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<下>

「元気がありませんわね」


 ごちそうに少し手をのばしただけのとらちゃんに、ポーはやさしく声をかけました。


「ごめんなさい」


「あやまらないで。何もわるくないのですから」


 気づかってくれたポーに、とらちゃんは思わずつめよりました。


「ミス・ポーはわかっているんでしょう? これから、ぼくになにが起こるのか?」


 ポーはとらちゃんが心を痛めているのだと感じました。しんせきのおじさんがいった言葉が耳に残っているに違いありません。


「私にはわかりませんわ」


 とらちゃんは下を向いてしまいました。


「むかし話をしましょうか」


「むかしばなし?」


「そう、むかし、むかし……


 あるところにとても可愛い女の子がいました。

 少女は鳥がとても好きで、なかでもふくろうにひかれていて、一緒にくらすことになりました。

 少女とふくろうはとても仲がよく、ふたりはとても幸せでした。

 ふくろうはどんどん大人になりました。少女も美しく成長して、お嫁に行くことになりました。もちろんふくろうも一緒です。

 やがて彼女には新しい命が宿りました。ふくろうもとても喜びました。

 生まれてきた赤ちゃんはとても可愛らしかったのですが、ふくろうは一度しか見ることがかないませんでした。なぜなら、赤ちゃんとふくろうの何かが合わなくて、ふくろうが近くにいると赤ちゃんは息ができなくなってしまったからです。

 かつての少女はいっぱい泣きました。目が開かなくなってしまうのではとふくろうが心配するほどに、少女はつらそうでした。ふくろうはかつての家に戻ることになりました。

 家では少女のお母さんがよくしてくれました。かわいがってくれて、よくしてくれるけれど、冷蔵庫に彼女のご飯を入れておくのが、実は嫌だけれども我慢してくれていることをずっと前から気づいていました。

 ふくろうは少女のことも、少女のお母さんも、家族も、新しい家族も大好きでした。

 だから自分ができることはここから去ることだと思いました。

 ふくろうは心の中でありがとうを言って、みんなの顔をよく見て覚えておこうと思いながら、ある日、旅立ちました」


 横を見ると、とらちゃんは目にいっぱいの涙を浮かべていました。


「やさしい子」


 ミス・ポーは羽でとらちゃんの目の雫をすくいあげました。


「未来はわかリませんわ。まだ、なにもわかっていない。ですから起きてもいないことで不安になることはありませんのよ」


 とらちゃんはしっかり頷きました。


「もしそうなっても……」


 後ろから声がして、ポーととらちゃんは驚きました。


「もしそうなったら、一緒にくらそう。きっと楽しいよ」


 手を差し伸べたのはみゃあちゃんでした。


「うん、ありがとう」


 とらちゃんもそれにこたえます。


 空にはいつしかいっぱいの星がまたたいていました。

 みんなお腹いっぱい、夢心地で一緒にごろんと横になり、空を見上げ星を見ました。そしていつしか眠ってしまいました。




「みんな、起きろ、じーさんがくるぞ」


 三つ星の声で、みんながモゾモゾと動きだしました。


 日の光を感じて、もぐらたちは急いで穴を掘って、地中に入っていきました。

 じーさんとは、公園のゴミ箱のゴミを回収にくる老人のことで、朝早い時間に自転車でやってきます。ゴミの回収がてら公園をみまわるために一周するのです。ここに訪れる人はじーさんぐらいでした。


 あるものは木の枝に、あるものは草むらに飛びこんでじーさんが行き過ぎるのを待ちました。

 ところが今日はなかなか去らず、キョロキョロと何かをさがしているようです。


「ここにでもいるかと思ったんだがな」


 じーさんはつぶやきました。

 パタパタと足音がします。


「とらちゃん、とらちゃーん」


「とら。とら」


 泣きながら、とらちゃんの名前を呼び続ける女の子、るみちゃん?

 髪を下ろして泣きじゃくっていたので、すぐにはいつもの明るい笑顔の女の子と一致しませんでした。

 後ろから一緒に名前を呼びながら歩いてくるのは、るみちゃんのお父さんでしょうか。


「るみ、ここもいなかったら、一度帰ろう、な」


「ダメ。連れて行かなかったから、家出しちゃったんだ。とらちゃんに嫌われちゃった。お父さん、どうしよう。とらちゃんに嫌われちゃった」


 とらちゃんは泣きそうな顔をして、なぜか一歩が踏み出せませんでした。大好きなるみちゃんが泣いているのに。自分をさがしているのに。自分に嫌われたって、そんなことはぜったいにおこるわけがないのに。

 とらちゃんの心の中は、ふくざつにいろいろな思いがまざっていたのです。ミス・ポーは未来はわからないと言いました。とらちゃんもそう思いました。だって、自分はまだるみちゃんの妹と会っていません。でも、しんせきのおじさんは、とらちゃんがるみちゃんのお家にいられなくなると思っているようでした。そのときのおじさんのかなしそうな目が、るみちゃんのもとへ走りよりたい気持ちにブレーキをかけます。


 その背中を押してくれたのはみゃあちゃんでした。


「とらちゃん、呼んでるよ。呼ばれたら、行かなきゃ」


 目が覚める思いでした。むずかしいことはよくわかりません。だからこんがらがってしまったのですが、みゃあちゃんがからまった思いをときほどいてくれました。とてもシンプルで簡単なことでした。

