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第29話 夜も更けた頃

    ✳︎


「僕はこれで失礼しますね」

「そうかい」


 仕事の話から四十分ほど経った頃、『ローランド』はグラスの中にあるカクテルを飲み干し席を立った。


「それでは依頼の件、よろしくお願いしますね。あ、あとここのお代を持ちましょうか?」

「いらない。いいからさっさと行け」

「ハハハ、ではさようならー」


 右手でシッシと払う仕草をする僕を見て『ローランド』は嫌らしい笑みを浮かべながら去っていった。


 そうして店内には僕一人になる。

 まあマスターはいるが、僕に声をかけるでもなく無言でグラスを拭いている。


「ふぅ…………」


 酒を飲み、静かな店内で息を吐く。

 依頼について、これからについて、ライングとシオン、そしてケーアについて。

 今の僕の頭の中には様々な感情が流れている。

 

「無情だよなぁ」


 ついつい声が漏れるてしまう。

 異世界に生まれ変わってもこうして様々な悩みが浮かんでくる。

 生まれ変わった異世界で最強無双なんてモノはまさに夢物語。思い通りにならないのが人生とはよく言ったものだ。

 

 ━━カラン


 そんな時、酒場の扉の開く音が。

 普段はあまり人が寄り付かないこの酒場。そんな場所に訪れたのは。


「やっぱりここにいたのね。…………サミー」

「…………シオン」


 長い銀髪を靡かせた女性。青い空(ブルースカイ)のメンバーであるシオンがこの静かな酒場に訪れたのだった。

 店に入ったシオンはゆったりとした足取りで先程まで『ローランド』が座っていた席に座った。


「…………さっきまで誰かいたの?」


 カウンターに置かれた空のグラスを見ながら聞いてきた。

 

「ローランドだよ。依頼について話してたんだ」

「依頼?」

「あぁ、詳細については明日話すよ」


 一口酒を飲む。

 そうだな。シオンには話しておいたほうがいいだろう。彼女は冷静な人だ。この話もしっかり聞いてくれるだろう。


「あとさ……、この依頼を最後にパーティーを抜けようと思うんだ」

「……え?」


 僕の言葉にシオンは言葉を詰まらせた。

 そして長い沈黙の後、シオンが重々しく口を開いた。


「……………………どういうこと?」

「そのままの意味だよ。ローランドの依頼を最後に青い空(ブルースカイ)をやめるんだ」

「違う。何で抜けるかを聞きたいの」


 もっともな疑問だ。だが彼女にも心当たりはあると思う。


「今日の依頼の後さ。ケーアが部屋に来たんだ」

「ケーアが?」

「その時に言われたよ、『貴方はこのパーティーの成長を妨げている』ってさ」

「まさか、それが理由で」

「それだけじゃないけどね。だけどさ、日に日感じて来るんだ、『みんなに比べて僕は弱いってね』。それだけなら僕も気にしなかったんだけど、そこにケーアの言葉だ。やっぱりもう限界だなって感じてさ。だから僕のためにそして青い空(ブルースカイ)のために」

