セフ令嬢は愛を知る
「……ミュリア」
「ハッシュ……」
ハッシュのママンさんのお家で匿われていた私。
二階に身を潜めていたら思いもしなかった彼の本心が聞けた。
私が好きだと、諦められないほどに好きだと、そして身体だけの関係だと思っていないとハッシュは言ってくれた。
それをちゃんと確かめたくて彼の前に姿を見せた途端に、
「ミュリア!」
名を呼ばれ、強く抱きしめられた。
「っハッシュ……」
「ミュリア……!ごめんミュリアッ……!」
ぎゅうぎゅうと、縋り付かれているかのように抱きしめられ、私は困惑してしまう。
私の耳元で「良かった…どこにも行っていなくて良かったっ…」と呟く声が聞こえる。
「ハッシュ……」
ハッシュは尚も必死に私に訴えてきた。
「ミュリア、俺は身分差や噂やそれを解決する方法ばかりを考えて、一番大切なミュリアの気持ちを置き去りにしてしまった……俺は愚かでバカだっ、本当にごめん、ごめんなミュリア……!」
「わかったからちょっと落ち着いて?ハッシュ」
「ミュリ…「ってちょっと頭冷やさんかーーいっ☆」痛っ!」
必死になるハッシュの頭をママンさんがジャンプして叩いた。
「ハシュ坊アンタ、アタシの可愛いミュリアちゃんを押し潰す気?捨てられそうになって焦るのは分かるけど余裕なさ過ぎ☆ちょっと落ち着きなさいな」
「母さん……」
ハッシュが腕を緩めた。
力強さは感じたけれど苦しかった訳ではないので、ちゃんと手加減はしてくれていたのだとわかる。
「ちゃんと落ち着いて、二階の客間でゆっくり二人で話して来なさい。ミュリアちゃんもそれでいい?」
ママンさんの言葉に私は頷いた。
「わかった……ごめん母さん。じゃあちょっと部屋を借りるよ。行こう、ミュリア……」
私はまた頷いて、ハッシュに手を引かれるまま歩き出す。
二人で二階へ上がる際にママンさんから、
「でもハシュ坊、昼間っから盛っちゃダメだからね~♡」
といったピンクの野次が飛んできたのはご愛嬌……。
「するかよ」というハッシュの返しを私は只々顔を真っ赤にして聞いていた。
その後二人、私が使わせて貰っている客間に入る。
ハッシュが部屋に入るなり言った。
「不思議だ。母親の家なのにミュリアの香りがする」
「石鹸も洗剤も全てママンさんの家の物なのに?」
「だから不思議なんだ。俺の大好きな、ミュリアの香りだ」
「!?……なんで突然そんな恥ずかしい事を言い出すのっ?」
思いも寄らない発言に私が目を丸くして言うと、ハッシュが真剣な眼差しをこちらに向けて答えた。
「俺の言葉足らずの所為でこんな事になってしまったんだ。これからはもう、なんでも素直に感じた事をミュリアに告げるよ」
「お、お手柔らかにお願いします……心臓がもちません……」
「それは、これからも俺の側にいてくれる意思があると受け取ってもいいのかな……?」
私の方が彼の側に居られないと思っていたのに、こんな捨てられそうな子犬のような顔を向けられるなんて。
予想外過ぎてちょっと気持ちが追いつかないところもあるけれど……。
それでも、彼も私と同じ気持ちでいてくれるのなら、
二人で一緒にすごす時間をこれからも望んでくれるのなら、
私の答えは一つしかない。
「ハッシュ」
私は彼の名前を呼び、向き直った。
ハッシュが私の気持ちを察したらしく、目の前で跪く。
そして私の手を取った。
私は彼の目を見て訊ねる。
「ハッシュ。あなたにとって、私はなに?」
「身分差を覆してでも手に入れたいかけがえのない人だ。出会った時からキミに夢中で、本来なら許されない関係だと分かっていてもそれでも手放せなかった、大切な人だ」
「あなたは、私との将来を望んでいるの?」
「望む。望むよミュリア。その為にはキミを貴族籍から除籍する必要があるけれど、後はキミの意思を聞いてからそれを決行する手筈は済んでいる」
「……なら最後に聞かせて。
あなたは、ハッシュは私を愛しているの……?」
「愛してる。最初から狂おしいほどに。キミがいなければ、もう息も出来ないほどに愛してるんだ。お願いだミュリア、どうか俺と結婚すると言ってくれ。俺にキミと家族になる資格を与えて欲しい……キミを誰よりも愛する権利を俺に与えて欲しいっ……!」
「ハッシュ……」
充分だと思った。
諦めていた私に、フェードアウトしようとしていた私に、彼は充分過ぎるほどの心と言葉を尽くしてくれた。
こんな私に……なんて事はもう思わないようにする。
自分を卑下する事を言うのは、
こうして私の全てを愛してくれるこの人に対して失礼だとそう思えたから。
両親には愛されなかった私だけれど、
それ以上の愛を私の方から注ぎたいと思える人に出会えたのだから。
そんな人と出会え、愛し愛される関係になれたのに、
それを感謝こそすれども卑屈になって手放すなんて馬鹿げているよね……?
