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セフ令嬢は強く願う


「こんばんは、ミュリア」


私の部屋に私の大好きな人が来た。



彼と関係を持ったのは最終的にはお酒の勢いだったけど、

互いに身の内に潜む悲しさを誰かと共に抱きしめる、そんな始まり方だった。


きっと互いにその時感じた温かさを手放す事が出来なくて、こうして今も寄り添う夜を重ね続けているのだろう。



「お腹空いてるでしょ?」


「うん。今夜はミュリアの作った食事が食べられると思ったらもう…昼過ぎから腹の虫が鳴ってた」


「ふふ」


剣帯から剣を外しながらハッシュが部屋の中に入った。

彼と距離が近づいた時に、ふわりといつもの香りがした。

騎士団のシャワールームに置いてある石鹸の香り。

哨戒や訓練などでかいた汗を、ハッシュはいつも流してからここに来る。


ーーじゃあすぐに夕食にしてもいいわね。


香りでその後の行動を察しながら私はすぐに食事の配膳を始めた。


「今日も美味そうだ」


そう言ってハッシュもお皿やグラスを並べたりと手伝ってくれる。


大体二人で会う夜はこうやって私の部屋で食事をする事から始まる。

時には外で食事をする事もあるけれど、ハッシュは絶対に王宮の近くや貴族の姿がちらほら見られるようなエリアの食堂には入ろうとしない。


もちろん人目を気にしての事だろう。

私たちの関係は誰にも知られていないのだから、

迂闊な行動はしないと決めているようだ。

王宮騎士は品行方正を求められるから……。


本来なら一応貴族令嬢である私の方がそんな注意を払わなくてはいけないのだろうけど、もはやどうでもいい。

オルライト男爵家の体裁なんて、気にしてやる謂れはない。



「旨い!この蒸し鶏、いくらでも食べられるな」


「レモンを絞って岩塩を付けても美味しいのよ」


「……本当だ、なんだこの旨さは……」


「ぷ、ふふふ」


二人で食事をしながらたわいもない話をする。

結構な量を作ったと思ったけど、食事はほとんどハッシュの胃袋の中に消えた。


痩身なのに何処にそんなに入るの?

筋肉モリモリだからそれがモリモリ食べちゃうのかしら?


なんて事をいつも考えてぼんやりしていると私の方が食べられちゃったりする。


いつもソファーかベッドで始まって、

ハッシュの時間が許す限り私たちは互いを求め合うのだ。

二人だけの濃密な時間。


先が見えない関係というか先が期待出来ない関係だからこそ、私たちはこの夜を大切にするのだ。


初めての夜は私から誘った。


その日、生家のメイドで親代わりに世話を焼いてくれたアドネから継母が男児を産んだ事を知らされた。


政略結婚で母と無理やり結婚させられ、挙げ句の果てに母は私を産んですぐに愛人と駆け落ち。

そんな女が産んだ子を、幾ら自分の血が入っていても愛する事が出来なかったらしい。


それでもオルライト男爵家の血を引き唯一後継であった私を放り出すわけにもいかず、父は極力私を視界に入れずに共に暮らした。


しかし遅い春というべきか、本当はずっと待っていたのか、かつての初恋の女性が離婚して独り身になったと知った父はその女性と結婚し、オルライト家に迎え入れた。


その前に邪魔な私を、しかし一応は後継のストックとしてこのアパートに追い払っておいて。


その上での男児の誕生……。


あぁこれで完全に私は父にとって必要のない娘になったんだなと思い知らされ、参加した初の合コンでやけ酒を呑んだ。


お酒を呑み慣れていないのは他人から見ても明らかなのに、やたらとペースが早い私を心配して側に居てくれたのが同じく合コンに参加していたハッシュだった。


みんなそれぞれお相手が決まり、有耶無耶にお開きになって置いてけぼりを食らいそうになった私をアパートまで連れ帰ってくれた。


歩けなくなった私を背負う彼の背中がとても温かくて、

私は一度でも父に背負われた事があったのだろうか……そう思うと泣けてきた。


寂しい。

悲しい。

どうして生まれてきたんだろう。

私なんて。


ハッシュの背中に身を預けて泣きながらそんな事を呟いた私に、あの時彼はこう言ってくれた。


「生まれてきてくれてありがとう、少なくとも俺はキミにそう感謝したいよ。生まれてきて、生きている事が何よりも奇跡なんだから……」


初めて出会った人にそんな事を言われるなんて思ってもみなかった。

そしてその言葉が嬉しくて、カラカラに干からびた大地に水が沁み渡るように私の心を満たしていく。


今思えば、あの時ハッシュはどんな気持ちでその言葉を私にくれたのだろう。


気が付けば帰らないで欲しいと縋りついていた。


帰らないで。

一人にしないで。

もう一人は嫌、嫌なの……。


酔っていた所為で無茶苦茶だったんだと思う。

私は必死になって彼に縋った。


後になってわかった事だけど、

この時彼は彼で深い悲しみを抱えていて、それで私の手を取ってくれたんだと思う。


“愛されたい”


“癒やされたい”


““忘れさせて欲しい、今夜だけでも””


それがあの夜の私たちの心情。



こんな形で始まった二人の関係は、一体どこに向かっているのだろう。


明確なものにすれば壊れてしまいそうで、まるで互いに目隠しをしているよう。


だけど願わくばもう少しだけ。

もう少しだけ側にいたい。


どうか、どうか。


せめて彼が、ハッシュが新しい人生を踏み出せるようになるまで……。



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