「マスター」


 延々と話を続ける僕に、痺れを切らしたかのようにシオンは声を上げた。

 その顔色は怒りと、悲しさが含まれていた。


「彼と同じお酒を」


 僕の傍らに置いてある酒のボトルを指差しながら注文した。

 マスターは無言でシオンの目の前にグラスを置き、酒を注ぐ。


「はぁ? いやシオンお酒弱いだろ」

「私だって飲みたくなる時があるの。サミーに文句を言われる筋合いは無いわ」


 なんで急にそんなことを。

 とはいえシオンは頑固なヤツだ。止めても無駄だろう。


「…………コクッ」


 シオンは注がれた酒をゆっくりと飲んだ。

 さて、シオンとライングの酒の弱さは一級品だ。一口飲むだけで顔が赤くなるほどに。


「サミー、しっかり聞いて」


 顔を赤くしながら僕の方を見た。

 まずい。ここから烈火のような言葉が繰り出される。と、思っていたが。


「私もライングも、もちろんケーアだって貴方が邪魔だなんて一度も思っていないわ」


 シオンの口から出たのはそんな一言だった。

 その光景に僕は二つの意味で驚いた。


「……別に慰めて欲しいわけじゃ」

「慰めてなんかいないわ。私は事実を言ってるの」


 その冷静な口調はいつも通りのシオンだった。

 そしてその冷静な口調から出された言葉は姉が弟にする説教のようだった。


「確かに、戦闘能力だけなら貴方は私達より劣っている。これは紛れもない事実よ。だけどね、冒険者は戦闘が全てじゃないの。物資調達、交渉、作戦立案、指揮、移動手段の確保、運搬、情報収集。冒険者はこれだけ沢山やらないといけないことがあるのよ」


 シオンが言っているのはパーティーの役割で言うところの『後方支援』だ。主に戦闘に関わらないパーティーの運営が主な仕事になる。


 規模が大きなパーティーになってくると、受ける依頼の規模も大きくなる。それ故に必要物資や動く人の数も多くなり、それらの調達が大事になる。


 これらの理由から後方支援はパーティーを支える『縁の下の力持ち』と言われている。

 しかしシオンは何故いきなりこんな話をしたのだろうか?


「シオンが何を言いたいのがわからないよ」

「わからないの? 私たちの中でいつも報酬の高い依頼を持って来てるのは誰? 戦闘で作戦を立てているのは? 馬車の調達に商人との交渉をしているのは? あの神出鬼没の情報屋のローランドがわざわざ表立って顔を見せてる相手は誰?」

「いや、それは……」


 依頼は冒険者ギルドにあるものを選んでいるだけ。


 作戦の構築は大体は『ライング前、シオンとケーア後ろ、僕二人を守る』という大雑把なモノ。


 馬車調達や商人の交渉は行きつけの店で知り合った人に紹介してもらっていただけ


 『ローランド』についてなんて僕が聞きたいぐらいだ。


 言ってしまえば、ただただ『運が良かった』だけなんだ。

 それに青い空(ブルースカイ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったから━━━━。


「あ…………」

「やっと気づいたの? そうよ、私たちには貴方が必要なのよ。だからパーティーをやめるなんて言わないで」


 上擦った声で話すシオンの眼には小さな涙が溢れていた。

 そうか、僕はこのパーティーに必要な存在だったんだな


「悪かったな」

「うん、いいのよ。上手く伝えていなかった私も悪いし」


 我ながら恥ずかしい。勝手に自分をいらない存在と決めつけて、そして大切な親友の心を傷つけてしまったのだ。穴があったら入りたいとはこういうことなんだろう。


 だけど、後方支援が僕に必要な役割ということは。逆に言えば、僕は戦闘では役に立てないということだ。


「どっちにしろ、これ以上前衛を続けるのは僕には難しい。この依頼を最後に前衛をやめて後方支援を専門にするよ」

「…………そうなのね。それがサミーの決断なら止めないわ」


 後方支援の専門というのは珍しくはない。大きなパーティーでは必ず一人は存在するし、中には後方支援の人員を派遣するためのパーティーだってある。


 青い空(ブルースカイ)はこれからもっと大きくなる。そのために僕は僕なりにできることをやろう。


「このことはライングとケーアには黙っててくれ。僕の口から話したいから」

「わかったわ。それまでは私たちの秘密ね」


 そう言ってシオンは僕と自分のグラスに酒を注ぎ始めた。


「何やってるんだ?」

「少し早いけど乾杯しましょう。サミーの新たなスタートを祝って」

「……まぁ、いいけどさ」

 

 僕達はグラスを持った。

 そういえば誰かと乾杯するのって初めてだ。

 最初の相手がシオン(女性)っていうのはちょっとだけ緊張しちゃうな。


「それじゃあ」


「「乾杯」」


 ガラスの音は響かない。お互いがグラスを少し掲げ中に入ったお酒を飲んだ。


 初めての乾杯のお酒の味はいつもと変わらない。だけど、さっきまで飲んでいたお酒よりも美味しく感じたのだった。

 

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星空を見上げれば〜私達は星々の夢を見る〜 短編の近未来ファンタジー百合小説です。 本作品と併せてお読みいただけると嬉しいです。
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