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セフ令嬢は決断する




ハッシュから馴染みのない香水の香りがして、

その上街で年上と見られる女性と腕を組んで歩いている姿を見た私。


その時の記憶を反芻して、相手の女性の事を考えてみる。


エンジ色のツーピースを着こなし、完璧なお化粧に完璧なヘアスタイル。

まるで舞台女優さんのように洗練された美しい女性ひとだった。


私は姿見で自分の姿を改めて見る。

そこに映っていたのは平凡なライトブラウンの髪を緩くサイドに結っているだけの冴えない薄化粧の女。

ありふれたワンピースを着て、自信なさげに立っていた。


………どー考えても向こうが本命だ。


先輩の話だと普通セフレは何人もいるものらしいけど、

ハッシュのあの真面目な性格を考えたらそんな事はしないような気がする。


彼にとって私が異色なだけで、本来ならセフレを持つような人ではないと、そう思う。


それなら、私は身を引かなければ。


ハッシュに新しい出会いがあって彼が幸せになれそうなら、

セフレの私が彼の側に居続けてはいけない。


だってハッシュはあんなに嬉しそうに、そして幸せそうに微笑んでいた。

大切な人を失い、ある時期憔悴しきっていたというハッシュが再びあんな風に笑えるようになったのなら、私に出来る事は引き際をわきまえる事だけだ。


いつまでもこんな傷の舐め合いのような関係を続けずに、彼は先へ行くべきだ。


そう思うと涙が出てきた。

いずれこんな日がくるとは分かっていたはずなのに。

いざその日が訪れると、彼とお別れする寂しさと悲しさで胸が押し潰されそうになる。


息の出来ないこの苦しさが、私にとっては彼がセフレではなく本当に恋をしてしまった人なのだと改めて自覚させる。


いっそあの最初の夜みたいに泣いて縋ってあの女性は誰なのか、彼女ではなく私を選んで欲しいと訴えてみる?


だけど………ハッシュを困らせるだけだと分かっていてそんな事は言えない、言えるわけがない。


この国では貴族と平民の婚姻は認められていないから。

それにハッシュに大切な人を蔑ろにさせて私との関係を続けさせるなんて、そんな事出来る筈がなかった。


「やっぱりお別れしないとね……」


部屋の中で一人、口に出してそう呟くとすとんと何かが心の中に落ちていった。


よくわからないけど自分の中で答えが出た、そんな感じがした。


だけどどうやってこの関係を終わらせたらいいのだろう。


ハッシュに直接「もうお別れしましょう」と伝える?



…………未熟者の私が、上手にお別れを告げられるのか自信が持てない。


本当は別れたくない、私以外の人と幸せになって欲しくない、そんなぐちゃぐちゃな感情を彼にぶつけてしまうかもしれない。

私みたいな女にそれをされたらさぞ迷惑な事だろう。


彼は、ハッシュは本当に私に優しくしてくれた。

たとえ一時でも愛するというものがどんなものなのかを教えてくれた。


そんな彼の幸せを願える自分でいたいから。

彼の心の中に後味の悪い存在として残りたくはないから。

だから、ここでお別れしなくては。


じゃあどうすればいいのか。


こういう時はやはり、セフレ人生経験が豊富な先輩に聞いてみよう。

ていうか他に相談出来る人間がいない私は、さっそく次の日のランチタイムに先輩に訊ねてみた。



「先輩、また友人の話なんですけどね。彼女がセフレとの関係を終わらせたいと考えているようなんです。でも相手に話して上手く別れられる自信が無いらしくて……どうしたら綺麗に別れられると思いますか?」


私のその言葉を聞き、先輩は言った。


「え?何?あなたセフレと別れたいの?」


「ちょっ、私の事じゃなくて友人がですよっ?」


「ふぅん……まぁいいわ、要するに波風立たせずに別れたいという事なんでしょ?」


「はい、そうなりますね」


「それなら、フェードアウトしかないんじゃない?」


「フェードアウト?」


また初めて聞く単語が出てきた。

先輩はどれだけ博識なんだ。

私がオウム返しでその単語を口にすると、先輩はその方法を教えてくれた。


「徐々に接触を絶って会わないようにすればいいのよ。そうすればいつの間にか関係は終わってるわ。セフレなんて、会ってヤらなければそれで終わりだもの」


「な、なるほど……」

だけど“ヤらない”ってどういう意味だろう。


「でもアンタ、職場も家も知られてるんでしょ?向こうから来られる環境であればフェードアウトは難しいかもね」


「ど、どうすればいいのでしょう……」


「本気で別れたいなら仕事を変えて家も引っ越す、そのくらい徹底的にやらなくちゃ。まぁ仕事を辞めると生きていけないから、当面はバックヤード担当になって表に出なければ接触は防げるんじゃない?アパートは引き払うしかないけど」


「なるほど、バックヤードの担当なら利用者さんとの接触はしなくても良いですものね。でも引っ越しかぁ……」


「家を知られてるんならいつまでも押しかけられてズルズルと関係が続くわよ?そうならないためには消えちゃわないと。ちなみに私は過去三回引っ越してるけど、みんな痴情の絡れやセフレを切る為にだからね」


「先輩……猛者すぎませんか?」


「ふふふ、もう猛っ者猛者でしょ?」


「凄すぎです」



と、先輩の名アドバイスを得た私は、

とりあえず新しいアパート選びから着手する事にした。


なんと運良く丁度良い手頃な物件が見つかり、契約もすんなりと終了。

父が契約したアパートだったが、それを勝手に解約した後に私が何処で暮らそうが興味はないだろう。


引っ越しの段取りも整い、その時点で私は当面の業務をバックヤード担当に変えて貰えるように上官に願い出た。


それらの準備をわずか二週間でやってのけた私。

やれば出来る子、私って凄い!


そしてこれまたベストなタイミングで、

カウンター業務が今日までという日に図書室に訪れたハッシュからいつものお誘いを頂いた。


本当ならもう会わない方がいいのだろう。


でも私は、最後にどうしても彼との思い出が欲しかった。


彼とすごす最後の夜を。


初めて好きになった人との最後の思い出を。


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