事だった。ウツボの攻撃は届くこと無く頭を縦に斬り裂かれた。
この魔法も所詮は真似事。だが、その威力は巨大なウツボを容易く両断するほど鋭く、そして激しい。
「ハァ!」
サミーは返す刀で、右手に持った剣を隙だらけのウツボへ振り下ろした。
「━━ァァァァ!」
これも両断。ウツボは頭を斬り落とされ、その血を海に撒き散らしながら絶命した。
「…………二つ」
二体のウツボを倒しボソリと呟いた後、ネックと船員達の元へ走って行った。




