第28話 笑い話
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「う、うーん…………」
背中に感じる固い感触、肌に感じる寒い空気に僕はうつらうつらと眼を開けた。
すると目の前には青白い髪の少女の顔が僕を見下ろしていた。
「………………」
「うわぁっ!」
びっくりして思わず飛び退いてしまった。
焦るように周りを見渡すとそこは洞窟の奥地、先程の激しい戦闘の跡は残っていたが倒した巨大オオカミの姿は無くどこか広く感じる。
そんな僕の光景を見て少女は不思議そうに首を傾けていた。
「どうかしましたか?」
『どうかしたの、サミー?』
「…………ッ」
少女の何気ない言葉。その懐かしい声を聴いて僕は胸が跳ねてしまう。
似ている、声も似ている。まだ幼く、呂律の回っていない声だったがお母さんの声と全く同じだった。
「なんです?」
「あ、いや…………、それよりどうして君はここに居るんだ?」
よくよく考えたらどうして彼女がここに居るのだろうか。彼女はずっとあの空間で眠っていたはずだ。
僕の言葉に少女はこくりと首を傾けた。
「えーと、神様が言っていました。『貴女は転生したばかりでまだ魂が未熟です。なので救世主の下で修行を付けて来てください』って」
「修行?」
「はい、『救世主に仕えて成長してきなさい』って言ってました」
つまりあの神はこう言っているのだ。『まだ幼い巫女の保護者をやれ』と。
どうやらあの神はかなり我が儘なヤツらしい。次会った時は文句の一つぐらいは言っておこう。
そんな事を考えていると少女が突然僕の目の前に手を差し出した。
「神様に言われた通り、わたしはあなたに仕えます。なんなりと言ってください」
「…………」
顔、声。全てが似ている彼女がこうして僕に跪いた。
歓喜、困惑、疑問。言葉で説明できない複雑に絡み合った感情が溢れてしまう。
そうして彼女の言葉に僕が出した返事は。
「とりあえずここから出ようか」
彼女の差し出した手を取りながらどこにでもある言葉を言うのみだった。
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薄暗い道をしばらく歩き洞窟を抜けると、雲一つない綺麗な青空が僕たちを出迎えた。
「…………」
「…………」
道中は二人とも無言。サミーは何を話せばいいのか分からず、少女の方は特に話すことが無いので黙っていた。
「うぅ…………」
太陽の眩しさに思わず眼を覆う。
いつも見る空はどことなく暗く、見上げても陰鬱とした気持ちにしかなれなかった。
久しぶりだ。こんなに晴れ晴れとした綺麗な空を見たのは。
「「「グギャァァァ!!」」」
しかしそんな爽やかな空気に水を差す存在が。
そいつはリザードマン。どうやら洞窟の前を陣取っていた奴らの仲間のようでこちらに気付きドスドスと駆けて来る。
数は三匹、今にも襲い掛かって来そうだ。
「キミは隠れててくれ」
そう言って少女を下がらせ剣を抜いた。
その直後、トカゲの魔物の一体が大きな爪を振り下ろした。
━━ギンッ
この光景にサミー自身も驚いた。普段なら盾で受け止めるのにも苦労するであろう攻撃が剣一本で簡単に受け止めれたのだ。
そうして攻撃を防ぐと、反撃のために言葉を紡ぐ。
「"水よ、螺旋が如く撃ち抜け"」
魔法の詠唱、魔物に左手の人差し指と中指を向ける。そして、
「バァン」
気の抜けるような声と共にサミーの二つの指から水の弾丸が撃ち出された。
バシュッという軽い音が鳴ると、魔物の身体に二つの穴が出来上がった。
「一つ」
撃ち抜かれ倒れる魔物。
そして残った二匹の魔物を見据え再び詠唱を始める。
「"水よ、流水をもって刃の如く切り裂け"」
指で空をなぞり一本の線を作る。
「グギャァァギャァ!!」
なぞった線の先には声を上げながら襲い掛かる二匹の魔物。
仲間を倒され怒り狂っている。だがもう遅かった。
「"放て!"」
パチンと指を鳴らすと同時になぞった線から水が勢いよく噴き出した。
「「ギャァァァ!!」」
凄まじい水圧の水は魔物を刀で斬ったかのように血を噴き出しながら真っ二つになり、斬られた上半身がバタリと倒れた。
「…………」
サミーは神の力を受け取った。
その影響でトカゲの魔物の一撃を軽々と受け止めれる肉体。朧げに覚えていた自身の適正属性である水の魔法を簡単に、そして強力に使えるようになった。
「ハハハッ、これが神の力ってやつか」
手に入れた力を見て、感じて思わず笑ってしまう。
『はあ……はぁ……疲れたぁ!』
『おいおいサミー! そんなんじゃ冒険者になるのも一苦労だぞ!』
「ククククッ………!」
今までの努力は何だったんだと。笑う。
『サミー! 絶対に生き残ってくれよ! お前に教えて欲しいこと沢山残ってるんだから!』
『サミー、貴方はとても強いわ、だからまた会えると信じているわ』
『…………頑張って』
「ハハハハ………!」
あの時の苦労は必要無かったのかと。笑う、笑う。
『約束してサミー。自分の心にだけは絶対に嘘をつかないでね。それってとても苦しくて、悲しいことだから』
何で今更こんな力が手に入ってしまうんだと。笑う、笑う、心の底から笑う。
「アーハッハッハハハ!!」
これが笑わずにはいられない。
笑って、笑って、笑って、沢山笑う。表情筋が歪んでしまうぐらい笑う。顔が痛くなっても笑う。
「………………」
少女はそんなサミーを無言で、そしてどこか悲しい目で見ていた。
「ハーハッハハハハッ!! ━━━━━━はぁ……」
ひとしきり笑った後、ため息を一つ吐く。
時間にして4分26秒。とても長い笑いだった。
そうして笑いに笑ったサミーの下に少女が駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「はぁ……。うん、もう大丈夫だよ。悪かったね。いきなりうるさくしてしまって」
「いえ」
少女は興味が無いような返事をした。
区切りは付いた。心の整理はまだだけどこの力を受け入れることができる。
「それでは、この後はどうするのですか?」
母親に似ている少女。この娘についてもまだわからないことだらけだけど、これからわかるだろう。
今は戸惑いながらでもゆっくりと仲良くなろう。
「とりあえず、歩こうか」
「はい」
あんな事があったからパーティーの下へは戻れない、故郷にも今更戻れるはずがない。
目指すなら、どこか遠くに行きたい。
「そういえばあなたの名前はなんですか?」
「うん? 僕はサミー。君の名前は?」
「わたしは、…………名前がありません」
「そうか、…………まあこれからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします。ボクハサミー」
「…………サミーね」
行く当てのない旅、だけど僕は一人じゃない。
まだ名前が無い少女と一緒に歩き始めたのだった。
これにて第三章『僕の戦い』は終わりです。
ここまでご覧いただき誠に有難う御座いました。
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それでは今回はこれにて、次のお話もお楽しみ




