セフ令嬢は嬉しくてたまらない
本編はプロローグよりも少しだけ過去に戻ってのスタート。
引き際をわきまえていないセフ令嬢です。
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「貸し出しを希望します」
私、ミュリア=オルライト(21)が司書として勤める王宮南翼棟にある図書室の貸し出しカウンターに、
一人の騎士が本を差し出した。
その人物の顔を見た途端に胸の鼓動が高鳴るも、それを噯気にも出さず私は対応をする。
王宮に勤める者たちの為に設けられた図書室だ。
騎士が本を借りに来る事は別に珍しい事ではない。
とかく脳筋だと思われがちな騎士たちだが、こうやって読書が好きな騎士も沢山いるのだ。
だからといってこの胸の高鳴りは、素敵な騎士様が図書室に来てくれてドキドキするわ♡というものではない。
私が平静を装いつつも心拍数を上げてしまうのは彼が私にとって特別な人だから。
そして彼、ハッシュ=ダルトン(23)がこの図書室を訪れる目的は好きな本を借りに来るというだけではない。
「今夜、行ってもいいかな?」
「……うん、待ってる」
手続きの為に本を受け取る時にこっそりと交わされるこの言葉。
逢瀬のお誘いのやり取りの為にも、彼は図書室を訪れるのだ。
「返却予定日は二週間後となります」
私は貸し出し登録の済んだ本をハッシュに渡す。
「ありがとう」
本を受け取る時、
私の指先にそっと彼の指先が触れる。
その瞬間が私たちの親密な時間の幕開けのような気がして、くすぐったい気持ちになる。
だから彼がこの図書室に来た姿を見ただけで、私の胸がドキドキと高鳴るのだ。
――あぁ……私って世界一幸せなセフレだ……。
こんな時の私の自己肯定感はちょっと高めになる。
何を隠そう私はあんなに素敵なハッシュのセフレ。
互いに触れる事を許し合う仲なのよ。
事情を抱えた者同士それらを忘れて共に時間を共有出来る、そんな素敵な関係なんだから。
と、とても幸せな気持ちになる。
その考えにツッコミどころが満載だろうがそんな事はお構いなしだ。
――今日は何を食べて貰おうかな♪
私は司書業務をこなしながら、今夜の食事の献立を考えた。
そして終業後に市場に寄って買い物をし、一人で暮らすアパートに帰る。
このアパートに住み始めて三年。
十八歳で成人となった私に祝いと称して父親が契約した小さな部屋。
そして父は私をここに追い払うと同時に、年下の女性と再婚した。
実質邪魔者として追い出された訳だけど、父親の再婚相手と一緒に暮らすなんて真っ平ごめんだったのでこれで良かったと思っている。
父にとって私は望んでいない相手との間に出来た子ども。
成人まで親として最低限の義務を果たし、その後は勝手にしろと放逐された要らない娘。
そんな娘の為に結婚相手を探すどころか資金不足を理由に持参金も出さないと言い渡された。
父は爵位の前に“弱小”と付く領地を持たない名前だけの男爵なのだから私は一応貴族令嬢である訳で、結婚するためには持参金が必要なのだけど……。
なので私は早々に結婚は諦めた。
だけどそれならさっさと貴族籍を抜いてくれればいいのに……。
まぁそれは体裁が悪くて嫌なのだろう。
ふん、どうせ私なんて。
おっと、今は自己肯定感を下げてる場合じゃないわ。
だって今日はハッシュがウチに来てくれるんだもの。
前に会ったのが今月の頭だったから、
かれこれ二週間ぶりの逢瀬となる。
彼に会える、それが嬉しくてたまらない。
ハッシュは寮暮らしでいつも食事は王宮の食堂か外食で食べているらしい。
だからウチに来る時は美味しい家庭料理を沢山食べて貰いたい。
料理は一人暮らしを始めてから覚えたけれど、三年も経てばそれなりに色々と作れるようになった。
生来食べるのが好きなので美味しいものを作るのは私の性に合っているらしい。
今日はたっぷりのキャベツと共に蒸したチキンにその時に出たスープで炊いた野菜のパエリア。
甘辛いソースが美味しいスペアリブも出してあげよう。
ハッシュは沢山食べるから、沢山作っても大丈夫。
それよりお腹いっぱいになって満足してほしい。
私は彼がいつも美味しそうにぱくぱく食べてくれる姿を思い出しながら料理を作ってゆく。
楽しいな、幸せだな。
そして料理がある程度出来上がったその時、
玄関のチャイムが鳴った。
時間的にもきっとハッシュだろう。
「はーい」
エプロンで手を拭きながらドアを開けると、
そこにはやはりハッシュ=ダルトンの姿があった。
「いらっしゃいハッシュ」
「こんばんは、ミュリア」
ハッシュはそう挨拶の言葉を告げると玄関に入ってドアを閉めた。