物言わぬ首なし騎士
デュラハン————。
死を予言する存在、と言われている。
近いうちに死人の出る家に現れ、戸を開けるとタライいっぱいの血を浴びせかけられるとも。
いわゆるアンデッドと呼ばれる存在だが、強力なのでゲームではわり終盤の敵として登場する。
最近じゃあ、クールでダンディなんてキャラまで付いて、主人公とかヒロインにまで抜擢されるくらいメジャーな存在だ。
デュラハンかあ。
転生した結果がモンスターっていうのは腑に落ちないが、まあ、デュラハンならまだ許せる。
騎士ってところもかっこいいし、何よりアンデッド系最強クラスだ。
こいつは、チートも期待できるかも……。
こちらの目の前で蹄が止まって、首なしの騎士が馬から下りた。
どすんっと、とんでもない重量感。
一体、何キロの鎧を着ているのだろうか。
体自体はそれほど大きくはないようだけど、黒い鎧の表面といい、首から下げたボロボロのマントといい、アンデット感満載だ。
「おう、こっちこっち」
気安く声などかけてみる。
首なしの騎士が、あやまって首(俺)を落とした、というのが実情だろう。
その前後の記憶がないのが不可解だったが、とにかく状況は把握した。
馬から下りた騎士はこちらに身を乗り出して、鉄に覆われた腕を伸ばしてきた。
優しく拾い上げてくれよ。こう見えて、デリケートな生首なんだ。
ぐわしっ。
片手で鷲づかみにされる。
ちょっと、乱暴じゃございませんこと?
親指辺りが、完全に鼻を押し潰している。
まるで地面に転がったキャベツやスイカの扱いだ。
「いちちちちっ! だから痛いって! 髪がちぎれる!」
強引に地面から持ち上げて、そのまま片手でぶら下げる。
鉄の篭手にいちいち髪の毛が絡まるもんだから、腕が動くたびにぶちぶち悲惨な音を立てる。
「おい! ちったあ話を聞けって!」
こちらの制止も聞かず、首なしの騎士は片手に首を持ったまま再び馬上の人となる。
左の脇に抱え込まれた。右手が馬の手綱を掴む。
ひひんっ。
応えて、並足で駆け始める黒馬。
振動が脳天を揺らした。
おい、ちょっと待て……主導権はどっちにあるんだ?
首なし騎士と、生首と。
普通脳みそのある、生首の方が優先じゃないのか、と。
まあ、アンデッドに普通もクソもないのかもしれないが、身体の方が言うことを聞かないんじゃ、埒があかない。
そもそも一つの存在で、二つ意識があるって言うのは道理に合わないはず。
この場合、主従関係をきっちりしとくのが懸命だろう。
「おい。俺の身体の一部。胴体なんだから、もっと首を大事に扱え。言うなれば、ご主人様だぞ」
「───」
「おい、なんとか言ったら……って、そうか。口もなけりゃ顔もないんだよな。いや、そそもそも俺が顔なわけで、そうすると俺が口答えを……」
言いながら、なんだか支離滅裂なのは自分の方のような気がしてくる。
首なし騎士が言うことを聞いたようにも見えず、むしろ、馬は徐々に早足になる。
「って、加速するなよ、バカ! こっちはバランスが取れないから、もろに脳が揺れるんだ! 力任せに脇に挟み込むな! おまえの鎧、ちょっと臭いぞ!」
「───」
暴言に怒ったわけでもないだろうが、首なし騎士はさらに馬を疾駆させる。
黒馬が空を飛ぶようだった。
最大限に加速して、原野を果てまでひた駆ける。
「し、舌を噛む! した───ッ!」
いっそ噛みついてやろうと思ったとき、真横を衝撃が突き抜けた。