夢、あるいは
更新遅くなりました!
「こんな人と結婚しなきゃいけなかったなんて、ほんと最悪だわ!!」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらう」
(あれ……魔物は? えっと、わたしは戦ってる途中に魔力切れで倒れて……。これは、夢? それにしては妙にリアルだわ。)
アリーチェはなぜか夫婦喧嘩を傍観している。
豪華な家具で彩られた、貴族が好みそうな立派な部屋。カーテンの閉じられていない窓の外には、黒い世界が広がっており、部屋の隅に置かれたスタンドライトの橙色だけがそこに灯っていた。
サーモンピンクの短髪の男性は、ソファに腰かけながらもその銀色の目を鋭く光らせている。
彼に向かい座る女性の、淡いブルーの手入れの行き届いた髪は、腰の辺りまで伸びている。その目はアリーチェと同じ若草色をしていた。
(これって、わたしが産まれる前のお母様と……お父様?)
見た目からしてそうなのだろうが、男性はともかく女性はアリーチェが知る母の人柄とは全く違うように思える。
母らしき女性は、怒気を孕ませた表情のまま勢いよくソファから立ち上がった。
「何を言えば諦めてくれるの? どうして……どうして私の故郷に奇襲なんて……」
「それが1番、今後の被害を最小限に抑えられるんだ。……もう決まったことだ。変えられない。」
「…………そんなの……」
女性の周りに赤紫色の光がまとわりつく。
「おい、やめ――」
「そんなの、許せない!!!!」
男性が止める間もなく、辺りがとてつもない爆風に吹き荒らされる。
窓ガラスが耳をつんざくような音を立てて割れる。ソファはズタズタに引き裂かれ、壁にはいくつもヒビがはいり、所々崩れていく。
アリーチェは為す術もなく、その様子を見守るしかなかった。
(……音も聞こえるし、部屋の様子も目に見えるけれど、それ以上の情報はわたしには来ないわ。やはりこれは、自分が今体験している話ではないのね。)
それからどれだけ経っただろうか。
吹き荒れていた風はすっかり止み、辺りには静かさが満ちていた。
アリーチェの目の前にいる女性は、はっと我に返って恐怖に顔をひきつらせ、小刻みに震え出した。
「違う……違うの……こんな事がしたかったんじゃないの!!」
そして女性は男の方を見ることなく、ドアを開け放って逃げ出した。
途中で、音を聞いて駆けつけた使用人たちに引き止められたが、目もくれずにさっきの夫の部屋とは離れた自室まで走り続ける。
彼女は自室に入るとドアの前に崩れ落ち、暗闇の中で夜が開けるまでうずくまっていた。
瞬く間に時が進み、数日後。女性は遺品整理を手伝っていた。
あの男性はアメーゼル帝国にある辺境伯爵家の生まれだった。彼が住んでいたのは、彼の両親が住む本邸から、少し離れたところにある別邸だ。
そこには男性の使用していた部屋がいくつかあった。彼女はその一つ、物置部屋を担当している。
夫を殺害したのが女性だ、という証拠はない。そのため、彼女は重要人物だが、屋敷内では自由に行動する権利を与えられていた。
「これは……」
女性が手に取ったのは1冊の手帳。新品のように保存状態が良いそれは、表紙をめくってみるとびっしりと文字が書いてあった。
『なんで破滅の魔法なんて持って生まれたんだ。孤独だ。家族のことすら知らない。』
『どうやら婚約者は箱入り娘らしい。言動が鼻につく。』
「これって……」
それは、あの男性の日記だった。
めくってもめくっても、不平不満が並べられたページばかり。
最初は丁寧な字で綴られていたが、段々『嫌い』『辛い』などと殴り書かれるだけなっている。彼もリアムと同じように、世間から隔離されていたのだろう。
特殊魔法の使い手が、魔法が使えるようになる前から危険因子として扱われるのは、残念ながらよくあることだ。
そんなページが続いたが、あるページで彼女は手を止めた。
『彼女と言い合いをした。きっかけなんて覚えていない。だが今日は、生まれてきてから1番人と言葉を交わした気がする。』
『今日も意味の無い喧嘩を繰り返した。……どこかに、そんなたわいもない時間を待っている自分がいるのが、憎らしい。』
彼女はページをもう1枚めくる。
『隣の領地のやつが、こちらに攻め入ろうとしている、という情報を手に入れた。先にこちらから奇襲をしたい。……彼女のことは、守り抜きたいから。』
『敵地に飛び込まなければならない今になってわかった。ありふれた愛の欠けらも無い日常。毎日どこか自分の近くにいる彼女の尊さ。……まぁ今になってそんなこと、本人には絶対言えないけれど。』
それらは、小綺麗な字で小さく書かれていた。
「……何それ」
彼女の日記を持つ手が小さく震える。
「私も、本当は……」
日記の上に次々と雫が落ちてゆく。
「本当はあなたに戦いに行って欲しくなかった……ただ隣にいて欲しかった……。」
(お母様……)
「私も今更、素直になんてなれなかったの。わかりきった想いを伝えるだけでよかったのに。」
泣き笑いのような表情を浮かべる女性を、アリーチェはただ見つめていた。
それから、辺境伯爵家は彼女の故郷にあたる領地から攻撃を受けた。
問題が山積みとなっていた辺境伯爵家がすぐに白旗をあげ、没落したのは当然のこと。
女性は、自分の犯した罪を洗いざらい話した後、皇帝に魔力を封印され、森の奥に軟禁された。
彼女の中にいたアリーチェと共に。
次回はほのぼの回になる予定
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