鮮血のモーニングスター
びゅんっという威勢のいい音を立てて、何か鋭いものが通り過ぎていったのがわかる。
その正体を、二撃目で理解する。
矢。
めい一杯に引き絞られたらしい矢が、前方から次々と来襲する。
他にしようもないので前方を注視すると、一塊の集団が見て取れた。
馬の行く手に立ち塞がっている。
痩せた小さな体をした、妖怪のような集団だ。
裂けた口とギョロッとした赤い目が印象的で、それぞれ武器を握っている。
こっちもゲームで言うなら、ゴブリンの集団といったところか。
ステータス的には最弱だけど、実際目にすると、その異様さにゾッとする。
どうやら首なしの騎士は、そのゴブリンの集団に突っ込もうとしているらしかった。
モンスター同士、仲良くするもんじゃないのか?
たしかに、先に矢を放ってきたのは向こうの方かもしれないけど、むきになって襲撃しようというのは賛成できない。
俺、こっちの世界に来て、たぶん間もないんだぞ!
「───」
こちらの内心などお構いなしで、首なし騎士はゴブリンの集団に猪突する。
矢を全身の鎧ではじき返した。馬も装甲で守られている。
唯一の弱点は、生身の首。
兜もかぶってないから、急所が剥き出しだ。
「せめて俺は守れ! しょっちゅう矢がかすめてんだろ!」
言ってる間にも頬を何回か矢がかすめて、じわりと生血が浮かぶ。
痛みは共有されてるのだろうか……確かめる間もなく、騎士が馬ごとゴブリンの集団に躍り込む。
ざしゅっ!
飛び上がった瞬間、剣を抜いて大上段で振るった。
腰に下げていた巨大な剣。
血糊で染まったその刀身が、さらなる生き血を求めて、ゴブリンたちの首を飛ばす。
10匹以上いた集団が、それだけで半分近くに減った。
わっと四方に散るゴブリンたち。
近くの草むらなどに身を潜めて、首なし騎士の猛威から逃れる。
矢が、四方から飛んだ。
接近戦を嫌って、ゴブリンたちのアウトレンジ戦法だ。
敵ながら、ずる賢い。
矢で射て黒馬の足を潰してしまえば、首なし騎士の機動力は激減だ。
飛び来る矢を、騎士は剣を振るって叩き落とした。
それでも限界がある。
何本か防ぎきれず、黒馬の尻を擦過する。
「───!」
表情はなくとも、騎士が怒ったのがわかった。
愛馬を傷つけられ、脳天に血が上ったらしい(比喩表現)。
というか、本体の生首よりも愛馬の方が大事ですか、騎士殿。
イエスの表現とも取れるように、騎士は剣を突き上げた。
そのままぐるぐると頭上(比喩、以下同文)で回す。
虚空に黒い渦ができると、その中に剣が吸い込まれていった。
「手品……?」
思わず呻いた刹那、今度はその黒い渦から、別の物体が現れる。
長い鎖。その先端に巨大な鉄球。
モーニングスター───!?
鉄球の表面には鋭い棘が突き出し、そこに血糊だか肉片だかがこびりついている。
持ち手の棒を掴むと、首なし騎士はぐるぐると鉄球を回した。
振り切ったとき、一番手近のゴブリンの顔面を直撃した。
ぱしゃん、と風船が割れるように弾け飛ぶ。
仲間の血糊を浴びて、一歩も動けなくなる周囲のゴブリンたち。
そのまま第二撃を振るうと、鎖がぐんっと伸びて、さらに離れたところのゴブリンにも直撃した。
4、5匹、まとめて粉砕する。
派手に血飛沫が舞って、辺りに無惨な四肢が散乱した。
もはやゴブリンたちも矢で牽制してる場合じゃない。
武器を放り出して、逃げ出した。
わっと草むらから駆けだしていく。
「───」
それを追い込む、首なし騎士。
容赦なく馬で追いつくと、逃げるゴブリンの背中に次々と鉄球を見舞った。
ぐしゃ、ぐしゃ───ッ!
蟻が潰れるようなあっけなさで、小柄なゴブリンたちは無力化されていく。
最後の一匹。
まっ先に逃げ出していたはずのゴブリンが、ついに黒馬の足に追いつかれた。
頭上に首なし騎士の巨躯を見上げる。
足がもつれて、地面に転がった。
その上で、鉄球を振り上げる騎士。
「おい、ちょっと……!」
声が届くよりも早く、鉄球が打ち下ろされていた。
哀れ、すり潰される最後の獲物。
パシャッ!と景気のいい音がして、ぷんと嫌な匂いが運ばれてくる。
入念にゴブリンの死体を馬の蹄で潰してから、騎士はようやく鉄球を手放した。
再び黒い渦が現れ、破壊の武器を飲み込んでいく。
騎士の手に、最初の大剣が戻った。
鞘に収め、そのまま並足で馬を進める。
「なあ、おまえは……」
呼びかけるが、反応はなかった。
首の言うことは聞かない。無言で、そう言い返してるようにさえ感じる。
一体、何がどうなってるやら……。
小脇に首(俺)を抱えたまま、騎士は頑なに進み続ける。
表情など、うかがい知る余地もない。
北に向かっているのだろう───向かい風の冷たさに、それだけはわかった。