第34話 海の女・バラ
✳︎
港街の大通りから一つ外れた道、通称『船乗りの道』と呼ばれるの海の近くにある通りにその酒場がある。
扉を潜れば潮の香りが鼻腔をくすぐる。店内には九人の人間。静かな酒場からは食器の音だけが響いていた。
「モグモグ……美味しいです、モグ……」
「………食べながら喋らないでね」
一心不乱にお皿に入った米料理を貪るのは青白く長い髪の少女だ。傍らには既に四枚の皿が積まれており、五皿目もすぐに食べ終わりそうだ。
サミーはその食欲に関心と少しの困惑を混ぜた表情で食べ続ける少女見つめていた。
「あ、姉御……さすがにそろそろ止めるべきでは……?」
「いやぁ、良い食いっぷりだ! これは奢り甲斐があるもんよ!」
紺色のバンダナを巻いた女は大笑いでその食べっぷりに関心していた。
さて、ここはディエルクにある酒場『荒くれ者』海沿いにある船乗り御用達の溜まり場だ。
「モグモグモグモグ…………ぷはあ、ごちそうさまでした」
カチャリ、と少女はスプーンを置き、至福の時間を終わらせる。最終的には大皿の『魚のあらときのこのパエリア』を七皿食べ切った。
「よく食べたね……」
「はい。満足です」
いや、いくら昼ごはんが少なかったとはいえ食べすぎだろう。一体その胃袋はなんだ、これも神の力なんだろうか。
そんなことを考えていると隣に座っていた女が口を開いた。
「さぁてと、そろそろ始めようか?」
「あぁ、こっちも色々聞きたいことがある」
「オーケー! ならアンタから質問しな。仕事の話はその後でいいさ」
コップに入った酒を飲みながら、バラという女はこちらに質問を促した。
さて、まずは何から聴こうか。
「まずはアンタらは何者だ?」
「そうさねぇ、まずアタイらは『ローズヒップ商会』。つまるところ商人さ。ま、ただの商人じゃあないがね」
「ローズヒップ商会……?」
商会が沢山集まるルートデイでしばらく過ごしていた僕でも聞いたことない名前だった。
「まあ言ってしまえば、密売をやってるのさ。それも輸出入が禁止されたりしてる物をね」
「なるほど。そっちのヤツか」
この世界で輸出入が禁止されている物は主に二つある。『植物の種』と『歴史的な遺物』だ。
植物の種は分かりやすく、その土地の生態系を崩してしまうのを防ぐため。
歴史的な遺物、もっと言ってしまえば『大昔に存在した兵器』だ。この世界にもそう言った兵器は存在しており、普通ならその国で厳重に管理されているが、中には遺跡から出土した物がありそれを冒険者が見つけたりしている。
どちらも国を危険に晒してしまうが故に例外を除き他の国での取引は禁止されている。
しかし、禁止されているからこそ、そこに需要は生まれる。金を持った物好きが裏のルートでそれらを高く買ってくれる。そしてそれを取り扱っているのがこのこいつら『ローズヒップ商会』というわけだ。
「アンタらの素性はわかったが、そんな商人がどうして僕の名前を知っている?」
「お、やっぱり気になるよなぁ」
その質問にバラは待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべる。
「いやさ、アタイ達の仕事で人が足らなくなったのよ。そんな時、とある親切な人にアンタを紹介してもらったのさ」
「親切な人……、一体誰だ?」
「そうさねぇ、『緑のネズミ』と言えばわかるかな?」
緑のネズミ。その言葉を聞いて思い出したのは上質な服を着た小さな子供の姿だった。
そうか、アイツらか。
「はあ…………」
「おや、どうしたんだい?」
まさか既に補足されていたとは。あれから三日も経っていないのに。相変わらずの神出鬼没さに舌を巻くほどだ。
「いや、なんでもない。それで、男六人をけしかけてまで僕になんの用だ?」
「お、ようやくその話だな!」
バラはニヤリと笑って一杯飲んだ。
この女、一癖も二癖もあり、尚且つその掴み所の無い飄々した態度。一体何が目的か全くわからない。
「なぁに、簡単ならことさ。さっきも言ったがちょいとアタイ達の護衛を依頼したいのさ」
「護衛? 船のか」
「そ。残念なことに元々頼むはずのヤツが大ケガしちまってさぁ、そんで海に出ると海賊やら魔物やら怖いだろ? さあ困ったなぁ、というところに! 親切なネズミさんがアンタのことを教えてくれたのさ。コイツらをけしかけたのは……まあ本当に実力があるかの試験ってところかね」
つまり最初から僕達の事を知っててけしかけたということか。それも命を狙いながら。
「その話を聞いて僕が受けると思ってるのか?」
「受けるだろ? アンタと嬢ちゃんは渡りが目的だ。だがこの辺りで渡りを請け負えるところなんて殆ど無い。だからアンタは受けるしかない」
明らかにこちらの目的を知っての頼みというわけだ。そして僕はその頼みにイエスと答えるしかないというのも目の前の女は確信している。
ようはは全て計算ずくだったわけだ。僕と彼女はそれにまんまと引っかかった。こういった手合いは油断も隙もない。
だがしかし、この状況はまさに渡りに船だ。
「わかった。その依頼を受けよう」
「よしきた! それじゃあ明日の早朝、港の三番停泊所にある船に来てくれよ。豚の旗が目印だからな!」
そう言って彼女は勢いよく立ち上がり、店を出ようとする。しかし店の扉を開けた時にこちらへ振り返った。
「あ、話は通してるから、今夜はこの店で寝ときな。それじゃあまた明日よろしくな!」
そうして嵐のような時間が過ぎ去った。
元々の計画とは違うが、まあ本来の目的は達成したからいいだろう。
「サミー、眠くなってきました」
「…………まああれだけ食べたからな」
青白い髪の少女はうつらうつらとした瞳で座っていた。
身体は左右に振っており、今にも寝てしまいそうだ。
「サミー、もうねましょう」
『サミー、もう寝ようね』
「…………ッ」
彼女と大切な人の姿が重なったようにフラッシュバックする。……彼女とお母さんは別人なんだ。そう、まったく違うんだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いや……、大丈夫だよ。うん、明日も早いからもう寝ようか」
そうして僕と彼女はマスターから毛布を借りて、この酒場で一夜を明かした。
眠るまでの間、僕の脳裏にはお母さんと過ごした日々が浮かんでいたのだった。




