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いちばん最初にもどってきたのはすずめたちでした。
「柿の木の家のちかくで、とらちゃんが人をひっかいたって」
柿の木の家とは、駅の方だわ。るみちゃんのお家もそちらでしたのね。
「車の色は夜の色」
暗い色の車ね、とポーは思いました。
「うるさい車がいく方にいったって」
うるさい車、ああ、救急車かパトカーね。動物たちは消防車は火消し車と呼んでいたので、はぶくことができます。動物たちにとって、火はとても怖いものだったので、おそろしくふきあげたほのおを消すことができる火消し車をとても尊敬していて、敬意をもってそう呼んでいたのです。
場所からいってきっと救急車のことだわ。ということは病院に向かった?
ポーが考えをめぐらせていると、すずめたちがせきたてます。
「ねー、役に立つ? とらちゃんのためになる?」
ポーはにっこりと笑って、すずめたちにお礼を言いました。
「とてもためになったわ。ありがとう」
すずめたちはうれしそうな顔をして、それから表情を引きしめました。ためにはなったとしても、まだとらちゃんのことは何もわかっていなくて、安心できることではないと思ったからです。
ねずみがポーの前に走りこんできました。ポーをみて、体をふるわせ、お互い気まずい思いをしました。ポーは食べたりしませんが、祖先たちはねずみを食べていたので、たましいに記憶が残っているのです。食べるものと食べられるものの記憶が。お互いそれがたましいにきざまれた記憶だとわかっているのですが、本能なので、どうしても体が反応してしまうのです。
ねずみは頭をさげました。
「もぐら先生からご報告です。家には誰もいません。近ごろよく聞かれた言葉は『もうすぐ』。るみちゃんはよく泣いていたそうです。フユヤスミのあいだ、おじいちゃんとおばあちゃんの家にいくことになっていたようです」
伝言をつたえ、ポーがお礼の言葉を口にすると、ねずみはすごい勢いで去っていきました。
「ミス・ポー、何かわかりました?」
「まだ決定的ではないけれども、怖いことが起こったのではないと思いますわ」
「じゃぁ、とらちゃんは?」
もどってきたみゃあちゃんが、心配そうにたずねます。
そこに三つ星たちが帰ってきました。なんと三つ星のかたにはとらちゃんが乗っているではありませんか。
「とらちゃん!」
「みゃあちゃん!」
三つ星におろしてもらったとらちゃんは、みゃあちゃんと抱きあいました。
状況はわかりませんが、とらちゃんは無事でした。なにはともあれ、みんな胸をなでおろしました。
「あなたが無事でよかったわ。さぁ、何があったのか教えてくださる?」
とらちゃんは、三つ星からみんなが自分を心配してくれて、さがしてくれたことを聞いたといい、まずお礼を言いました。
車にるみちゃんを押しこんだのは、るみちゃんのしんせきのおじさんでした。とても急いでいたので、るみちゃんにちゃんと説明をせずに車で移動しながら話すからと乗せたようです。るみちゃんを助けようとしてひっかいたとらちゃんも車に乗せられました。
おじさんはるみちゃんに話しました。るみちゃんに妹が生まれたこと。るみちゃんに早く会いたくてまだお腹にいなくちゃいけない時に飛び出してきてしまったから、お腹にいる時みたいに安全な安心できるところにいなくちゃいけないこと。お母さんが元気になるにはもうちょっと時間がかかりそうなこと。お父さんはお母さんのそばにいかなくてはいけなくて、おじさんがるみちゃんを病院に連れて行くことになったこと。
「まぁ、妹が生まれたのね」
チャーチル夫人の言葉に、とらちゃんは視線をおとしました。
「るみちゃんは赤ちゃんがくるって、うれしいっていっていたのに、その時はスカートをギュッとにぎりしめてたんだ。ミス・ポー、あなたはとても人にくわしいとききました。るみちゃんはどうして急にうれしそうじゃなくなったの?」
話を聞いていると、自分の思い出とかさなりました。いや、そんなことはないはずだ。きっと、とらちゃんはそんなことにはならないわ。ミス・ポーはかなしそうにほほえみました。
「るみちゃんは、生まれたての妹やお母さんが今元気じゃないことを知って不安だったんだと思うわ」
ポーのかなしみが移ったかのように、とらちゃんはかなしい顔をしました。
病院にはとらちゃんは入れないので、車に置いていかれました。るみちゃんにちょっと待っていてねと言われておとなしくしていました。
少しするとおじさんだけ車に戻ってきました。紙コップにお水を入れて飲むか?と差し出してくれました。そして
「ウチで飼ってやれればいいんだがなー」
と言いました。
やがて戻ってきたるみちゃんはつらそうな顔をしていました。お母さんは入院、お父さんは夜遅くならないと帰れないから、今日からおじいちゃんたちの家に泊まりに行くことになったと、とらちゃんに言いました。おじいちゃんが動物が嫌いなので、とらちゃんは家でお父さんとお留守番していてねと、告げました。ごめんねと、るみちゃんが泣くので、とらちゃんはとてもかなしくなっていました。
家に帰り、とらちゃんを家に入れると、用意してあったお泊まりセットを持って、おじいちゃんたちの家に行ってしまいました。何度も振り返って。
窓からるみちゃんを見送っていると、そこに三つ星たちが声をかけたようです。