私には幸せになる権利も、
そして大好きなハッシュを幸せにする権利があるのだから。
私はゆっくりとした口調でハッシュに告げる。
「はい。あなたに与えます、私を愛する権利を。一生、私の側にいる資格を。だからあなたも私に与えて、あなたの側であなたを愛する喜びを……」
「もちろんだ、もちろんだよミュリアっ!」
「あなたのプロポーズをお受けします。私の旦那さまになって、ハッシュ」
私のその言葉を聞き、ハッシュはがばりと立ち上がって私を抱きしめた。
そして感極まった様子で抱きしめながらこう言った。
「ありがとう!喜んでキミの夫になるよっ!いやならせてください!ミュリア……ありがとうっ!大好きだ!大好きだっ!!」
「私も大好きっ!大好きよハッシュ!」
それから何度も私たちはキスをした。
これまで何度も交わしてきたはずなのに。
それ以上の事もしてきたはずなのに、なんだか初めてキスをしたような……そんな不思議な感覚がした。
片想いと思ってするキスと、二人同じ想いでいると分かって交わすキスがこれほどまでに違うのだと、私はまた一つ貴重な経験をした。
階下でママンさんがなんとなく私たちが纏まったと悟り、安堵してガッツポーズをしていた事など知らなかったけれど。
それからのハッシュの行動は早かった。
フェードアウトするつもりだった私の行動にショックを受けつつも、
新たに借りる筈だったアパートをキャンセル。
そして改めて二人で暮らせるちょっと広めのアパートを借り直した。
そしてあっという間に引っ越しの手配も済ませ、私がそのアパートでさっそく暮らせるようにしてくれた。
全て片付けて自分も速攻でここに住むからと宣言をして。
その宣言通りに、ハッシュは早々に私の父親とケリを付けた。
やはり父は私を除籍しても自分に何の旨味もないハッシュとの縁談に難色を示したそうだ。
除籍して他人になり、ローベル伯爵との繋がりも期待出来ないのならまだケボロイ子爵に嫁がせて子爵家との繋がりが出来る方が有益だと言ってのけたそうだ。
そうでもしなければ今まで私にタダ飯を食らわせてきた元が取れないとまで言ったとか……。
そうやってゴネごねにゴネて私の除籍と婚姻は絶対に認めないだろうなぁと予測していたけど、ハッシュが静かなる圧を込めた笑みを浮かべながら差し出した書類を見た途端に、父の顔色は変わったそうだ。
そして手の平を返すようにハッシュに媚びを売り、除籍も婚姻も全て認めたらしい。
ちょっと待って?
その書類に一体何が書かれていたの?
