セフ令嬢は反抗する
「……お父様……」
ハッシュとの別れの儀式を一方的に済ませ、
引っ越しの荷造りを始めようとした矢先に予想だにしなかった人が私の部屋を訪れた。
私の実父、オルライト男爵ケンドール。
私に対しほぼ育児放棄をし続けた末、再婚に伴い家を追い出した張本人だ。
今は再婚した女性との間に男児を設け、娘の事なんて居ないものとして暮らしていると思っていたのに。
一体どういう風の吹き回しだろう。
話があるという事なのでとりあえず仕方なく部屋に上げ、お茶を出した。
父はさして興味もなさそうに部屋の中を一瞥してから私に告げた。
「感謝しろ、お前の嫁ぎ先を決めてやったぞ」
「………え?」
この人今、嫁ぎ先を決めたと言った?
そして感謝しろと?
………今さら?
「お断り申しあげ…「お前に拒否権はないぞ。これは既に決まった事だ」
断りを入れ終わる前に私の言葉を遮って父がきっぱりと言い放った。
相変わらず横暴で、相変わらずこの人は本当に私の事が嫌いなのだなと思う。
私は愛人と出て行った生母にそっくりらしいから、母への憎悪が全て私に向けられているのだろう。
少し前まではその理不尽さに傷付き、嘆き悲しむ事しか出来なかったのに。
まるで父親に憎まれるために生まれてきたような自分の生に絶望を感じていたのに……。
それが不思議と静かに心が凪いでいるのは、
ハッシュが私に生まれてきてくれてありがとうと言ってくれたおかげなのだろう。
そんな私の心中など知る由もない父が訊ねてもない情報をベラベラと話す。
「お相手はケボロイ前子爵だ。三人目の後妻と離縁したばかりらしく、お前みたいな可愛げのない娘でも引き受けて下さると、有り難いお言葉を頂いたぞ」
ケボロイ子爵って、確か孫もいるようなお年だったはずだけど。
なるほどね。両家の思惑が腑に落ちて、私は父に言った。
「……その老子爵だったら持参金無しでも嫁げるわけですね?いつまでも私を未婚のまま放置していると非難される事もなくなりますし、子爵家にしてみれば体の良い介護要員を得られる訳…ですか」
私のそのもの言いが気に入らない父がテーブルを叩いて声を荒げた。
「なんだその生意気な口の利き方はっ!!女のくせに文官の真似事をして働くから付け上がる訳だなっ、お前の母親にそっくりで反吐が出るわっ!!」
「私が働くのは生きるためです。一人家から追い出されて、収入を得ないで生きていけるとお思いですか?アパートさえ与えておけばそれで親の義務を果たしたとお考えなのですか?」
凄い、凄いわ私!父親に対しての反論がツラツラと出てくる!
今までの私は何も言い返せず、ただ父にぶつけられる理不尽さに耐えていただけだったから。
言いたい言葉を全て呑み込んで、嵐が去るのを待つだけしか出来なかったのに、それが今では……
アドネが、先輩が、そしてハッシュが私の何かを変えたのかもしれない。
私は更に父に告げた。
このまま父の言いなりで老子爵の後妻になるなんて絶対にイヤだったから。
「私は結婚なんてしません。一生独身でいるつもりです。私にその決断をさせたのは他でもないお父様、あなたです。それなのに今さら父親面して結婚しろなんて言わないで下さいっ!親らしい事なんて、今まで一つもして来なかったくせにっ!」
「っな……!?」
きっぱりと言い放つ私に対し、父が驚愕の眼差しを向けてくる。
まさか私がここまで自分に反抗するなんて思いもしなかったのだろう。
父はわなわなと震え出し、自身の拳を握り締めている。
その甲には青筋が立ち、もの凄い力が込められているのが分かった。
そしてその拳が、私に向かって振り下ろされる。
「このっ……!クソ生意気な女がぁっ!!」
「っ!!」
殴られる、そう理解した途端に恐怖が湧き上がる。
今この時、助けて欲しいと心に浮かんだのは……
ーーハッシュ……!
だけど彼はここにはいないのだ。
そして私を守ってくれる人間なんて……誰もいない。
今までも、そしてこれから先も。
私は来たる衝撃と痛みを覚悟した。
ぎゅっと目を閉じ、身を竦める。
だけどその時、
ドガァァンッ!!
と、凄まじい音を響かせて、玄関のドアがぶち破られた。
「「!?」」
衝撃により父の拳が既のところで止まった。
私と父が同時に玄関の方へと視線を向ける。
そして改めて驚愕した。
なんとそこに、仁王立ちで腕を組んでこちらを見据える一人の女性が居たのだから。
「っ!?あなたはっ……!」
その女性と直接的な面識はないが、私は彼女の事を知っていた。
だって彼女こそがハッシュと腕を組んで歩いていたあの女性なのだから。
今日は濃いめのスモーキーグリーンのツーピースを着ている。
その彼女が瞠目する私に言った。
「こんな訪問の仕方でごめんなさいね?だって言い争う声が表まで聞こえていたものだから☆でもとりあえずご挨拶させて貰うわね♡ハジメマシテ、私の名前はブリジッド。アナタの彼ピッピ、ハッシュのママンよ。よろしくね♡」
「………え?……………ええぇっ!?」
アパート中に、
私の声が響き渡った。
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さーせん、次回の投稿は明日の朝となります。
。゜(゜´ω`゜)゜。