「そうか、何事もなくてよかったな!」
三つ星は明るく言いました。
ポーだけはとらちゃんの表情が暗いことに気づいていましたが、気づかないふりをしました。だって、未来は誰にもわからないものです。まだ起こってもいないことで不安になっていても仕方ないと、ポーは思ったのです。
「では、とらちゃんの無事を祝って、みんなでパーティをしましょう。みんなが協力してくれて、とても助かったわ」
ポーはできるだけ明るい声をだしました。とらちゃんの気持ちが晴れることを祈り、協力してくれたみんなにも何かお礼がしたいと考えたのでした。
ミス・ポーは保存食を作るのが得意でした。なかでも、果実のジャムには蜂から分けてもらった上等なはちみつをたっぷり使っているので、とてもおいしいのです。おすそわけをもらったことのある動物たちは、パーティにはきっとあのジャムがふるまわれるにちがいない、あれが食べられるのかとソワソワしだしました。
「ケーキを用意するわ」
とポーがいえば
「ではわたしは温かいスープを用意しましょう」
「サラダはまかせて!」
チャーチル夫人が自慢のスープを持ってくるといえば、ウサギたちが鼻をひくひくさせながらサラダを請けおいました。
「ひとっ走り、パンを調達してきましょうか?」
隣町には森があり、その森にある、むささびのパン屋は動物たちの人気店でした。
「では、これで」
ミス・ポーはクモに分けてもらった糸で編んだレースのテーブルクロスを、持ち出してきて三つ星にあずけました。
「いいんですかい?」
「ええ、むささびの奥さんが前にお会いしたとき気に入ってくださっていたから、これで売ってくれると思いますわ」
とんとん拍子に話は決まって、パーティをすることになりました。
折しもその日は、人間たちもクリスマスイブと浮かれてパーティをする日でもありました。
時計台の下に動物たちがあつまりました。暗くなると勝手に灯りがつく、ひとつだけそなえつけられた電灯のおかげで、持ちよったごちそうも、それを見て目をランランと輝かせている動物たちもよく見えました。
リスの姉妹がもってきたブドウのジュースでかんぱいです。かんぱいの言葉を言ってくれといわれて、ポーは少し考えました。
「では、皆さん、今日はとらちゃんをさがすのに協力してくださって、ありがとうございました。とらちゃんも無事でいてくれて本当によかったわ。無事なことをお祝いしましょう。かんぱい!」
ポーたちはお隣さんと木のコップのフチをカチンと合わせあいました。
「皆さん、ありがとうございました」
とらちゃんが頭をさげます。
「とらちゃんはみゃあちゃんにいっぱいお礼をいわなくちゃね」
「そうだな。みゃあちゃんがひっしでとらちゃんを助けてくれって言うから、みんな協力したんだ」
三つ星がいうと、みんなうんうんうなずきました。
「みゃあちゃん、ありがとう。助けてくれて、ありがとう」
「ううん、わたし、なにもできなかった。皆さんにお願いするばかりで。とらちゃんは無事なのに、わたしひとりでさわいじゃったのね」
「心配してくれてありがとう。みんなにお願いしてくれてありがとう。とってもうれしいよ、みゃあちゃんが心配してくれて」
若い猫たちが友情をたしかめあっているうちに、葉っぱのお皿の上のごちそうはどんどんなくなっていきます。
ウサギの持ち寄ったサラダはシャキシャキの葉っぱに、味のこいタレがかかっていました。花びらを散らしてあって、見ためも目をひく楽しいものでした。
チャーチル夫人のスープは野菜がくたくたに煮てある、味の深いスープでした。クルミのおわんは深くてたくさんはいるのに、ひと口、ひと口とすすれば、あっという間にスープはなくなってしまいました。
むささびパン屋のパンはみんなが大好きです。少し甘いパンは何といっしょに食べてもよく合います。ポーの用意した、チーズやハムをみんな好きなだけはさんで食べました。
モグラ先生がさしいれに持ってきた『ひからびた何か』に見えるものは、残念ながら誰も手をつけようとはしませんでした。
持ち寄られたクラッカーや、クッキー、木の実もジュースを飲みながらどんどんなくなっていきます。
お皿がからになったところで、ポーはケーキをだしました。ポーは昔、人といっしょにくらしていたので、年の瀬近くのこのイベント日を楽しみにしていました。この日が近づいてくると、人は家の中にニセモノの木を持ち込んで、飾りをつけたりします。お祭りの日にはごちそうを並べ、プレゼントを交換しあって、心ゆくまで楽しい時間を過ごします。そしてケーキを食べるのです。ポーもよくごしょうばんにあずかりました。
そんなむかしをなつかしく思って、ケーキを焼いておいたのです。果実のジャムをおしみなく使ったケーキです。1日ねかせておいたので、味がなじんで、ますますおいしくなっていることでしょう。おいしくできていたら、誰かにプレゼントしようと思っていくつも焼いていたことも幸いしました。
チャーチル夫人に手伝ってもらって、ポーはケーキを切り分けました。さすがに人数が多すぎて、ひとりぶんは少なくなってしまいましたが、みんな大喜びでした。
ケーキは口の中に入れると、サクッほろっと口の中でほどけました。はちみつのきいた果実の甘いジャムがじわーっと口に広がります。
動物たちはほっぺがおちないように、しっかりとほっぺたをおさえました。
読んでくださって、ありがとうございます。