 大好きな人が呼んでくれています。とらちゃんも大好きだからかけよるのです。

 とらちゃんはみゃあちゃんにありがとうを言いました。

 そして一直線にるみちゃんのもとに走っていきました。


「とらちゃん!」


「にゃーーーーー」


 るみちゃんはとらちゃんを抱き上げて、頬擦りしました。るみちゃんのなみだで、とらちゃんの毛がぬれています。


「ごめんね、置いていって」


「にゃぁ、にゃー」


「やはり、ここにいたか。嬢ちゃん、よかったな」


 近づいてきたじーさんに、お礼を言ったのはお父さんでした。


「ありがとうございました。みつかりました」


「よかった、よかった。ここは動物たちが過ごすのにちょうどいいみたいでな、よく集まったりしてるから、ここにいるかと思ったんだよ」


「よく集まる、ですか?」


「宴会や会議でもしてるんじゃねーかな」


 じーさんには動物たちが集まっているところを、見られたこともあったようです。


「さ、るみ、帰ろう。今からでもちょっと寝ないと学校で大変だぞ」


「大丈夫、今日はしゅうぎょう式だけだもん」


 後から、とらちゃんから聞いた話によると、お父さんが夜遅くに帰宅すると、とらちゃんがいません。それをるみちゃんに電話で伝えてしまったので、朝一番にるみちゃんは家に帰ってきたのです。そしてとらちゃんをさがしに外へととびだしました。お父さんと一緒に近所を探しているとじーさんに会い、茶トラの若い猫を見なかったかたずねると、月の丘公園に行ってみるといいと言われたそうです。


 みゃあちゃんの耳が垂れています。


「今日はクリスマスね」


「クリスマス?」


「ああ、人間が騒いでるな。パーティして」


「はしゃいで」


「クリスマスって楽しい日なの?」


 みんながポーにたずねます。


「奇跡の日なんですって」


「きせき?」


「奇跡を起こした人が生まれたことを祝う日ですのよ。きっと奇跡を望んでいるのだと思いますわ」


 ポーと仲良しだった少女は、そう言っていました。みんなが誰かの幸せを祈る日なのだと。みんなが祈るから、みんなに幸せが届くのだと。みんなが望んでいるから、きっと奇跡が起こるのだと。


「奇跡ってなんなんですかい?」


 三つ星は首をかしげています。


「そうね、自然にしていては絶対起こらないようなありえないできごと、だったかしら」


「自然に起こることで十分じゃねーですかね」


「ふふ、それもそうだけれど。わたしは出会いは奇跡だと思いますのよ」


「出会い?」


「そう、みゃあちゃんがとらちゃんと出会った奇跡。みゃあちゃんが連れさられたとらちゃんを助けようとして、三つ星さんと出会ったわ。ここにきて、みんなが協力してくれて、とらちゃんが無事なこともわかりました。力を合わせたみんなで持ち寄ったパーティはとても楽しかったですわ。いくつもの奇跡が重なって、すてきな時間を過ごすことができました。これから何が起こるかなんて誰にもわからないけれど、とらちゃんにはすてきな、みゃあちゃんという友達がいる。自分が寂しくてもとらちゃんの幸せを思って行きなさいって背中を押してあげられるやさしい友達がね。そんな友達と出会えたこと、わたしは奇跡だと思いますのよ」


 みゃあちゃんが顔をあげました。


「奇跡はとてもよく起こっているのに、誰もがなかなか気づけませんの。だから待ち望む日があって、やっと持っていることに気づくのだと思いますわ」


 ポーのいうことはむずかしくて、みんなよくわかりませんでした。

 でも、ポーがなんだかうれしそうなので、それならいいなと思いました。

 ついでに、またケーキを作ってくれて、おすそ分けしてくれるといいなとも思いました。


 月の丘公園からは、月の丘町をみわたすことができます。今日はクリスマス。子どもたちが待ち望んでいた、サンタさんからプレゼントが届く日です。どのお家からも、かんせいがあがり、ピカピカの笑顔が生まれています。

 もちろん、るみちゃんもそのひとりです。サンタさんはとっておきのプレゼントをくれました。いなくなってしまったとらちゃんを見つけ、また会うことができました。それに昨日妹も生まれました。いいお姉ちゃんになって、妹とも、とらちゃんとも、いつまでもいっしょに仲良く遊ぼうと思いました。

 るみちゃんはお父さんからの電話でとらちゃんが家にいないと聞いたときのことを思いだしました。むねがぎゅっと痛くなって、走ってもいないのにどきどきして、とても怖いと思いました。いつもいっしょにいられると思っていたけれど、とらちゃんがわたしを嫌いになって出ていってしまったら、会えなくなることもあるんだ。いつもあるわけではないんだ。『いつも』は本当は特別なのね。

 るみちゃんはとらちゃんに何度も頬擦りしました。大好きなるみちゃんに抱っこされたとらちゃんは、るみちゃんのほっぺをペロペロなめてこたえました。特別な『いつも』が続くことを祈りながら。


おしまい

読んでくださって、ありがとうございます。

メリークリスマス!

とっておきの奇跡があなたの近くにありますように。

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