聞いてもハッシュは
「ミュリアが知る必要はない汚物だよ」と言って教えてくれない。
ママンさんは
「きっと汚職や贈賄や不正などがわんさか有ったのよ☆」
と予測していたけど……。
お父様、あなたは本当の屑だったのですね……。
だけど私とハッシュが結婚式を挙げた半年後に、父はそれら全ての罪で捕らえられた。
「あの男っ……!娘をくれてやったら全て目を瞑ってやってもいいと言ったくせにっ、裏切りやがったな!!」
と父は口汚く罵っていたそうだ。
罪人が何を言おうが意味はなく、父は生涯北方の鉱山での強制労働の刑に処された。
当然オルライト男爵家は爵位取り上げお取り潰しとなり、
実は長年に渡り父と不貞を働いていたという継母は、二歳になる異母弟を一人置き去りにして出奔した。
アドネと下男が二人、取り残された異母弟の面倒を見ていたけど……。
「ハッシュ。お願いがあるの……」
「ミュリアならそう言うと思っていたよ。俺は構わないよ。ミュリアがそうしたいのなら、俺とミュリアで育てよう」
「ありがとう。ありがとう、ハッシュ」
異母弟のフィンリーを私たちの養子とする事に決めた。
母に置き去りにされた誰にも愛されない可哀想な子なんて、私一人で充分だ。
それに私にはもうハッシュがいる。
ママンさんもお義父さまもいる。
みんなと一緒に、何の罪もないフィンリーを愛情いっぱいに育ててあげたいのだ。
「フィン」
「まま」
アドネの話だと、元継母はフィンリーを産むだけ産んで、その後全く世話をしなかったそうだ。
後継さえ産めばそれで良かろうと遊んでばかりいたとか……。
おかげでフィンリーの中では母という存在は薄く、養母となった私を直ぐに母親として受け入れてくれた。
「まま、どなちゅ」
「ドーナツを食べたいのね、はいどうぞ」
「あーと!」
「フィンはお利口だな、ちゃんとありがとうが言えて」
「うん!」
「ふふ」
「ん?どうしたの?ミュリア」
「いや~、ハッシュはいいお父さんだなぁって。これだったら初めての出産でも安心だなぁって思ったの」
私は膨らみ始めたお腹に手を当てて言った。
ハッシュは養子にしたフィンリーの事を我が子として惜しみない愛情を注いでくれている。
そして私は結婚後すぐに妊娠した。
今は新しく編成し直されたローベル中隊の班長として任に就いたハッシュとフィンリーと私とお腹の赤ちゃん、家族四人で王宮近くのわりと大きなアパートで暮らしている。
図書室の仕事は残念ながら妊娠発覚と共に辞めたけど、
今でも時々は先輩と会ってお茶をしている。
先輩もそろそろ結婚を考えているらしく、どうやったらセフレと結婚まで持っていけるかの相談を受けているのだ。
ハッシュとはセフレではなかったから大したアドバイスは出来ないけど、体験した事は話せる。
先輩のお役に立てればいいんだけどね。
そして結婚後もママンさんとの関係も良好で、どちらかというと息子のハッシュよりも嫁の私の方が大切にされていると思う。
「娘がもう一人出来て嬉しい♡」
と、ママンさんは言ってくれた。
きっと天国のハッシュの妹さんも喜んでいるはずだとも。
そのハッシュはローベル卿の剣となる事を決めたと言っていた。
それがどういう意味かは私にはわからないけど私は彼の妻として支えてゆく、それだけだ。
セフレの令嬢…セフ令嬢だと決めつけ、彼との将来なんて望めないと思っていた私。
愛情を知らなかった私があなたと出会い、愛を知った。
あの夜、初めて結ばれたあの日から、きっとこうなる運命だったのだと信じたい。
そしてこれからも、あなたと共に生きてゆく未来を信じたい。
「もう絶対に引き際なんてわきまえてあげないんだから」
「当然だよ。そんなもの、端からわきまえる必要なんてなかったんだから。もう二度と俺から離れないで」
「承りました」
そう答えた私をハッシュがそっと抱き寄せた。
心の底から温かな気持ちが湧き上がる。
これが愛というものなのね。
ふふふ。
私は本当に幸せだ。
終わり
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ハイこれにて完結です。
今作も沢山の方にお読みいただき、感想もお寄せ頂きありがとうございました♡
ダブルヒロインのお話、お楽しみ頂けましたでしょうか☆
ヒーローよりヒーローらしいママンの登場で一気に物語の流れが変わったような気が……。
やはりカッコいい女性は大好き。
書いてて楽しかったです♪
お付き合い頂きありがとうございます!
さて、次回作です。
塩系ヒロインの登場です。
タイトルは
『夫はオシドリ夫婦と評されている※ただし相手は妻の私ではない』です。
はーいもうタイトルだけでモヤりますね。
ヒロインはモヤりませんが読者様は間違いなくモヤられると思います。
ごめんなさい。
訳あって変身魔法を用いて魔法省、魔法科捜研でバイトをする事になったヒロイン。
その魔法科捜研は夫の単身赴任先の部署。そこでヒロインは夫に周囲からパートナー認定されている同僚がいる事を知る……。
それを知ったヒロインは……べつにどーもしないのであった☆というお話です。
とりあえず短編設定でまた進行具合でショートショートになると思われます。
しゃーないから読んでみたろ、と思って頂けましたら光栄の極みでございます♡
投稿は明日の夜から。
よろしくお願いします!




